胃排出の観点から2型糖尿病患者に対する薬剤選択法の確立
論文タイトル
Magnitude of slowing gastric emptying by glucagon-like peptide-1 receptor agonists determines the amelioration of postprandial glucose excursion in Japanese patients with type 2 diabetes
(Suganuma Y et al. J Diabetes Investig. 2020 Mar;11(2):389-399).
研究の目的
インクレチンの一つであるGlucagon like peptide-1 (GLP-1)は薬理学的濃度により胃排出能を抑制し,食後血糖値を改善させることが知られている. 過去の研究ではGLP-1受容体作動薬による胃排出能評価時に200-250kcal程度の液体食を用いて, 13C octanoic acidを用いた呼気検査法にて施行されることが多かった. 今回の研究において,固形食を用いて日本人2型糖尿病患者において, 13C acetic acidを用いた連続呼気検査法にて胃排出能の評価体系を確立し, GLP-1受容体作動薬投与による胃排出能と血糖変動との関連より薬剤選択法を検討した.
研究の方法
460kcalの食事を用いて, 安定同位体である13C acetic acidをラベルし, 胃排出能評価は連続呼気採取可能なBreathID®を用いて検査施行した. 評価指標は BreathIDから得られる13C排出速度(%dose/hr)であるPDR(Percentage dose recovery)曲線より算出したGEC(Gastric Emptying Cofficient)と13C累積排出率(%dose)CPDR(Cumulative PDR)より算出したTlag(Lag time)にて評価した.
安定同位体呼気検査による胃排出能評価

胃排出曲線

胃排出評価指標

- 健常人群とT2DM群において胃排出能を評価した.
- 日常診療指標よりGECを予測するため,GECを目的変数として,年齢,罹病期間, body mass index, インスリン分泌能指標である尿中C-peptide, C-peptide index(CPI), secretory units of islets in transplantation(SUIT), CVR-Rを説明変数として重回帰分析を施行した.
- 2型糖尿病患者17名のうち8名にGLP-1受容体作動薬を投与し, 投与前, 投与1週間後, 投与1か月後において急性期と慢性期における胃排出能と血糖変動との関連を評価した. 主要評価項目はGLP-1受容体作動薬投与による胃排出能の変化とし, 統計は one-way analysis of variance (ANOVA) for repeated measuresを用いた.
研究の結果
健常人群とT2DM群において, 胃排出評価指標であるGECとlag timeの平均に差はなかった. しかしながら2型糖尿病群においてはGECのバラつきが大きいことが判明した.
健常人と2型糖尿病患者の胃排出曲線

GECを予測する因子を調べるために重回帰分析を施行したところ, CVR-Rのみが抽出され, 胃排出能と自律神経障害との関連が示唆された.
8名の患者にGLP-1受容体作動薬に投与し, 食後血糖上昇と胃排出能との関連を検討したところ, GECと食後60分の血糖値上昇のみ有意な相関を認めた.
GLP-1RA投与2型糖尿病患者の胃排出と血糖変動の変化

食後血糖変化(ΔBG60-0min)と胃排出·インスリン分泌の関連

GLP-1受容体作動薬による食後血糖上昇に与える影響を主成分分析したところ, 胃排出能係数であるGECが91.0%, 食後60分のインスリン追加分泌が8.98%であり, この二つの指標により, 短時間作用型群と長時間作用型群の2群に分類される.
短時間作用型投与群4名の患者の検討では, GECは投与前,投与1週間後, 投与1か月後において有意に低下を認め, 投与1か月後まで胃排出抑制が維持されていることが示唆された. 長時間作用型投与群4名の検討においては, GECは投与前後において有意な変化は認めず胃排出へは影響しないことが示唆された. 短時間作用型群のみ食後60分においての血糖上昇幅とGECが相関することが示され, 食後血糖改善には胃排出が大きく関わっていることが示唆された.
短時間/長時間作用型GLP-1RA投与による胃排出の変化

短時間/長時間作用型GLP-1RA投与による血糖変動

結論
我々は, 460kcalの固形食を用いて, 2型糖尿病患者において 13C酢酸を用いた安定同位体呼気検査での胃排出能の評価体系を確立し,, 健常人と2型糖尿病患者では胃排出能には差がないことを示した. しかしながら2型糖尿病患者において胃排出能は個体差が大きく, 自律神経障害の程度との関連も示唆された. GLP-1受容体作動薬による食後血糖値の改善は, 胃排出の抑制の程度とインスリン追加分泌の程度が関わっており, その作用の違いが短時間作用型と長時間作用型の違いに繋がっている. 胃排出能を評価することにより, GLP-1受容体作動薬を適切に選択し, 食後血糖値の改善が予測可能になることが期待される.