医局の歴史

秋田大学泌尿器科学教室の沿革

秋田大学医学部は、医療立県という秋田県民の輿望を担い、新設医大の先陣を切って1970年に開設されました。大学紛争の余燼がくすぶる中で、九嶋勝司医学部長が掲げた建学の理念“セクショナリズムの打破”は大きな関心と期待を集めました。

しかし、その船出には数々の試練がありました。すなわち予定27講座の教官(教授と助教授)は内定したものの、講座は一期生の進級に合わせて順次開設する学年進行とされ、初年度は6講座(基礎2、臨床4)のみで開学しました。校舎は大学本部の一隅の借り住まいでした。

医学部附属病院についても、旧秋田県立中央病院を代用するという当初の移行措置に問題が生じ、1971年4月に同病院は県から国に全面移管されました。12診療科が開設され、それに伴って当該各科の教官内定者が急遽赴任しました。講座定員がないため、赴任当初の職名は教授予定者が助教授、助教授予定者が講師となり、変則的な応急措置でした。

旧県立病院の設備は旧式で医局も全科共用でしたが、各科スタッフは先端医療に取り組みながら新しい医学部のあり方を論じ合い、院内に活力が生まれました。1974年に当初予定の27講座がすべて開講し、1976年に附属病院が現在地に新築移転し、一期生が卒業しました。

1.草創期(1971~74年)

当泌尿器科は、1971年4月に医学部附属病院診療科として開設されました。初代診療科長として加藤哲郎先生(現 秋田大学名誉教授)が東北大学から着任し、“旧弊から脱却した泌尿器科の創設”を目指して、高橋寿と桑原正明の両先生も同行しました。続いて宮川征男、熊谷郁太郎、三浦邦夫、今井克忠、根本良介の5先生が相次いで入局し、3年目には計8名と院内有数の員数になりました。

旧県立病院から引き継いだのは半木造の混合病棟、入院患者1名、外来患者数名弱、そしてメッキの剥げた膀胱鏡や手作りの透析装置などの診療機器で、また診療科のため研究費と研究機器はありませんでした。やむなくCampbell’s Urology全巻の早朝通読会を行い、わが国では未開の領域だった尿路変更術と腎移植への挑戦が始まりました。

尿路変更術は当時主流の尿管皮膚瘻術に代わって回腸導管術を導入し、3年後には全国トップクラスの手術成績を報告するようになりました。また泌尿器科病棟に透析センターを開設すると共に県内各所で腎移植の啓蒙運動を行い、1975年の2例の生体腎移植にたどり着きました。うち1例は、2年後にわが国初の腎移植後出産例になりました。

やがて40床の混合病棟は泌尿器科患者でほぼ満床となり、透析センターの運営も軌道に乗りました。このような診療実績は、そのまま新病院の泌尿器科病棟と透析センターの建築設計に反映されました。

その後、加藤先生は当講座の第2代教授、高橋先生はUCLAでの免疫学研究と仙台社会保険病院の腎移植推進、桑原先生は宮城県立がんセンター総長、宮川先生は鳥取大学教授、熊谷先生は福島腎泌尿器科クリニック開設とベトナムの透析医療支援、三浦先生は秋田日赤病院副院長、今井先生は仙台市立病院院長、根本先生は鳥取県立中央病院副院長、とそれぞれ各地で重責を担いました。

2.講座第I期(1974~96年)

土田正義

1974年4月に待望の泌尿器科学講座が開設され、土田正義先生(現 秋田大学名誉教授)が初代の講座主任教授に就任しました。講座費がつき、研究が本格的に始動しました。

土田先生は、専門研究分野の排尿生理について動物実験に基づく研究を精力的に推進しました。原田忠(前 中通総合病院)、山口脩(現 福島県立医大名誉教授)、西沢理(現 信州大学名誉教授)、森田隆(現 森田記念会理事長)、能登宏光(現 秋田泌尿器科クリニック院長)の諸先生が牽引する教室をあげての研究体制は、尿路排尿生理と排尿中枢機構に関する膨大な業績を残しました。

土田先生は、第12回神経因性膀胱研究会総会、第43回日本泌尿器科学会東部総会、第33回日本化学療法学会東日本支部総会、第23回日本パラプレジア医学会(日本脊髄障害医学会)総会、第33回日本平滑筋学会総会、第41回神経因性膀胱研究会総会を主催し、1992年には腎研究会学術賞を受賞し、International Society for Dynamics of Upper Urinary Tractの会長に就任しました。

助教授の加藤哲郎先生は、根本良介、阿部良悦(現 富士病院理事)、佐藤一成(前 由利組合総合病院院長)、守山正胤(現 大分大学病理学教授)、柿沼秀秋(現 総合南東北病院)の諸先生や他科研究者と連携し、がん研究を展開しました。先ずMGHから恵与されたヒト膀胱がん細胞株T24を用い、細胞動態とがん化学療法の基礎研究を行い、同細胞株を国内研究者にも分与しました。次いで抗がん剤マイクロカプセルを用いた化学塞栓療法と体内磁気誘導法を開発し、その独創性が国内外の反響を呼びました。カプセルの製剤化と動物実験そして臨床応用に至る一連の研究は、全て秋田大学で行われました。また腫瘍組織の同種抗原やMRS分析、がん増殖因子の分子生物学的解析、新規尿路変更(直腸膀胱)の開発、と研究は多岐にわたりました。

加藤先生は、研究費を累計79件取得し、朝日学術奨励金、CE. Alken賞、内藤記念財団科学奨励金など6件の学術賞を受賞し、またGordon研究集会、スエーデン薬学アカデミーシンポジウム、Mayo Clinic招待講演や日本医学会総会シンポジウムなどで講演しました。

