「イワンの馬鹿」
一汚れた手に勝利の女神一

解剖学第二講座 今井克幸助手
 動物実験施設の方々にはいつも面倒を掛けているので、そのお礼をまず記しておきます。「いつもありがとうございます」。

 ところで、実験動物の事を考える時いつも気になるのは「実験動物はしやべれない」と言うことである。しやべれないから反論も抵抗も出来ずに学問的価値や経済的価値で判断され人権(?)を一方的に無視されてただ黙って殺されていく。野生動物として或いはペットにでも生まれていれば、もう少し違った人生(?)もあっただろうにと思ったりする。夏目瀬石の「我輩は猫である」の主人公のように会話の出来る実験動物がいたら是非ゆっくり話を聴いてみたい。我々実験者をどの様に捉えているのだろうか?。

 いつだったか実験動物についてのシンポジウムで、「動物実験をする前に事前の文献的考察をもう少ししっかりと行えば、動物実験の回数は今よりもはるかに少なくなるだろう」と云う事を聞いた。確認ないし追試的な動物実験がかなりの数あるということだろう。この点に関して自責の念もあるが、少し反論を加えたい。最近解剖学会で歴史ブームと呼んでも良いような流れがある。解剖学書の歴史に就いて毎回学会発表があったり。レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452- 1519)の解剖図譜が復刻され市販されたり。また、一冊で千数百万円もするベサリウス(1514-1564)の「人体の構造」(De Humani Corporis Pabrica. 1543)(日本に3冊ある)を或大学が購入したり。オランダの夕ーヘル・アナトミアの訳本であるが、自らも解剖を実施して図版を書き加えた、杉田玄白の「解体新書」(1774)の完全復刻版が刊行されたり。神経解剖学でも、百年前のカハールの「Histologie du Systeme Nerveux」(1904)のスペイン語の原著が復刻されたり。伝記もので「人体解剖のルネサンス」(藤田尚男)(1989){レオナルド・ダ・ヴィンチ、ヴェザリウスなどについて詳細に紹介}や、「神経学の源流」(萬年甫)(1992){ババンスキー、カハール、ゴルジ、ブロカらの伝記集で、1906年当時、解剖学でノーベル賞を受けた有名なゴルジとカハールの網状説とニューロン説からブロカ(1824-1880)の業績、論文の紹介までが記載されている}、などが上梓されたりしている。

 ベサリウスは、彼以前の教授が古典を手にして本に書かれた構造を高座から講義解説していたのに対し、自ら墓地に行って骨学を勉強し、防腐剤もなく冷蔵庫も無い中で数日間は本当に不眠不休で自ら手を汚し人体解剖を敢行した。その結果、彼はそれまでの数百年間真理とされてきた教典的解剖学教科書の記載を一新してしまった、まさに近代解剖学の原典を創ったのである。相前後してレオナルド・ダ・ヴインチは、宗教的妨害の中で35才から61才までに30体を解剖し779枚の図譜と201枚の原稿を書き、解剖後彼はそれまでの作風をがらっと変えてしまった。その図版は長い間、隠されて保存されたが、後のベサリウス解剖書の出版に影響を与えたと言われている。スペインのカハールは各種ほ乳類はもとより、鶏胚、エイ、トカゲ 、カメレオンさらにエビやミミズまでもゴルジ鍍銀を施して、今から見れば非常に旧式の光学顕微鏡で詳細に観察してシナップスの存在を確信し、フランスの元老院議員であるゴルジと対時しノーベル賞を授賞した。運動性言語中枢にその名前を残しているブロカは、人類学(頭蓋骨の研究)やヒト進化に興味を持ち研究したが、やはり世の中の(宗教的)抵抗に会い、後に研究の中心をヒトからほ乳類動物の脳の系統進化に移し、あらゆる種類の動物の脳を収集した。コイ、ナマズ、センザンコウ、アルマジロ、、ナマケモノ、バク、カモシカ、ゾウ、各種サル、チンパンジー、ゴリラ、オラウータン、カワウソ、アザラシ、・オットセイ、クジラなどヨーロッパにいない動物の脳までも満足な防腐剤も無い時代に世界中から集め、自らの手で解剖して、当時ダーウィンの進化論(1859)がまだ注目されず反進化論思想が主流であった時代にすでにほ乳類の脳が系統的に進化している事実を確信し、しかもそれら全ての脳の基礎的構造として共通する構造は辺縁大葉(広義の嗅脳)であるとした。これが嗅覚のみに関与する構造でなく、種の保存、個体の保存に関係する広範な機能、記憶、情緒活動、闘争、逃避、生殖、子育てなどに関与することを推定し、今日の辺縁系(limbique)の概念を創った。同時に大脳皮質の機能局在の基礎を創った。余談になるがブロカの論文は500を越えるが、失語症、言語中枢に関するものは10編しかない。またブロカの脳のコレクションは、1871年のパリ・コミューン闘争時の砲撃を奇跡的に逃れて、現在もフランス人類学研究所に保管されている。またカハールの鍍銀標本はスペインのカハール研究所に保管され、現在でも美しい鍍銀像を残しているとの事である。


 これらの歴史的な解剖学者の業績や生きざまを再評価しようとする流れの根底には「自分の手を汚して解剖を敢行し自分の目で観察し、その過程を通してそれまで正しいと信じられていた“当時の真実”に疑問をいだき、それを大きく修正、変更し得たという点が、これからの若い研究者にも大いに有益である」、とする考えがあるように思える。このように、自らの手で解剖することは、ほとんど無条件で意義ある事と考えているのだが。先日、某病院長がふと漏らしていた「最近は進歩した様々な検査システムが導入され、解剖しなくとも全て判った様な気になっている若いドクターが多い、本当は病理解剖を行わないと判らない事も多いのだが・・・」という発言も気にかかる。

 医学がめざましく進歩した現代に、違った形態での「教典信奉主義」が再来しているのだろうか?中世から近代までの紆余曲折のあった解剖学の進歩を振り返る時、解剖学の進歩は専ら「自らの手を汚して解剖した研究者」の肩に架かっていたと云う事は確かな歴史的事実である。実験動物の死を無駄にしない観察力、洞察力を持つと云う事を念頭に置き、やはり実験動物を殺して行かなければならない。

注)
これは動物実験施設便り第18号(平成5年)に掲載されたものです。

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