密封小線源療法(ブラキセラピー)

前立腺癌に対するブラキセラピー

前立腺癌に対するブラキセラピー
秋田大学医学部泌尿器科学教室 講師 堀川洋平

インデックス(下からお選びください)

  • 前立腺小線源治療(Brachytherapy;ブラキセラピー)とは
  • 小線源治療の適応について
  • 治療成績について
  • 合併症について
  • 費用
  • 実際の治療経過(外来)
  • 実際の治療経過(入院)
  • 実際の治療経過(退院後)
  • おわりに

前立腺小線源治療(Brachytherapy;ブラキセラピー)とは

前立腺密封小線源療法とは、経直腸超音波をみながら前立腺内に放射線物質(小線源)を埋め込み、癌細胞を死滅させる放射線療法のひとつです。従来の外照射法(外から前立腺に放射線をあてる)にくらべて、本治療は前立腺の内部から放射線を照射することとなるため、前立腺とその周囲への限局した照射が可能となります。また、治療自体も短期間で済み、身体に対する影響も少ないという長所をもっています。  小線源治療に使用されるのは、長さ4.5 mm、直径0.8 mmのチタンのカプセルの中にI-125が密封された線源(シード)です。I-125の放出するエネルギーは非常に弱くほとんどが前立腺内で吸収されます。半減期は約2か月で、1年でその放射線量はほとんど0になります。 前立腺癌は照射する放射線量が多いほど、治療効果があるといわれています。単純な比較はできませんが、通常行われている外部照射では、72~76 グレイ(Gy)という線量の放射線が照射されるのに対して、小線源治療では、144 Gyというより高線量の放射線を照射します。

小線源療法とは

小線源治療の適応について

小線源治療の適応は、前立腺内に限局した癌です。癌がリンパ節や骨に転移している場合や、CTやMRI等の画像検査で明らかに前立腺周囲に広がっている場合には適応となりません。癌の転移や広がり以外にも次のような場合には慎重に適応を検討する必要があります。

適応基準

 

除外基準

1.前立腺が大きい場合

前立腺肥大症などにより前立腺が大きい場合には、挿入する線源の数が多くなりすぎ、予定どおりの配置ができません。治療には前立腺体積が40cc以下であることが目安となりますが、それよりも大きい場合には術前に内分泌療法を行い前立腺のサイズを小さくすることで、治療が可能になることもあります。 <内分泌療法の併用について> 前立腺癌の状態により、小線源治療だけでは不十分な場合は、内分泌療法を併用することがあります。内分泌療法とは、男性ホルモンを低下させる注射をすることにより前立腺癌の進行を抑える治療ですが、前立腺体積を縮小させる効果もあります。したがって、前立腺が大きい場合の縮小目的に治療前のみ3~6ヶ月程度内分泌療法を施行することがあります。

2.過去に前立腺肥大症の手術を受けた場合

過去に前立腺肥大症の手術を受けていると、線源を配置すべき部分が欠損しているために治療は出来ません。

3.前立腺が変形あるいは石灰化が著しい場合

前立腺の一部が変形している場合や、石灰化(カルシウムの沈着)が強い場合には超音波での観察が困難となり治療ができません。

4.治療の体位が取れないなど、骨盤に異常がある場合

治療時には両足を持ち上げたお産のスタイルのようになりますが、その体位がしっかりと取れない場合には治療ができません。

5.出血傾向がある、または抗血小板薬の内服を中止できない場合

血液を固まりにくくする薬を内服している場合には、治療前後2週間程度内服を中止する必要があります。薬を処方している医師への相談が必要です。

6.重症の全身疾患がある場合

重症の糖尿病や心疾患など、治療や麻酔を施行することに危険がある場合には、慎重に検討することが必要です。

7.治療が適応となる年齢について

81歳以上の方は原則として小線源治療の適応となりません。また、長期間経過観察された患者さんが少ないため、若年者の適応については未だ意見が統一されていません。したがって、若年者に対する本治療の施行にあたっては、患者さんとそのご家族に、副作用も含めた本治療全般について十分にご理解いただく必要があります。


治療成績について

日本で本治療が開始されてからまだ日が浅いため、治療成績について本法独自の報告はありません。米国において10年間経過観察した患者さんの生化学的非再発率(治療後にPSAが上昇しない)は、低リスク群で85%、中間リスク群で77%、高リスク群で45% と報告されており、前立腺密封小線源治療の治療成績は手術とほぼ同等とされています。  

前立腺癌を含めたすべての癌治療において、治療により完治することを保証することは出来ません。5~10年以上の経過観察をしてそれでも再発がない時にはじめて完治した可能性が高いと診断できます。通常は3ヶ月に1回程度のPSA採血にて経過観察を行い、その数値が上昇していく場合を再発と考えます。また、1年半ほどの経過後に一時的にPSAが上昇する現象もみられます。  小線源治療後に再発がみられた場合には、内分泌療法の適応となります。小線源治療後に手術で前立腺を摘出することは困難であり適応となりません。


