研究
エッセイ
INDEX
- エッセイ1 好酸球の定義
- エッセイ2 好酸球の核
- エッセイ3 自爆アリと好酸球
- エッセイ4 私たちはなぜ好酸球を持っているのか?
- エッセイ5 食事のたびにアゴが痛い?
- エッセイ6 細胞死を動詞にする
- エッセイ7 エトーシスの起こしやすさは種類によって違う?
エッセイ1 好酸球の定義
突然ですが、好酸球の「定義」は何でしょうか?
それは「エオシンに赤く染まる白血球」です。パウル・エールリッヒがこのことを報告して以来100年以上、この定義は基本的に変わっていません。分子生物学手法の進歩で、やれomicsだのAIだの言っている現在でも、メイギムザ染色で細胞を分類し、その数を計測することで医学・医療が成り立っています。簡便で再現性が高い染色法を確立したエールリッヒの発見の普遍性に感服するばかりです。
染色で白血球が分類されているわけですが、これが基本的な細胞の役割と見事にリンクしています。とりわけ顆粒球においては、染色性を規定するものが細胞の本質を規定しているといっても過言ではないでしょう。つまり、好酸球を理解するためには、赤く染まる顆粒を理解する必要があります。
好酸球顆粒蛋白は4種類(厳密にはMBP1とMBP2を入れて5種)あり、病原体や細胞に対して強い障害性を有する、というのは自明の理のように言われますが、どのように障害性を有するのか、まだ完全に理解されたわけではありません。最近では、「顆粒蛋白が細胞外でアミロイド形成することで傷害性が発揮されている」という報告がなされています (Soragni et al. Mol Cell. 2015)。
私たちにとって、好酸球は相変わらず不思議な細胞であり続けています。難治性の好酸球性疾患がどのようなしくみで起こっているのか、まだ謎が多いままです。このホームページが、日常の臨床でみかける好酸球に興味を持って頂けるきっかけになれば幸いです。
エッセイ2 好酸球の核
ところで好酸球の核は大半が2つに分葉しています。
ずっと見ていると2核の分葉が「目」に見えてきたので、好酸球くんというキャラクターを作ってみました(夢は大きく海外でも知って頂けるよう、Eosmanという英語の名前もつけました)。
好酸球くんは(1)骨髄で生まれ、(2)大人になって血中に出て行きます。血中にいる時間はごく短く、数時間から1日以内のようです。その後は、(3)血管の壁に張り付いて、(4)血管の壁を通り抜け、(5)必要とされる組織に移動しています。
私たちが採血で見ている好酸球は、彼らのおそらく2~3週間の一生のうち、ごく一部をみているに過ぎないようです。
好中球の場合、核の形で杆状核球と分葉核球に分けられています。杆状核球は「若い」好中球、分葉核球は「年寄り」の好中球で、いわゆる核の左方移動は、好中球の骨髄からの動員を意味することが知られています。
好酸球は数が少ないため、末梢血の塗抹標本で見つけるのに苦労しますが、ほとんどは2核です。おそらく好酸球の核も細胞の年齢を表していて、一部の病態や炎症部位で分葉が増えるといわれていますが、実際のところあまり検討されていません。pubmedでeosinophilとhypersegmentation(過分葉)で検索してみましたが、たった十数報のみひっかかる程度です(2019年1月現在)。
4核の好酸球はごくまれです。四つ葉のクローバーみたいに、見つけたら何か良いことがあるといいですね。
エッセイ3 自爆アリと好酸球
世の中には自爆アリというのがいるそうで、最近も新種が発見され話題になりました (Zookeys. 2018; 751: 1–40.)。
このアリは敵に噛みつき、自分のお腹を破って中から黄色いネバネバした毒液を出し、敵もろとも道連れにして死んでしまいます。このように、個体よりも種の保存を優先するのは高度に社会化した生物種で見られることがあります。
私たちは細胞の集合体であり、それぞれの細胞が協調して働くことで生命が維持されています。私たちが研究しているETosisの本来の目的は、病原体と戦うための細胞の自爆であり、細胞の中身をフルに使って全体を守ろうという仕組みとして大変興味深いものです。細胞の世界は高度に社会化している、と見ることができるのではないでしょうか。
最近になって、アレルギー炎症の悪化機構のひとつに、好酸球のETosisがあることがわかってきました。アレルギーの本態は免疫細胞の過剰反応なので、好酸球が本来しなくてもいい自爆をおこしているということになります。一方で、以前から知られているアポトーシスでは、死細胞は周囲に炎症を起こさず生体から除去されます。迷惑をかけない細胞の終末像といえます。
好酸球くん(Eosman)でいうとエトーシスは、かなり過激なイメージです。
自爆するアリは、繁殖しない働きアリに限られるそうです。面白いことに、リンパ球は増殖するためかETosisをおこしません。好酸球や好中球のように、それ以上増殖することがない免疫細胞は、「いかに死ぬべきか」を考えているのかもしれません。
エッセイ4 私たちはなぜ好酸球を持っているのか?
