動物実験計画書の審査と情報公開
松田幸久(秋田大学医学部)
はじめに
昨年(2001年)から「行政機関の保有する情報の公開に関する法律(情報公開法)」が施行されている。これにより,幾つかの国立大学に対し,動物実験計画書を含む行政文書の開示請求が,主に動物保護団体に所属する一般市民からなされている。各国立大学では国立大学医学部長会議から出された見解(「開示に当たっては関係者のプライバシーと研究者のプライオリティーに配慮する」)に基づいて動物実験計画書等の開示に努めている。しかし,国民の税金を用いて行われている実験等の理由をもとに,動物実験計画書の全面開示を求める不服申し立てが一大学に対してなされた。大学側は現在この件に関して内閣情報公開審査会に諮問している。このような時期に本シンポジウムを開催することは時宜をえたものか,あるいは遅きに失したかは定かではないが,諸外国の例も交えながら現状を紹介するので,今後のわが国における動物実験計画書の審査方法と情報公開のあり方について考える上で参考となれば幸いである。
欧米諸国における動物実験計画書の審査と情報公開の状況
OECD加盟30か国のうち2001年までに少なくとも15か国が情報公開法を制定している。動物実験計画書の開示に着目すれば,全面開示をしている国はスエーデンを除いてほとんどない。以下に幾つかの国の動物実験計画書の審査と情報公開の状況を記す。
オランダ:1997年に動物実験法が改正され,動物実験計画書は新たに設置された機関内動物実験委員会の承認が必要となった。それ以前には国家機関による施設の査察はあったが,個々の研究計画を審査するシステムはなかった。動物実験委員会には研究機関とは無関係な人も含まれる。情報公開法は1978年に制定されている。動物実験委員会は国家機関であるとして動物実験計画書の公開が法律で義務づけられているが,委員会を行政機関と見なしてよいか否かについて法的,道徳的議論が現在進行中である1)。
米国:動物実験計画書は機関内動物実験委員会の承認が必要である。動物実験委員会には一般市民も含まれる。動物福祉法の第27条では,委員が研究の秘密を漏洩したり,あるいは自己の利益のために利用することを禁じており,これに違反した場合には厳しい罰則が適用される。このことから,動物実験計画書の情報は一般に公開されていないと見るべきであろう。ところが,1966年に制定された情報自由法(FOIA : Freedom of Information Act)では連邦機関の保有する情報を入手する権利を国民に与えている。そのため連邦機関に限っては,動物実験計画書も開示の対象となる。しかし,連邦機関はFOIAにある9つの免除規定と3つの除外規定(例として,国家の安全, 企業秘密, 個人のプライバシー, 調査・研究中の書類など)により情報を非開示とすることができる2)。
州立大学あるいは私立大学では,動物実験計画書を除き,実験動物の福祉に関する事項をAnnual Reportとして農務省(USDA)に報告している。USDAは研究機関から送られてきたAnnual Reportと査察の結果をもとに報告書を作成し,Animal Welfare Reportとして毎年公表している。それには動物に対する処置の侵襲の程度とその処置を受けた動物の種類別使用数などが記されているが,動物実験計画書については触れられていない3)。
しかし,州によってはsunshine lawといわれる州の情報公開法のもとに動物実験委員会の議事録入手,公開ミーティングの要請権利を州民に与えている。実際には公開ミーティングに対する一般市民の関心は低く,動物の権利を求める活動家によりミーティングが妨害されることもある。そのような妨害を受けた研究機関では,問題となりそうな審議事項を事前の動物実験委員会で処理してから,公開ミーティングを行っているそうである1)。
英国:動物実験計画書の承認は内務大臣によって行われている。1999年から研究機関内に動物実験委員会が設置され,内務省査察官の仕事をカバーしているが,研究機関とは無関係な人を動物実験委員会に含むようには法律で規定されていない。1986に制定されたAnimals (Scientific Procedures) Actでは「本法の執行に当たり職務上知り得た機密情報を十分な根拠なしに,公開する者は有罪である。」とされ,動物に対する処置の侵襲の程度とその処置を受けた動物数に関する統計資料が内務大臣から毎年公表されている程度で,一般市民が実験計画書を直接見ることはできないシステムとなっている。
しかし,2000年に制定されたFreedom of Information Act では「公開することによって誰かから訴訟される可能性のある場合には開示対象としない」とあるだけで具体例は示されていない。そのため内務大臣の諮問機関であるAnimal Procedures Committee (APC)が動物実験に関する情報をどのように取り扱うかを現在検討中である。APCが開示対象と考えている事項は「免許申請時の申請書の詳細」,「動物実験委員会の議事録」,「査察内容」等であり,研究者が非開示を要望している事項は「個人の住所,氏名」,「プライオリティー」等である。一般の個人,動物愛護家は全面開示を要望する傾向が強い。詳しい内容はAPCのサイトに掲載されているのでそれを参照されたい4)。