3.講座第II期(1996~2003年)

加藤哲郎

加藤哲郎先生が第2代の講座主任教授に就任し、小川修(現 京都大学名誉教授)、佐藤一成(前 由利組合総合病院院長)、佐藤滋(元 秋田大学特別教授)、大山力(現 弘前大学教授)、羽渕友則(現 秋田大学教授)、土谷順彦(現 山形大学教授)らの諸先生が学内外から参集しました。なお助教授職は、小川先生から羽渕、佐藤一成の両先生に順次引き継がれました。

教室では互礼・互研・互助を合言葉とし、泌尿器外科学への原点復帰と研究の独創性が推進されました。診療カンファランスと手術研修を充実し、腹腔鏡手術にも着手しました。新規入局者が年々増加し、中国から研究員を積極的に受け入れ、こうして教室の態勢は診療と研究の両面で活性化しました。

本格的に再開した腎移植は、2002年には年間手術が21例に達し、全国有数の腎移植施設になりました。免疫抑制剤の血中動態と遺伝子多型、虚血再灌流障害の分子生物学的解析などの基礎研究も行われました。

泌尿器がんの分子生物学的研究については、先ずDNAバンクを構築し、これを基にした系統的な研究が高い評価を得ました。また泌尿器がんの糖鎖解析についても興味ある成果を挙げました。こうした研究業績によって、大山先生は2003年に日本泌尿器科学会学会賞を授与されました。

1997年には同門会を設立し、初代秋田大学医学部長の九嶋勝司先生から『虚(ウロ)の会』と命名して頂きました。“虚心以て真理を究め、診療は惻隠の情に徹す”という意と、有漏智無漏智(仏教法語)とUrologie(ドイツ語)の語呂合わせもあり、含蓄に富む名称です。

加藤先生は、第16回日本DDS学会総会(2000年)と地域がん登録全国協議会第22回学術集会(2013年)を主催し、また大学退官後は秋田県総合保健センター長として秋田県とMayo Clinicの国際医療交流、秋田県地域がん登録や移植医療を推進し、秋田県文化功労章(2007年)、日本対がん協会賞(2009年)と臓器移植対策功労者厚生労働大臣表彰(2015年)の表彰を受けました。

4.講座第III期(2003年~現在)

羽渕友則

羽渕友則先生が第3代の講座主任教授に就任しました。羽渕先生は1998〜2001年に当講座助教授を務めており、再度の秋田大学赴任です。

臨床では、泌尿器がんと腎移植に加えて透析治療、小児泌尿器疾患、男性不妊症、女性泌尿器疾患にも診療領域を広げ、国立大学病院トップクラスの診療実績を上げています。とりわけ泌尿器腹腔鏡手術・ロボット支援手術では国内有数の治療施設となり、泌尿器腹腔鏡技術認定医を多数輩出しています。

基礎研究では、メタボリック症候群と泌尿器がん、前立腺がんの骨転移様式、腫瘍免疫微小環境のマウスモデル、泌尿器がんの遺伝子多型、抗悪性腫瘍薬の薬理作用と遺伝因子、骨盤内神経の再生シート、新規免疫療法の開拓、腎移植免疫抑制剤の個別最適化、腎虚血再灌流障害と免疫担当細胞、膀胱萎縮関連遺伝子などについて、他研究施設との共同研究も含めながら、広範な研究を促進しています。

臨床研究では、東北地区諸大学とともに『みちのく泌尿器癌研究グループ』を立ち上げ、本邦泌尿器がんに関するリアルワールドエビデンスを数多く報告しています。また、独自の多施設共同臨床試験を複数進める一方で、国際開発治験やJCOG試験など国内外の臨床試験にも数多く参画し、泌尿器がん診療のパラダイムシフトに貢献しています。現在は陰茎海綿体神経の再生を促す医療器材の開発にも力をいれており、基礎研究の知見をもとに、前立腺全摘術後の勃起神経再生を促す医療器材の探索的治験を行っています。このような研究成果の中、土谷先生および鶴田大先生は2008年に日本泌尿器科学会学会賞を授与されました。

羽渕先生は、韓国Asan Medical Centerとの交流会とAsan-Akita Urological Seminar(現Asan-Michinoku Urological Seminar)を設立、2019年にはGerman-Japanese Confederation in Urologyを主催し、また中国とインドから留学生を迎えました。また第32回日本泌尿器内視鏡学会総会(2018年)を主催し、第36回日本内視鏡外科学会総会(2023年)の会長に推挙されました。また、佐藤滋先生は第56回日本移植学会(2021年)を主催しました。

おわりに

当教室同門会「虚の会」の会員諸氏は、医療福祉や研究教育の分野でそれぞれ多彩な貢献を果たしてきております。

その中で、大学教授として12名の方々が輩出しました。加藤哲郎(秋田大学)、宮川征男(鳥取大学)、山口脩(福島県立医大)、西沢理(信州大学)、濃沼信夫(東北大学病院管理学)、佐藤滋(秋田大学腎疾患先端医療センター)、小川修(京都大学)、守山正胤(大分大学分子病理学)、大山力(弘前大学)、羽渕友則(秋田大学)、土谷順彦(山形大学)ならびに井上高光(国際医療福祉大学)らの諸先生方です。

このような51年におよぶ当教室の歩みを省みると、私たちには更なる精進が課せられているように思われ、身が引き締まります。

(文責:成田伸太郎)

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