アメリカ実験動物レポート(松田幸久)(第2回) 12/4/95

齧歯類の外科的手術のガイドライン

< シカゴ大学における齧歯類の外科的手術のガイドライン >

齧歯類に外科的手術を行うにあたって

(シカゴ大学編)

 齧歯類を用いた全ての外科的手術が無菌的操作の元に行われることを大学と政府の指針ならびに法律は要求している。実施しようとする手術がこれらの要求を満たしているかどうかを判断するために以下の定義を参考とせよ。

生存実験:動物が麻酔から醒めた時に、短時間でも生きていること。

主な手術:体腔を貫通する実験や手術することによって回復を予想される動物が永久に機能障害を生じ る可能性のある実験。開腹手術、開胸手術、開頭手術の様な実験は全て外科的手術とみなすことができ る。

 齧歯類の外科的手術には重歯目(ウサギ)あるいはそれ以上の種に必要とされるような特別な手術室を必要としない。外科的手術を伴う実験計画書を提出する際には、手術が無菌的に行われることを明確に記載し、手術が行われる場所を提示すること。動物施設には齧歯類の外科的手術を行うために低額の料金で使用可能な部屋がいくつかある。使用の際は、臨床/外科研究施設係りまで連絡すること。

 無菌手術を行うに当たって重要なことは過小評価しないことである。そうすることにより術後の併発症(例えば、感染症とか縫合した創口の裂開)が少なくなり、生存率もあがり、術前に動物が有していた基本的生理的機能の回復を速めることとなる。
 特別な基準や指針はthe Guide for the Care and Use oflaboratory Animals と修正動物福祉法に掲載されている。
 無菌的手術を行うに当り、何箇所 かの手術を同時に行うことは避けるように要求されている。推奨する重要点をこの書類に添付(付録I)してあるのでそれを参考としていただきたい。

外科手術を行う実験室

 外科手術用実験室: 前述したように齧歯類のためには専用の手術設備を必要としないが、それでも手術を行うに当たっては、その場所を準備する必要がある。実験者の研究室で行うことも可能であるが、その際には、手術の行われる場所には不必要なものは置かず、整理整頓されていること。

 手術台の表面の消毒:手術を行う前後には手術台の表面を清潔にし、あらゆ微生物を除去し、その後で手術台の表面をsodium hypochlorite solution (bleach)、chlorite dioxide solution(Alcide or Clidox)、またはRoccal Dで消毒する。
 添付資料のIおよびIIにそれらの薬品の簡単な説明と、それらを使うに当たって従うべきguidelineを示した。できれば手術台の上にポリ濾紙あるいはそれに相当するものを敷くことを勧める。手術をするときに必要となる動物の固定器具やモニタリング装置あるいはstereotaxic devices等は前述した如く消毒する。以上のことは病原体やその病原体が増殖するために必要な物質を減少あるいは除去するために行うものである。

手術用の器具および装置

 手術用器具の滅菌:手術部位に触れる手術器具や動物の体内に埋め込まれる移植物品などは以下に記したどれかの方法により滅菌する。どの方法を用いるかは時間や消毒する器具の特性あるいは材質によって異なる。確実な滅菌を行おうとするならそれぞれの適切な方法に従わなければならない。常に適切な滅菌が行われているかを滅菌確認マーカーを用いて定期的に調べるとよい。 蒸気滅菌:オートクレーブによる滅菌

 滅菌効果を損うような有機物を除去するために手術用品と手術器具は全て滅菌前に清潔にしておく。

 手術器具の場合は超音波洗浄器あるいは堅いブラシと洗剤を用いて手洗いし、最後にイオン交換水あるいは蒸留水ですすぐとよい。手術用品を布あるいは紙で包みそれらの表面に均等に蒸気が行き渡るようにしてオートクレーブの中にいれる。滅菌された器具や装置を触ることなく簡単に開けることができるように手術用品を包むこと。滅菌の行程はオートクレーブにもよるが、一般に以下のような行程が用いられる。

  
ガーゼ等30分121℃
標準的な手術用パック20分121℃
瞬間滅菌
(手術器具のみ)
3分132℃
   手術器具やガーゼ等は滅菌後15分間乾燥させ、常温となってから使用すること。

