野生動物と実験動物

ーネズミを食った話、食われる話一
寄生虫学講座 神谷晴夫助教授
 中国南部雲南省からインドシナ半島にかけて、色々な動物が種の分化をとげている。その中で、いわゆるラット(Rattus spp.)は タイ国だけであっても実に23種が記録されている。 この中には、まだ種としての独立性が疑問視されているものも含まれているが、それにしても種類の多いのに驚くと同時に、反面、何故こんなにもと興味がわく。 合計4回にわたるタイ国での文部省海外学術調査で32種、総計671頭の小哺乳類を捕獲したが、そのうち12種437頭はラット(Rattus spp.)であった。 同じRattus 属でありながら、大小様々、体重500gに近いものから50g以下のものまであり、顔付きも明らかに違っているものから、専門家でないと区別がつかないものまでいる。 一方、それらの寄生虫層を系統分類学的な観点から調べて来たが、異なる宿主間で共通している寄生虫種もあれば、ある種のRattus spp.にしかみつからない(特異性の高い)ものもある。 このことがそのRattus spp.と寄生虫種の系統分類学的な距離や進化の過程での相互の適応関係に起因するのか、あるいは単に宿主の生態学的な違いに由来するのかは明らかでない。 しかし、形態的にも、生態的にも(種としての独立性に、生態学的隔離ということが考慮される)異なるならば、必ず機能的な違いがあるはずである。 こう考えてくれば、これら野生動物は、フェレットでヒトのインフルエンザA型ウイルスの分離に成功したように、あるいは、らい菌の感染動物としてアルマジロが発見されたように、 それらが組織培養やヌードマウスにとってかわられたとしても、未知なるが故に魅力的な宝石箱であるかもしれない。

 ところで、エキノコックス(包虫)感染に際して、動物種、マウス系統の違いにより、明らかに感受性(宿主抵抗性)が異なる。この宿主の抵抗性の違いは、 何に起因するのであろうか。それは1つには宿主の齢であり、若齢のものは感受性が高く、しかも性成熟を境にして、一時的に強い抵抗性が発現する。さらに、一般に雄マウスは雌より感受性があり、 去勢すると抵抗性が増加し、雌マウスのそれに近ずくことが明らかになっている。さらに、ヌードマウスは、極めて感受性が高く、胸線(細胞性免疫)が宿主の抵抗性因子として、 重要な役割りを担っていると考えられる。しかし、以上あげた齢、性別、胸線にしても、それらで、マウス系統間の感受性の差異を説明することは出来ない。 ところが、エキノコックス感染に対して高い感受性を有するAKR系、A系、DBA/2J系マウスに補体第5成分(C5)欠損の特性があることを知った時、この系統間の感受性の差異と補体との間に 相関があるのではと思い至った。事実、その後の実験で、エキノコックス虫体は、in vitro で、補体単独でalternative pathwayを介して、溶解(殺滅)されることが明らかになり、 前記 C5 欠損マウス血清中では、classica1あるいはalternative pathwayを介する補体活性を欠如するため、虫体は溶解せず、この結果は、in vitro でのマウス系統間の感受性の差異とよく合致した。 このように、実験動物は、同種、同系統でも、齢、性別によって、その特性が変化する。また系統間では、さらに大きな違いが存在するということは、実験動物化された過程を考えれば明らかなことである。 したがって、実験動物というものは、その特性を把握し、実験計画にあったものを使用する必要があるといえよう。ともすれば、「実験動物」に手枷、足枷をはめられ乏しい研究費を食われかねないが、 そうならないためにも、その特性を知り、1個の生体が表現する現象を見落さないよう、骨までしやぶりつくす心構が必要なのかもしれない。

 余談だが、東南アジアのある国ではネズミの肉の缶詰が「STAR」(逆にすればRATS)という商品名で売られているという。我々は、タイ国滞在中、捕獲したネズミを含め、 多くの動物を味わった。種が異なれば、味もまた異なっていた。今後のこれら動物の分類学の中に「味」という点を是非、加えようというのが我々の一致した意見であった。

注)
これは動物実験施設便り第10号(昭和57年)に掲載したものです。

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