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2025年07月10日(木)
器官病態学講座・後藤明輝教授、南谷佳弘学長、胸部外科学講座・今井一博教授らが共同著者となる学術論文が国際誌『Journal of Thoracic Oncology』に掲載されました
論文タイトル
Genomic profiles of pathogenic and moderate-penetrance germline variants associated with risk of early-onset lung adenocarcinoma
著者名
Hourin Cho, Kouya Shiraishi, Kuniko Sunami, Yukihide Momozawa, Tatsuya Yoshida, Shingo Matsumoto, Koichi Matsuda, Motonobu Saito, Akiteru Goto, Takayuki Honda, Akifumi Mochizuki, Masahiro Torasawa, Yataro Daigo, Kimihiro Shimizu, Hideo Kunitoh, Yukihiro Yoshida, Makoto Hirata, Yoko Shimada, Michiko Ueki, Hanako Ono, Masahiro Gotoh, Yukiko Shimoda Igawa, Akiko Tateishi, Yoh Yamaguchi, Ryoko Inaba Higashiyama, Erika Machida, Motoki Iwasaki, Yosuke Kawai, Hiroyuki Yasuda, Junko Hamamoto, Issei Imoto, Hirokazu Matsushita, Sadaaki Takata, Tomomi Aoi, Syuzo Kaneko, Aya Kuchiba, , Akihiko Shimomura, Maki Fukami, Kotaro Hattori, Kouichi Ozaki, Yoshihiro Asano, NCBN Controls WGS Consortium, Biobank Japan Project, Atsushi Takano, Masashi Kobayashi, Yohei Miyagi, Kazumi Tanaka, Hiroyuki Suzuki, Takumi Yamaura, , Teruhiko Yoshida, Yasushi Goto, Hidehito Horinouchi, Yasunari Miyazaki, Hidemi Ito, Toshiteru Nagashima, Yoichi Ohtaki, Kazuhiro Imai, Yoshihiro Minamiya, Kenichi Okubo, Johji Inazawa, Yuichi Shiraishi, Katsushi Tokunaga, Yoichiro Kamatani, Yasushi Yatabe, Koichi Goto, Masahiro Tsuboi, Shun-ichi Watanabe, Yuichiro Ohe, Yoshinori Murakami, Keitaro Matsuo, Ryuji Hamamoto, Takahshi Kohno
掲載誌
Journal of Thoracic Oncology
研究等概要
国立研究開発法人国立がん研究センターを中心とする研究グループは秋田大学を含む全国11施設 からなるコンソーシアムを構築し、肺腺がんの若年発症の原因を調べました。その結果、40歳以下で発症した肺腺がん患者さんでは、一般的な肺腺がんの患者さんに比べて、TP53やBRCA2の遺伝子の生殖細胞系列病的バリアント(注1)が多くみられることを見出しました。BRCA2遺伝子のバリアントを持っている患者さんの肺腺がんでは、乳がん、卵巣がんなどでみられるような相同組み換え修復機構の破綻の特徴が観察されました。また、DNA修復に関わるALKBH2遺伝子の生殖細胞系列病的バリアントが、肺腺がんの若年発症の原因となることを発見しました。これらの結果は、若年肺腺がんの早期発見や新たな治療開発に役立つと期待されます。
本研究成果は、2025年6月15日(米国東部時間)付で、国際学術誌「Journal of Thoracic Oncology」にオンライン掲載されました。
