ノーベル生理学医学賞と動物実験

                         
松田幸久           
      秋田大学バイオサイエンス教育・研究センター動物実験部門

 ノーベル賞は19世紀のスエーデンの科学者アルフレッド・ノーベルの生前の遺志により設立された。ノーベルは危険な爆発物であるニトログリセリンから安全に使用できるダイナマイトを発明し、巨万の富を得た。しかし、ダイナマイトは土木工事に使われるだけでなく、戦争において一瞬にして大量殺戮できる武器としても使われたため、彼は死の商人とも呼ばれた。その汚名を挽回するために彼の遺産でノーベル賞を設立し、“人類への最大の恩恵をもたらした人々”に毎年、この賞を賞金とともに国境を越えて贈るように言い残した。皮肉にも彼は狭心症のためにニトログリセリンを服用するよう医師に命じられていたが、1896年に心臓発作により63年の生涯を閉じた。

 ノーベル賞には5部門あるが、ここではノーベル生理学医学賞について述べる。ノーベル賞を管理しているストックホルムのカロリンスカ研究所は早い時期に、生理学医学賞は“人間の健康に係わる基礎研究上の発見のみを対象とする”として、臨床医学は対象にしないとした。その理由は臨床医学の研究では基礎実験による検証が介在しないためである。しかし、このことは生理学医学の研究のために世界中で無数の動物が実験動物として使われたことを意味する。それらの動物の犠牲の上に人類への最大の恩恵である健康と福祉を我々が享受していることを改めて考える必要がある。

 さて、1901年にノーベル生理学医学賞が初めて授与されてから111年を経過し、2012年までに114件、200人が受賞している。そのうち動物実験により受賞した件数は私が今調べている限りでは77件(68%)である。

 また、我が国の受賞者は1987年の利根川進に次いで昨年山中伸弥が受賞し2人目となったが、山中は3人目であった可能性がある。というのも1901年にドイツ人のベーリングが受賞したときコッホの弟子で四天王の1人であった北里柴三郎が受賞者リストに加えられていたという。しかし、ノーベルの“国境を越えて贈る”という主旨は叶えられず、初期の受賞者は欧米人に著しく偏っていた。さらに、女性で初めてノーベル賞を受賞したのは1947年のゲルティー・コリであり、最近になって女性の受賞者は増えてはいるものの、それでも全部で10人である。今回はノーベル生理学医学賞と動物実験にまつわる話をさせていただく。