人間だけでなく、脊椎動物はすべからく好酸球を有しています。これは進化の過程で保存された細胞であることを意味しています。
病気のない体の中で、好酸球は普段何をしているのでしょうか? ひとことでいえば、「諸説あり」です。例えば、子宮に好酸球が集まるのは比較的よく知られており、出産の準備や月経の修復を行っていると言われています。最近では、「脂肪組織での好酸球が代謝調節を行うカギになっている」という話がビッグジャーナルに同時に2本掲載されたころから(Qiu et al. Cell. 2014, Rao et al. Cell. 2014)、代謝・内分泌方面からも注目されています。
疫(感染症)を免れるために働く細胞→免疫細胞としてはどうでしょうか。好酸球は、好中球やマクロファージに比べると細菌を貪食するのが苦手ですが、そのかわりに強力な傷害性をもつ顆粒蛋白を多量に放出することができます。これは、食べることができない巨大な寄生虫に立ち向かうのに都合が良いため、と考えられます。面白いことに、好酸球のETosisで放出される細胞外トラップは、好中球のものよりずっと丈夫です。寄生虫を動けなくするため、と考えれば理にかなっています。
一方、アレルギーは「望まれない過剰な免疫反応」です。好酸球は随分アクティブにしていて、アレルギーという舞台においては、確かに主役級に目立っているのは間違いありません。ただ、役どころは本当に悪者だけなのでしょうか? 一人で何役もこなしているかもしれません。好酸球という細胞そのものをターゲットにした治療が可能になった今、どんな相手なのか、しっかり見極めたいところです。
とはいえ、現状はわからないことも多くあります。大規模な臨床試験では見えてこない、抗体製剤の使用経験から学ぶこともまだまだあるはずです。たくさんの知見が積み重なることで、治療と病態の理解がさらに進歩することを願っています。
※この内容はグラクソ・スミスクライン社の発行した「好酸球を知る」リーフレットに掲載された内容を修正したものです。また、研究はJSPS科研費等を用いて行われています。
エッセイ5 食事のたびにアゴが痛い?
せっかくの楽しい食事のたびに耳の下やアゴの奥が腫れて痛んだらイヤですが、そんな奇病に線維素性睡液管炎というのがあります。1879年、Kussmaul先生という方が、耳下腺が繰り返し腫れる32才の女性を初めて報告したことから「クスマウル病」と呼ばれることもあります。これまでに世界で数十例の症例報告があり、どちらかというと日本で多い病気です。
アレルギーとの関連があるようですが原因不明で、唾液管が「そうめん」や「ゼリー」のような粘液(繊維素)で詰まって、唾液を作る耳下腺や顎下腺が腫れてしまう病気です。患者さんは、ご飯を食べて唾液が出るたびにちょくちょく詰まって痛むので、なんと自分でアゴや耳の下をマッサージして「そうめん」を押し出してから食事をするようになるそうです。
ある日、見知らぬ耳鼻科の先生から1通のメールをもらったところから話が始まります。その先生は、自分の患者さんの症状や病気が不思議で、あちこちに相談していて私たちのところにたどり着いたということでした。さっそく一緒に組織や粘液を調べてみると、通常の染色では好酸球がほとんど見えない部分にも、免疫染色を用いると好酸球の脱顆粒が証明され、シャルコーライデン結晶やら細胞外トラップもたくさん見つかります。結局、患者さんの唾液腺にはとてもひどい好酸球性炎症が起こっていたようでした。
線維素性睡液管炎は、好酸球の動態から病態を見なおすことができるように思います。唾液管の粘膜だけでなく、管のなかに著しい好酸球の集積と崩壊が起こることが直接的な原因なのではないでしょうか。 この点に注目すると、「管腔内好酸球増多」、つまりアレルギー性気管支肺アスペルギルス症、好酸球性中耳炎、好酸球性副鼻腔炎のような病気と同様なのかもしれません。
論文はこちらにあります。
エッセイ6 細胞死を動詞にする