背景
肺がんは一般的に喫煙などの環境要因が発がんに強く関連することが知られていますが、最も頻度が高いタイプの肺がんである肺腺がんでは非喫煙者が約半数を占め、喫煙以外の危険因子の存在が疑われています。1%未満と稀ではありますが、肺腺がんが若年(40歳以下)で発症した場合、進行期で発見される場合が多く、予後が不良です。若年発症には遺伝的な素因が関わると考えられますが、欧米、アジアを問わず、エビデンスがありませんでした。
私たちは、全国11施設からなる研究コンソーシアムを構築し、これまで日本人の肺がんを引き起こす遺伝要因を明らかにしてきました。今回の研究では、若年発症に着目し、生殖細胞系列病的バリアントの解析を行うことで、遺伝要因の関与を調べました。
研究方法
日本人の肺腺がん患者さん1,773人 (若年発症:348人、非若年発症:1,425人) の血液DNAを対象に全ゲノム・全エクソームシークエンス解析 (注2)を行い、若年発症した肺腺がんで多く存在する生殖細胞系列病的バリアントを調べました。一部の患者さんについては、がん組織のDNAを調べることで、がん遺伝子変異の頻度や相同組み換え修復機構の破綻を調べました。更に、肺腺がん患者さん10,302人とがんに罹患していない人7,898人の血液DNAを用いてゲノム解析を行い、新たな生殖細胞系列病的バリアントを探索・同定しました。
研究結果
1. 肺腺がんの若年発症をもたらす既知遺伝子の生殖細胞系列病的バリアント
40歳以下の若年発症肺腺がんの患者さん348名と、41歳以上の患者さん1,425名の血液DNAを比べたところ、若年発症例ではTP53遺伝子とBRCA2遺伝子の生殖細胞系列病的バリアントの頻度が高いことが分かりました。TP53およびBRCA2の病的バリアント陽性の頻度は、非若年の患者さんではそれぞれ0.14%および0.21%であったのに対し、若年の患者さんではそれぞれ2.9%および1.7%でした (図1)。TP53遺伝子は幼少期から色々ながんを発症するリ・フラウメニ症候群 (注3) 、BRCA2遺伝子は遺伝性乳がん卵巣がん (注4)の原因遺伝子として知られていますが、これらの遺伝子の生殖細胞系列病的バリアントは肺腺がんの若年発症の原因にもなるが分かりました。
2. BRCA2遺伝子の病的バリアントを有する肺腺がんの特徴
BRCA2遺伝子の生殖細胞系列病的バリアントを持っている患者さんに発生した肺腺がんの体細胞変異 (後天的に生じる遺伝子変異: 注5) の特徴を調べました。その結果、腫瘍組織では、乳がん、卵巣がんなどでみられるような相同組み換え修復機構(注6)の破綻の特徴が観察されました(図2)。この結果はBRCA2病的バリアントを持っている患者さんが肺腺がんを発症した場合、PARP阻害剤 (注7)の治療が有効である可能性を示します。
3. 若年肺腺がん患者の腫瘍組織におけるドライバーがん遺伝子変異
若年発症した肺腺がん57例と非若年発症の肺腺がん1,280例の腫瘍組織を対象とした全エクソンシークエンス解析の結果、がん細胞に生じているドライバーがん遺伝子変異の分布は二群間で大きく異なっていました(図3)。若年発症例では、分子標的治療の効果の高いALK融合遺伝子やRET融合遺伝子の陽性例が多く存在しました。よって、これらの症例では、がん遺伝子パネル検査を行い、遺伝子融合を検出することが、予後改善のため重要と考えられます。
4. 若年者の肺腺がん発症にかかわる新たなリスク遺伝子の同定
遺伝性腫瘍やDNA修復メカニズムに関連する450個の遺伝子を対象として、若年者の肺腺がん発症にかかわる生殖細胞遺伝子変異を調べました。検出された候補バリアントについて、10,302名の肺がん患者さんと7,898名の非がん患者さんを対象に症例対照研究を行ったところ、DNA修復に関わる遺伝子ALKBH2の機能欠失型バリアント (注8) が、肺腺がんの若年発症リスク(オッズ比=2.26)となることが示されました。
本研究において、若年肺腺がんの一部では遺伝的要因が肺腺がんの若年発症に関わっている可能性ことが示されました。若年発症の肺腺がんや多重がんの既往や家族歴のある肺腺がん症例では、環境要因だけでなく遺伝的背景生殖細胞系列変異の有無にも着目注視して診療することが重要とであると考えられます。また、遺伝的素因のある方の肺腺がんでは、腫瘍組織に特徴的な変化が見られることがわかり、分子標的治療の対象となるとともに、新たな治療法の開発や予防医療にもつながることが期待されます。
