私論

空手道と私 ~臨床雑誌 整形外科(Vol.68 No.12)2017年11月号/喫茶ロビーより

教授 島田洋一

組手稽古風景(筆者:右)

札幌医科大学に入学し、強くなりたい一心で部活動以外に道場通いをしました。勉学は程々にし、空手道に日々を費やしたのです。2年時には北海道学生新人戦で勝ち、団体戦では北海道大会3連覇(もちろん医学部ではなく、全学です)。個人戦でも北海道学生選手権を勝ち抜き、あこがれの日本武道館で行われた全日本学生選手権に出場するまでになりました。ついに北海道空手道選手権成人の部で優勝し、空手道がはじめて正式種目となった滋賀国体に代表選手として出湯しました。国体では、当時の世界チャンピオンと対戦し、判定まで持ち込んだことは、私の大きな勲章です。

空手道で身に付けたことは数多くありますが、最も大きいのは組織作りを学んだことです。「数は力なり」は正論であり、新入生リクルートに邁進し、100名の入学者のうち10名入部という盤石の体制を築き、その後の発展に繋がることになります。教室を率いる立湯になった現在、全く同じ歩みをしています。おかげで、やる気に溢れたバリバリのスポーツ選手を大勢抱える医局になりました。

空手道で頻緊に用いられる「押忍」は、理不尽なことがあっても耐えられる強さ、何事にも取り乱さない冷静さ、戦いにあっては積極果敢であることであり、整形外科医が持つべき資質に通じます。それから学んだ私のモットーは、(1)誰よりも勉強すべし、(2)見返りを求めない旺盛なサービス精神、(3)反省は短く、早く自分を取り戻す、(4)時間軸が狂ったら収まるまで静かに待つ、(5)人一倍努力した者しか味わえない最高の喜びを共有することであり、全てが空手道から受け継いだマインドです。

このマインドを共有した当時の空手道部後輩達はいずれも整形外科各分野の第一人者になっており。今では直接教室員の教育をしてもらい、教室発展に大きく寄与しています。彼らの感想によると、秋田大学の若手は当時の空手道部の後輩を見るようで親近感を持つとのことで、私の大きな喜びです。

教室主宰者として、空手道に学んだ「決して下がらない」の精神は一丁目一番地です。最後の砦である私が諦めることは、病に対する敗北を意味するのだと肝に銘じてきました。脊椎脊髄外科医として、これまで多くの難手術に挑んできましたが、それらを乗り切ってきました。そこから学んだのは、「外科には神様がいる。その神様は、日々真剣にがんばっている者にしか微笑まない」ことです。還暦を過ぎた今、若手医師達には「世界のトップを視野に入れて積極果敢であれ」と事ある毎に伝えています。何歳になっても自分は現役であることを誇りとし、心技を伝える整形外科医であることが空手道を志した者としての衿持です。

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