乾熱滅菌:手術器具の先端のみを滅菌する装置としてガラスビーズを利用した乾熱滅菌器(Inotech250, Biosystems International, Lansing,MI)が使用できる。清潔な手術器具を加熱前のビーズ内に入れると10秒で滅菌される。この方法は多くの個体を一度に手術する際、手術器具の先端を滅菌するために極めて便利である。しかし、この方法は可燃性の器具には使用できない。

エチェレンオキサイドガス滅菌:エチレンオキサイドガスは既知のあらゆる微生物を破壊できるガスである。エチレンオキサイドガス滅菌はオートクレーブタイプの滅菌装置あるいは安価で簡単なアンプルスタイルのものを用いて行うことが出きる。エチレンオキサイドガスには毒性があるため、使用に際しては換気のよい所にあるドラフト内で行うべきである。オートクレーブ型の装置でエチレンオキサイド滅菌されたものは全て滅菌物からガスが抜けるまで一定期間放置する必要がある。放置時間は材質および機械のタイプによって異なるが、一般に48時間で十分である。しかし、特定の材質のものでは10日間を要する場合もある。エチレンオキサイドガス滅菌は蒸気や熱により変質する可能性が高い移植用の部品には理想的である。

薬品および冷却滅菌:消毒薬や殺菌薬に実験器具を浸ける場合、使用される薬物によってその効果が異なり、また滅菌効果が出現する時間も異なってくる。理想的な消毒薬は全ての細菌、細菌の芽胞、ウイルスを死滅させるようなものである。この要求を満たし、滅菌剤として唯一推奨されるものはグルタールアルデヒドであり、商品名はCidexとSporicidinである。前述した全ての殺菌方法と同様に滅菌しようとする手術器具は薬液に浸漬する前に予め全ての有機物を除去しておく必要がある。消毒された手術器具は使用前に蒸留水で洗浄しておくとよい。

 グルタールアルデヒドの他にZephirinやNolvasanのような化学薬品は多くの動物を一度に手術する場合に手術器具を殺菌するのに適している。その効果は限られているため、一義的滅菌として使用されるべきではない。しかし、連続した手術を行う場合にはこれらの液に20分間浸漬するだけで細菌感染を防ぐことが可能である。

術者の準備

 術者の準備:齧歯類を手術する場合、術者に要求される準備は齧歯類以上の高等動物を用いる場合に比べてそれほど厳密ではない。しかし、それでも適切な準備が必要である。術者とその助手は3/4の長さの清潔な術衣と外科用洗いざらし着(surgeon scrub shirt)を着、さらに外科用マスク(このマスクは術者の唾液により術部に感染を生じることを防ぐために使用される)を着用しなければならない。 術部の準備をする前に多くの手順を必要とするが(次の章を参照)、術部の準備ができたなら、術者は消毒薬で手を洗い滅菌した手術用の手袋を着用する。

術野の準備

 術野の準備:皮膚などの術野を適切に準備するためには多くの手順がある。その一つは手術部位を決め、切開する大きさのほぼ1.5倍程の毛をハサミあるいは脱毛剤を用いて除去する。切開部に毛が入らないように掃除機で注意深く取り除く。齧歯類の毛を刈るには#40の刃をもつOster製の手術用バリカンあるいはOster Pro Trimmerが最適である。術野の毛をすべて刈り取ったら皮膚の処理が行われる。この目的のために多くの薬品が有効である。我々はpovidone-iodine scrub(Betadine Scrub)[イソジ ン]あるいはchlorhexidine scrub(Nolvasan)[ヒビスクラブ]を推奨する。これらの薬品は両方とも殺菌効果および洗浄効果に富んでいる。

 3x3cmのガーゼやカット綿あるいはそれに相当するものを用いて術野を切開する部位の中心から外側へと擦っていく。辺縁に達したならガーゼを換えて、この操作を繰り返す。この操作にほぼ3分間かけるべきである。上記の準備が完了したなら、70% イソプロピルアルコールあるいは70%エタノールに漬けた3x3cmガーゼで拭き取る。切開する前の最終操作として10%povidone-iodine(Betadine solution)を術野に塗るかスプレイする。術野を滅菌した布で覆い、動物は頭(頭を手術しない時)と尻尾の部分を除き全身を滅菌した手術ようのクレープ紙で覆う。

 切開部位を覆っている布の中心部分を切開部位が見えるように切り取る。布を動物に被せてからは滅菌手袋を用いて操作を行うように注意する。

 さて、手術の準備は全て完了した。術者、手術器具、移植材料、その他の器具を汚染しないようにすることが無菌操作の極意である。そのために、滅菌されていないものには絶対に触らないことであり、術者は切開部位が閉じられるまで手術部位と滅菌済みの器具のみを取り扱うようにする必要がある。