合併症について

合併症は軽微なものがほとんどです。治療を含めた入院時(周術期)に発症する可能性のある合併症と、治療後半年以内の早期合併症、半年以降の晩期合併症についてそれぞれ説明します。

1.周術期合併症  

線源の挿入には若干の出血がみられますが一般に輸血は不要です(但し、血尿が多い場合には輸血を行う場合があります)。術後に微熱がみられることもありますが通常は問題ありません。通常の手術と同様に、下肢静脈血栓症に伴う肺塞栓症予防の処置を行ないますが、肺塞栓症の発症を完全に防止するものではありません。麻酔は腰椎麻酔(全身麻酔)としますが、通常の麻酔合併症リスクを伴います。

2.早期合併症

早期合併症は排尿に関する症状が主体で、術後から約8割の方に排尿困難、尿意切迫感、夜間頻尿など軽度の症状が出現しますが、ほとんどは自然に軽快します。一時的に尿が出なくなることが5%程度にみられますが、通常は自己導尿(自分でカテーテルを適宜挿入して排尿すること)や尿道カテーテルを留置することなどにより1~2ヶ月程度で軽快します。直腸への刺激から排便回数が増えることもあります。 合併症ではありませんが、線源が膀胱内へ移動、または血流にのり肺などの臓器へ移動することがあります。前者については自然に排出されることが多く、後者については全く無害であり処置は不要です。また、挿入したシード数の5%程度の移動であれば治療上も特に問題はありません。

3.晩期合併症

晩期合併症としては、排尿症状が継続する場合があり、放射線障害に由来した尿道炎や尿道狭窄によるものと考えられます。また血尿が出現することもありますが保存的な治療で軽快します。直腸症状として肛門からの出血などを伴う直腸炎を発症することもありますが、保存的治療にて対処します。重篤な直腸潰瘍を生じることは極めてまれですが、その場合には人工肛門の造設が必要となることもあります。

性機能に関して、小線源治療は手術、外照射、内分泌療法のいずれの治療法よりも勃起機能の温存については有効とされています。約7割の症例について温存が可能ですが、経時的に機能は低下する傾向にあります。しかし、勃起に関する神経は手術の場合と異なり障害をあまり受けないためにバイアグラ?等の内服薬がより有効に作用します。

 

費用

 本治療は健康保険の適応となりますが、保険の種類や使用するシード線源数により異なります。健康保険により、下記(1+2+3)の1割から3割を負担していただきます。

また、高額医療費の適応となることもありますので、詳細は各自治体または当院医療ケースワーカーにお尋ね下さい。

1. 密封小線源治療手技の経費:48万6千円

2. シード線源に必要な経費:30~50万程度(1人当たり50~80個:シード線源1個当たり6300円 )

3. 麻酔の経費+入院基本料


実際の治療経過(外来)

1. 初診時

当院以外で前立腺癌の診断を受けられ、本治療をご希望される患者さんは下記の3点の資料を持参していただきます。

 

  • 情報提供書(紹介状)
  • 画像検査フィルム(CT、MRI、骨シンチなど)
  • 前立腺生検の病理標本(プレパラート)

a) 情報提供書(紹介状)

他施設で生検を受けられ前立腺癌の診断のついた方は、担当医から情報提供書(紹介状)をいただいてお持ち下さい。初診時に必要なデータは、生検時のPSA 値、グリソンスコア、臨床病期、現在までの治療内容、合併症、既往症、現在服薬中の全ての薬などです。ワーファリンやアスピリンなど出血が止まりにくくなる薬を服薬されている方は、治療の前後合わせて2 週間程休薬しなければなりませんので、それが可能かどうかを確認して下さい。

b) 画像検査フィルム

臨床病期診断のために用いた画像検査フィルム(CT、MRI、骨シンチ、等)は治療方法を決定するうえで必要です。

c) 生検の病理標本(プレパラート)

グリソンスコアは病理標本を検鏡する病理医により多少異なるため、当院で再確認します。

2. 初診後の経過  

データをもとに治療の可否について決定します。必要があれば超音波検査、X線撮影、CTなどの追加検査を行うことがあります。治療の日程に関しましては、なるべくご希望に合わせるようにいたしますが、その時点での待機患者数などの状況により数か月はお待ちいただくことがあります。必要があれば、治療まで内服あるいは注射による内分泌療法を開始します。

3.治療の準備(約1ヶ月前から入院まで)

治療日の約1ヶ月から3週間前に来院していただき、治療計画を立てます。治療時と同じ体位(仰向けになり両足を大きく広げた姿勢)をとり経直腸エコー(肛門から超音波の棒状の機械を入れます)を用いて前立腺の形態をコンピュータで解析して使用線源数を決定します。

治療に使用するシード線源は既製品でなく、治療日に合わせてオーダーメイドされ、約3週間かけて米国から輸入されてきます。シード線源はいわば“生もの”であり、だんだんとエネルギーが減衰していき、予定された治療日に最適となるように設定されています。したがって、予定通りに治療を行うことが必要であり、病気を含め、患者さんの種々の事情により治療ができなくなった場合にはシードは再使用ができませんので、自費で負担していただくことになります(この場合には健康保険は適応されません)。