ところで,英国には世界有数の動物実験請負会社,ハンティンドン・ライフ・サイエンス(HLS)があり,これに攻撃をしかけている過激な動物実験反対グループ(SHAC)がある。その過激な行動は英国経済の低下にも影響することから,ブレア首相は内務大臣を委員長とする対策委員会を設立し,SHACに対して断固たる処置をとっている。動物実験に関する情報の開示は内務大臣が担当しており,2005年までには結論をだすとのことであるが,「動物実験を含めた科学研究が脅迫や嫌がらせの心配なしに続行できるよう対策を講じる」というブレア首相の約束が果たされることを期待する。
わが国における動物実験計画書の審査と情報公開の状況
先進諸外国の多くは国際医学団体協議会(CIOMS)の「医学生物学領域の動物実験に関する国際原則」を自国の法律や基準に取り入れている。そのため動物実験計画書は動物実験委員会の承認が必要であり,委員会には一般市民を含む国が多い5)。わが国の動物実験に関する法律にはCIOMSの国際原則は取り入れられていないが,1987年に出された文部省通知「大学等における動物実験について」にCIOMSの原則が盛り込まれている。大学等では文部省の指導に基づき自主的に動物実験指針を制定し,動物実験委員会を設置した。そして動物実験委員会による動物実験計画書の審査が行われている。このように大学等においては自主的に作られた指針に基づき実験動物の福祉が推進されている6)。
わが国の情報公開の状況については冒頭に記したが,動物保護を主唱する人々は大学の自主的規制では十分な実験動物の福祉は期待できないとして,情報公開法を利用して動物実験計画書の全面開示を要求している。
おわりに
わが国と同様に国立大学の多いニュージーランドでは1982年に情報公開法が制定されているが,「研究機関や組織で働いている職員の安全を守る必要がある場合には,実験計画書に含まれる個人名および実験操作が行われる場所を非開示とすることは受け入れられる」としている7)。これまでに述べてきたように動物実験計画書の全面開示は,研究者のプライオリティーとセキュリテイーを脅かし,ひいては国益の損失にも繋がることから,どの国でもその取り扱いは慎重である。わが国においても動物実験計画書を開示するに当たっては国立大学医学部長会議が提言しているように「関係者のプライバシー」と「研究者のプライオリティー」に配慮する必要がある。
さらに,動物実験の継続的な実施を可能とするためには,動物保護団体が望む実験動物の福祉を確実なものとし,社会的な合意が得られるように努めなければならない。そのためには文部省の行政指導に基づいた自主規制だけではなく,実験動物の法的規制を改正し,その中で「動物実験委員会の設置」,「動物実験計画書の審査」,「第三者機関の査察」等を義務づける必要があると考える。
参考文献
- Harmonising IACUC practices. Maggy Jennings(RSPCA). Progress in the Reduction, Refinement and Replacement of Animal Experimentation. 31B. 1705-1711. (Proceedings of the 3rd World Congress on Alternatives and Animal Use in the Life Sciences, held in Bologna, Italy, from 29 August to 2 September 1999)
- NIH (National Institutes of Health), Freedom of Information Act Office
- USDA (U.S. Department of Agriculture), Animal Welfare Report 1997
- APC (Animal Procedures Committee), Animal Procedures Committee Report on Openness August 2001
- 欧米諸国の動物実験に関する法体制と動物実験委員会の役割,松田幸久,アニテックス,Vol.13. 227-232(2001年)
- 特集:動物を用いる生命科学研究に関する法規制 動物福祉に関連した法規制,松田幸久,伊藤勇夫,アニテックスVol.14. 4-10(2002年)
- MAF (Ministry of Agriculture and Forest), Appendix lV. Disclosure of Official Information
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