前立腺癌は世界的に罹患率の高い癌です。
男性の癌の約10%を占めるといわれています。
一般的には欧米人に多くアジア人には比較的少ない癌と考えられていましたが、生活慣習の欧米化にともない日本でも増加傾向の著しい癌のひとつとなっています(図1)。
厚生労働省大臣官房統計情報部(編)人口動態統計2001
黒石ほか:がん・統計白書 -罹患/死亡/予後-1999
政財界、芸能界の著名人のなかにも前立腺癌を患っている方もおり、前立腺癌についての様々な情報がマスコミの報道などを通じて皆さんのもとに送られる機会が増えていると思われます。
私たち泌尿器科医は前立腺癌を早期発見して、個々の患者さんに適した治療法を選択する努力をしております。
最近、高齢化という時代背景もあり、前立腺癌に対する意識が高くなっています。
前立腺癌についてよりよく知っていただくため、当院での前立腺癌の診断・治療について解説します。
前立腺は、男性だけが持っている生殖器官の一部です。膀胱のほぼ真下にあります。大きさは栗の実程度、体積にして10~20mlです。
前立腺は精液の一部となる「前立腺液」を分泌したり、膀胱の出口を開け閉めしたりする働きをしていますが、詳しい働きは十分には分かっていません。
前立腺の解剖図
死亡数増加率はすべてのがんの中でトップ
アメリカではすでに10年ほど前から、男性のがんの中で最も高い発生率となっています。日本ではまだ患者数は少ないですが、近年、急激に増えてきています。
日本人の前立腺がんによる死亡者数は2015年には2000年の2倍以上、1995年の約3倍になると推定されています。この死亡数増加率は、すべての「がん」の中で最も高く、今後増える「がん」と言えます。
以前は、前立腺がんは早期発見も難しかったのですが、近年、「PSA検査」が登場し、早期から前立腺がんを発見することが出来るようになりました。これは血液検査だけでできることから、50歳前後の比較的若い方にも検査が実施され、がんが発見されるようになってきました。
初期には自覚症状がほとんどありません
前立腺がんの多くは、尿道や膀胱から離れた場所に発生します。そのため、排尿障害が起きにくく発見が遅れます。
また、癌が骨に転移すると痛みが出ますが、この場合は進行癌状態と言えます。
よって、症状が出る前にがんを発見することが非常に大切で、そのためには検診などで定期的にPSA検査を受けることがもっとも重要です。
進行が遅い
前立腺がんは1つの癌細胞が増殖し、治療を要するようになるまでに一般的には40年近くかかるといわれています。つまり、60歳を越えたくらいから前立腺がんの発見率も高くなっていきます。 進行が遅いので、他の病気で亡くなった高齢者の方を解剖してはじめて小さな前立腺がんが見つかる場合もあります。(ラテント癌)このことから、高齢者の早期前立腺癌は治療の必要があるのかどうかは現在活発に議論されています。
1次検査:PSA(ピーエスエー)採血
前立腺から分泌されるPSAという物質の血液中濃度を測定します。値が正常値4.0ng/mlよりも高ければ、前立腺の病気がある可能性が高く、次の2次検査に進みます。
一般的にはPSAが4~10では約20%、10~20では40%程度、PSAが20以上では50%以上の患者さんに前立腺癌が発見される、と言われています。 PSAで発見された癌のうち85%は1回目のスクリーニングで見つかっており、2回目発見される癌は 11%程度と報告されています。
2次検査:PSA再検査と直腸診と超音波(エコー)検査
【直腸診】
肛門から指を入れ、前立腺の表面を触診します。患者さんは診察台に仰向きに寝た状態で行われます。前立腺が石のように硬い場合、がんの疑いが高くなります。
【超音波検査】
お腹の上から前立腺の大きさ、内部構造、形体などを画像で確認することが出来ます。
3次検査:経直腸エコー、針生検
針生検
1次、2次検査の結果、がんの疑いがある場合行います。組織を採取し、顕微鏡で確認しますので、確定診断になります。また「がん」であれば悪性度も判明します。前立腺の位置を肛門からのエコーで観察しながら、針で前立腺の組織を8-12ヶ所とって顕微鏡で観察します。比較的安全に出来ますが、出血・感染症などの合併症の危険が数%あるため、当科では安全のため1泊2日の入院検査をお勧めしています。
検査チャート
前立腺癌と診断されたら…
ひとくちに癌と言っても、たちの悪さ:「悪性度」はさまざまです。
この「悪性度」は前立腺生検の組織を顕微鏡で見て判定されます。高・中・低の3段階で分類しますが、高分化癌は「おとなしい癌」、低分化癌は「転移しやすい癌」です。
最近ではグリソンスコア:「Gleason score」と呼ばれる点数(2-10まで9段階)で分類し、治療方針を決める際に利用しています。点数が高いほど悪性度が高くなります。
TNM分類:病期分類
前立腺癌と診断された患者さんは、治療の前に癌がどの程度進行しているかを検査します。必要な検査はCT・骨シンチグラム・MRIなどです。
その評価はTNM分類とTNM病期分類で行います.TNM分類は、
の3つの要素で決められています。
TNM分類は国際的な規約として使われ、様々な癌ごとに取り決められています。
TNM分類法
TNM病期分類の他に、病期AからDに分類されるJewett Staging Systemも用いられます。
Jewett Staging System
治療方針はがんの病期(ステージ、進行度)、組織学的分化度(悪性度)、患者さんの年齢、合併症の有無などによって選択されます。最終的には医師と患者さんが話し合い、合意・納得の上で決定されます。いくつかの治療法を組み合わせて行うこともあります。
治療スケジュール
前述の様に前立腺癌には様々な治療法の選択肢があります.根治性、QOL、患者さんの背景など十分に考慮し治療法を決定します.ここからは、それぞれについて解説します。
根治的前立腺摘除術
文字どおり前立腺を全部摘出してしまう方法で最も根治性が高いと考えられています。病巣が前立腺にとどまるステージAとB(およびCの一部)が適応になります。この手術には、恥骨後式、腹腔鏡式、会陰式の3つのアプローチがあります。当施設では恥骨後式と腹腔鏡式の手術に力を入れています。
利点
がん細胞の駆逐: ただし、手術によって取りきれたと判断された場合でも、小さな病巣が残存し再発する可能性があります。
欠点