医療業界では、壊死したものを表現するとき「ネクる」という言葉を使いますが、これはネクローシス(壊死)からきた言葉です。細胞レベルで見ると、熱、化学物質、機械的な刺激などによって細胞膜が破けてしまい、本来細胞の中にあるはずのさまざまな物質が外に漏れ出し出ます。これらは周囲の組織に炎症を起こします。やけどが一例ですが、皮膚がはがれたり潰瘍ができたり、痛みがあったり、周りが腫れたりします。
用語解説をすれば、以下のようになります。
ねく・る(ネクる/necる)
臓器や組織、または細胞が壊死(necrosis)を起こすこと、壊死した状態にあること。
では「アポる」はアポトーシスを起こすことですね、と思うかも知れません。しかし、アポトーシスを起こした血球はすみやかにマクロファージなどに取り込まれてしまうので、顕微鏡で見ても目にすることはほとんどありません。
医療業界の「アポる」は、脳卒中(apoplexy)のことを意味します。でも折角なので、細胞のアポトーシスにも使うことにしてはどうでしょうか?
あぽ・る(アポる/apoる)
- 脳卒中(apoplexy)を起こすこと。
- 細胞がアポトーシス(apoptosis)を起こすこと、または起こした状態にあること。
ここまで来れば、以下をご提案します。
↓
えと・る(エトる/etoる)
細胞がエトーシス(ETosis)を起こすこと、または起こした状態にあること。
これらを駆使すると、研究室では以下のような会話ができます。
「昨日飼ってたエオジノ、叩いたらどうなった?」
「エトるかと思ったんですけど、ネクってました」
「実はアポってんじゃないの? アネキシン見て、落として洗って凍らせといて」
業界人気分で良い感じですね。翻訳すると以下のようになります。
↓
「昨日から培養していた好酸球、刺激した結果はどうなりましたか?」
「エトーシスを起こすという仮説だったのですが、ネクローシスを起こしていました」
「実はアポトーシスを起こしているのではないですか? Annexin VとPIで染色して蛍光顕微鏡で観察してから、細胞を遠心して、メディウム置換してもういちど遠心して-80度で保存しておいてください」
ついでに日常に転用しても良いかもしれません。
ネク・る:他人から傷つけられてその結果、周りに迷惑をかけること。
アポ・る:迷惑をかけないように身を引くこと。
エト・る:自身の破滅を省みず相手に対して攻撃すること。
エッセイ7 エトーシスの起こしやすさは種類によって違う?
細胞外トラップを出す細胞死:エトーシスは、免疫細胞が行う自爆攻撃として広く認知されるようになりました。私たちの体には色々な種類の免疫細胞がありますが、「この免疫細胞からも細胞外トラップが!」という感じの論文が目に付きます。意外な細胞が報告されるたびに、実験的にはそうかもしれないけど、ヒトで本当に意味があるのか?と少し斜に構えて見てしまいます(とはいえ、細胞外トラップやエトーシスの概念自体が緩く、解釈が研究者によって異なるということかもしれません)。
そこで、白血球の種類による違いを調べてみようと思いました。ボランティアの血液から分離してきた好酸球、好中球、好塩基球、単球、リンパ球に、強力な刺激を同じ条件で与えてみて、細胞は死ぬのか? 細胞外トラップは出るのか?を比べてみようというものです。この結果、好酸球と好中球がすみやかにエトーシスを起こすものの、ほかの細胞は起こさないか、時間がかかってから少し、という程度でした(好酸球≧好中球>好塩基球>単球>リンパ球)。
実験条件にも注意が必要です。環境の違いによって細胞の反応は大きく異なるからです。一般に培地中のアルブミンや血清の濃度が低いとエトーシスを誘導しやすいのですが、濃度が高いと抑制されます。好酸球では、エトーシスを誘導する刺激が、血清を加えると細胞の生存延長に働くことも観察されます。これは血中で簡単にエトーシスを起こさせないための安全機構ではないか、と推測しています。
論文はこちら。