今回の研究では、NCCバイオバンク、BioBank Japan、NCBNなどのバイオバンクやコンソーシアムに参加する病院の患者さんの試料・情報を活用することで、大規模な解析を行い、肺腺がんの若年発症の要因を明らかにすることができました。この場を借りまして、試料・情報を提供くださった患者さんに深く御礼を申し上げます。
用語解説
(注1) 生殖細胞系列病的バリアント
生まれつき持っている遺伝子の中に生じている、病気の原因となる変化(変異)を「生殖細胞系列病的バリアント」といいます。この変化は親から子へ受け継がれる可能性があり、がんなどの病気にかかりやすい体質の原因となることがあります。今回の研究では、生殖細胞系列病的バリアントが若くして肺腺がんを発症する原因の一つであることが分かりました。
(注2) 全ゲノム・全エクソームシークエンス・ターゲットシークエンス
次世代シークエンサーと呼ばれる高速の塩基読み取り装置を用いて、ヒトの血液やがん細胞の持つゲノムDNAの配列を読み取る解析手法。全ゲノムシークエンスでは持っているDNA配列の全てを調べ、全エクソームシークエンスでは、たんぱく質の設計図となる重要な部分(エクソン)だけを調べます。ターゲットシークエンスでは、調べたい遺伝子の部分だけを調べます。
(注3) リ・フラウメニ症候群
TP53遺伝子の生殖細胞系列病的バリアントを生まれつきもっていることによって、子どもから大人まで、様々な種類のがんを発症しやすくなる疾患です。このため定期的な精密検査を行い、がんを早期に発見するサーベイランスが勧められます。リ・フラウメニ症候群の患者では、がんの治療に放射線治療を用いると、2次がんのリスクが高くなります。そのため、放射線治療以外の外科的手術や抗がん剤による治療が推奨されます。
※引用元:https://jsht-info.jp/general_public/abouts/li-fraumeni/(日本遺伝性腫瘍学会)
(注4) 遺伝性乳がん卵巣がん
遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC: Hereditary Breast and Ovarian Cancer)はBRCA1またはBRCA2という遺伝子の生殖細胞系列病的バリアントを生まれつき持つことによって、一般の人より高頻度に乳がんや卵巣がんが発症しやすくなる遺伝性の疾患です。HBOCの人に発症したがんに特異的に効果が期待できる薬(PARP阻害剤: 注6)があり、再発時の治療や再発予防などに用いられます。
※引用元:https://jsht-info.jp/general_public/abouts/hboc/(日本遺伝性腫瘍学会)
本研究では、HBOCの原因遺伝子のうち、BRCA2の生殖細胞系列病的バリアントが肺腺がんの若年発症のリスクとなることが示されました。
(注5) 体細胞変異
後天的に細胞に起きる遺伝子の変化を「体細胞変異」といいます。タバコや紫外線、体内のDNA修復のエラーなどが原因で起こり、がんなどの病気の原因になります。体細胞変異は親から受け継ぐものではなく、自分の体の中で後から起こる変異です。
(注6) 相同修復組み換え機構
相同組換え修復は、DNAに傷が付いたときに正確に元どおりに直す仕組みの1つで、DNA両方の鎖が切れる「二本鎖切断」を修復します。正常なDNAをお手本にして、壊れたDNAを正確に修復します。この仕組みがうまく働かないと、DNAに多くの異常が蓄積し、がんの原因になります。
(注7) PARP (パープ) 阻害剤
DNAの修復に関わるタンパク質であるPARP(ポリアデノシン5’二リン酸リボースポリメラーゼ)の働きを阻害することで、がん細胞の増殖を抑制する薬剤です。特に、BRCA1、BRCA2遺伝子の変異を持つがんに対して有効であることが知られています。
(注8) 機能欠失型バリアント
遺伝子のDNA配列に変化が生じることで、遺伝子の機能が正常に働かなくなるような遺伝子の変化 (バリアント) を指します。その結果、タンパク質を生成する遺伝子の機能が損なわれ、生成されるタンパク質の構造や機能が変化したり、タンパク質が全く生成されなくなったりすることで、本来必要なたんぱく質がうまく生成されず、病気の発症につながることがあります。
参考URL
- https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1556086425007646
- https://www.akita-u.ac.jp/honbu/event/img/mix4982_01_dl.pdf