入院予定日の数日前に、病院の係りから電話での確認があります。病室に関しては、ご希望に添わない場合もあります。入院時に持参していただくものについては、入院予約時に玄関ホールの入院案内窓口から説明があります。入院後、治療に関するご質問がありましたら医師もしくは看護師にお尋ね下さい。

ワーファリン、アスピリン(バイアスピリン、小児用バファリン)など出血に影響する薬は入院の1~2週間前から内服を中止する必要があります。それらの薬を中止するにあたっては、薬の処方を受けている主治医の許可を得て下さい。

実際の治療経過(入院)

1.治療前

治療前日火曜日に入院となり、入院生活や治療の経過のオリエンテーションを受け必要な物品の準備をしてもらいます。陰部の切毛を行い、夜に下剤を服用します。治療当日から治療翌日朝までは経口摂取(食事、飲水)はできません。治療当日に必要な薬の内服がある場合にはこちらから指示いたしますので、少量の水で服用して下さい。朝から点滴を行い、検査前に浣腸を行います。

2.治療

水曜日の午後に地下1階の放射線治療棟の治療室にて腰椎麻酔または全身麻酔で行います。眠くなるような薬剤を点滴から入れることもあります。尿道に排尿のための管が入り翌日まで留置されます。下腿には血栓予防のための装具がまかれます。治療台の上で下肢を挙上した体位で治療を行います。肛門から経直腸超音波検査のプローブが入り、超音波検査の画像を見ながら、会陰部から前立腺内にアプリケータ針と呼ばれる長い針が20 本程刺入され、コンピュータで計算された通りに、それぞれの針の中に数個ずつシード線源が挿入されていきます。全部で50~80 個ほどの線源が留置されることになります。治療には麻酔に要する時間を含め2 -3時間前後かかります。

3.治療後

治療後は病室のベッドへもどり、翌朝までベッド上安静です。疼痛や排尿の管による違和感が強ければ鎮痛剤を使用します。治療後24時間は放射線管理区域となるので家族の面会の際は看護師の指示に従います。 翌朝からは歩行可能となり食事も摂ることができます。また、前立腺やシード線源の状態を確認するため、CTとX線撮影を行い、排尿の管を抜きます。排尿の管を抜いたあと問題となるような症状がなければ、治療2日後に退院となります。 クリティカルパス

治療経過(退院後)

1. 退院から初回外来まで

小線源は永久に入ったままになります。放射能は初めから非常に弱いものですが、さらに1年経過するとほぼゼロになります。周囲の方への影響はほとんどありませんが、治療後1 年間は、放射線源が体内に入っていることが記載された治療カードを常時携帯する必要があります。

2.退院後の経過について

退院後約1ヶ月目にPSAの採血およびX線撮影、CTなどの検査を外来で行います。CTからシードの配置を確認し治療の検証を行います。経過観察は約3ヶ月毎にPSA採血や合併症等の問診にて行います。

3.退院後の安全管理について(重要)

本治療後の安全管理については、日本放射線腫瘍学会、日本泌尿器科学会、日本医学放射線学会が作成した“安全管理に関するガイドライン”に詳細に記載されており、通常では以下について遵守することが求められています。

a) 排尿時にシードが排出された場合には、直接触れないようにシードを容器に移して当院に持参してください。

1個の線源から出る放射線は微量であり、実際には問題を生じません。線源を拾えるようならスプーンなどですくい、専用の容器に入れ、子どもの手の届かないところに置いて下さい。その後、あわてず担当医にご連絡下さい。

b) 性交は1ヶ月目からであり、1年間は必ずコンドームを使用してください。

c) 患者の身近に新生児や妊婦がいる場合には、術後60日以内は1.8 m以上離れることが望ましく、それ以内に近づくのであれば手短に済ませて下さい。

d) 最重要 : 1年以内に患者さんが死亡した場合には解剖により前立腺ごとシードを取り出すことが義務付けられています。 万が一そのような事態となった場合、あるいはなる可能性が高い場合には、できるだけ早く当院へ連絡をしてください。

e) 特に米国方面へ海外旅行をする場合には、本治療を受けた主旨の英文の証明書を持参してください。

テロリスト防止のため空港で放射線探知機による検査を受けることがあり、術直後にはそれが反応して拘束を受ける可能性もあるとの情報があります。

おわりに

本治療は、前立腺癌に対する放射線治療のひとつであり、決して“切らずに治す、奇跡の治療”ではありません。前立腺癌に対する治療法として、現在では、手術、放射線治療、内分泌療法をはじめ、いくつかの方法がありますが、本治療はあくまでもその選択肢のひとつであり、すべての患者さんに適応となるわけではありません。治療を受けようとする場合は、主治医とよく相談された上で当科の前立腺小線源治療外来(担当 沼倉医師)を受診してください。

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