縫合糸の材質

 手術部位がきれいに接着し治癒を促すためには適切な材質の縫合糸を選ぶことが肝要である。縫合糸には材質により可溶性のものと不可溶性のものがあるが、絹糸、綿糸、腸絨線(cutgut)などのように自然の物質から作られているものから、ナイロン、ポリグラクチン(polyglactin)あるいはステンレススチールのように人工のものもある。常時齧歯類を手術する場合には、市販されている滅菌済みの針付き 縫合糸を用いることを推奨する。縫合糸は適切なサイズで、可溶性のものなら適切な溶解性を持ち、行おうとする手術や動物種の特性に合わせた取り扱いやすいものを選ぶべきである。齧歯類では皮膚の切開部を閉じるために手術用のクリップを用いてもよい。縫合糸は外来性の物質であり、細菌を増殖させるような基質であるため十分に滅菌することが肝要である。

1回の実験で多くの動物の手術を行う場合

 齧歯類などではしばしば一回の実験において何匹かの手術を一度に行うことが多いが、その際には、他の個体からの汚染を避けるように注意しなくてはならない。なるべくなら、個体毎に滅菌済みの新しい手袋に代えて滅菌済みの手術器具を用いるべきである。常に適切な方法によって滅菌された手術器具を用いて手術を行うべきだが、手術器具の数が限られている時や別々に滅菌することが不可能な時には 以下のような方法を推奨する。

  1. 2セットの手術器具を使用する場合。
    微生物叢による汚染を考慮して1のセットは切開や皮膚の操作にのみ用い、切開や皮膚の操作を完了したなら、それらの器具は脇に置き、より深部の組織の操作にはもう一方のセットを用いる。この操作を行うに当たっては、指で術部を触らないようして、なるべく手術用手袋を汚染しないようにこころがける必要がある。二番目のセットは個体毎に生理食塩水または蒸留水で洗うようにする。

  2. 個体毎に手術器具の先端を滅菌するためにガラスビーズ滅菌器を使用する場合。
    この場合には手術器具の先端のみしか滅菌されないために、握りの部分あるいは未滅菌の部分が組織に触れないように注意する必要がある。未滅菌の把手の部分は手袋をした指で握られているため、指で組織に触れることは避けなければならない。

  3. 2セット以上の滅菌手術器具を持っている場合。
    前述したように殺菌溶液に10分漬けることにより汚染されたセットを除染することができる。手術器具は生理食塩水または蒸留水ですすぐ必要がある。

術後の管理

 獣医師やAnimal Resources Center職員と相談して 適切な術後の管理をし、麻酔から醒めた動物の術後の回復を促すことは研究者の務めである。要求される術後の管理の仕方(性質、期間、程度)は、行われた手術のタイプや用いられた麻酔の種類および量など多くの要因により異なってくるであろう。

 術後の管理のプログラムは実験処置をする前に計画されるべきであり、以下の最低限のことだけは術後管理のなかに常に取り入れられていなければならない。

  1. ヒーティングパッドや毛布あるいはランプを用いて動物を保温し、動物の大きさが許すならば正常な状態に回復するまで体温を測定し、記録しておくべきである。

  2. 麻酔から醒めかけている動物に対してはその動物が自力で立てるまで1時間毎に体位を変えてやる。
    動物が意識を回復するまで触らずに放置してはならない。

  3. 術後に摂餌、摂水できない動物に対しては1日に必要とされる量の水を補給し、体重当り60-80ml/ day/Kgの量で液体飼料を与えなければならない。小動物においては液体は静脈内、または皮下や腹腔内から与えることができる。齧歯類に対してリンゲル等を用いる場合には暖めてから投与すべきである。

  4. 動物の回復には適切な栄養が必要である。術後2日目になっても摂餌を再開しない動物に対しては高栄養の代替食を与えるべきである。高栄養の代替食は型製や投与方法が平常の飼料と異なってもかまわない。

  5. 傷口が完全に治癒するまではその部分が開いていたり、感染していないことを確認するために毎日点検する必要がある。非溶解性の縫合糸やクリップの場合には術後7〜10日目に除去する必要がある。
Survival Surgical procedures in rodents(University of Chicago)

なおこれには英文ですが付録がついております。
Click here to Appendix I
Click here to Appendix II

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