何故、動物実験をやるのか?

第一外科学講座 成沢富夫助教授
 私達は何故、動物を使った実験的研究を行なうのかという命題について考えてみよう。ただし、臨床医学研究の分野についてである。人体を使ってはこれを行なえないからである。人間に発生する疾病の原因、病態、治療法さらには予防法を知るために動物を犠牲にすることになる。しかし、人体で観察できること、人体を使って研究可能なことを、安易に動物実験にゆだねるべきではない。すなわち、人間と実験動物はその全ての臓器、組織の解剖学的形態、生理、生化学的機能が相似しているとは限らず、当然のこととして、動物実験の結果が人間のそれとは異なる場合があるからである。次いで、どんな動物を使えば良いのかについて、私達の研究分野における実例をあげて考えてみよう。

 N-メチル-N'-二トロ-N-ニトロソグアニジンを飲水に溶解して投与することによって実験動物に人のそれと類似した胃癌を作ることができる。この方法によって各系ラットにほぼ100%の高率に胃癌を発生せしめることができるが、バッファロー系ラット、また各系マウスには発生しない。1,2-ジメチルヒドラジンの皮下投与で、各系ラット、マウスに大腸癌を100%発生せしめることができる。しかし、C57BL/Ha、DBA/2マウスでは発生しないし、さらにラットでは大腸のどの部位にも発癌するが、マウスでは下行結腸から肛門にかけてしか発癌しない。

 このように、種族のみならず、系の違いによっても実験成績に大きな差がでてくることがある。実験計画を立てるにあたって、動物種、系の選択が大切であることを示している。動物実験は、人の疾病を充分に観察し、そこから引き出された仮説を証明するために、またそれから得られた情報を整理して、人の疾患の治療あるいは予防法の開発、発展に役立てるために行なうべきものである。

 実験動物に、人のそれと同じ病気、病態、さらにはその病因あるいは治療法を含む物理的、化学的、生物学的外来刺激に対して人のそれと同じ反応を表現させようとすることは無意味なことである。あくまでも、人間の疾患モデル、外因性あるいは内因性刺激に対する人間の反応のモデルとして利用されるべきものである。この認識が欠如していると、動物実験から得られた結果をそのまま人のそれに転化する過ちをおかすこととなる。そのような発表や論文が散見される。作業仮説に従って上手に実験を進め、実験結果の解析を明確に行なうためには、実験にかかわる条件を可及的に単純化しておくことである。すなわち、動物個体自体の要因および飼育管理状況、実験的に加えようとする外来性要因を一定にすることである。そのためには、実験計画を立てる前に、いわゆる予備実験を必要とする場合もある。

 疾病ないし生体の反応は、生体に対する環境因子の付加とそれによって起こる内因性変化に従って発現するのであり、個体すなわち動物の適正な選択が研究目的遂行上、最も大切な事項である。人間は哺乳類中で最高の雑系であり、また種々の雑多な外来刺激ないし環境因子にさらされており、病因の固定、あるいは発病予防法さらには治療法の発現に際しては非常な困難を伴なう。しかし、古くは伝染病、近年には職業病、最近では癌の発生原因が疫学的研究手法によって推論が下され、次いで実験室におけるin vitroあるいはin vivo(動物実験)研究によって既に解決がもたらされたり、なされつつあるという歴史的事実に注目したいものである。動物を使った実験的研究における私の経験から、私自身の考えを述べた。諸兄の御意見を本誌上に寄せていただければ幸いである。

注)
これは動物実験施設便り第5号(昭和56年)に掲載されたものです。

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