諸外国の動物実験に関する規制状況と動物実験委員会の役割

松田幸久(秋田大医学部附属動物実験施設)


 本文は日本実験動物科学技術大会2001(平成13年 横浜)の日本実験動物医学会教育セミナー「研究機関における動物実験委員会の役割」の一部をまとめたものです.講演後に多くの方から問い合わせがありましたので、講演原稿と使用したスライドを急遽本サイトに掲載することとしました.講演原稿に関しては、紙面にするには十分な校正を経ておりません.したがって、誤字・脱字も多いことと思います.アニテックス7月号に鍵山先生の講演内容とともに、あらためて掲載させていただくことを予定しておりますのでご了承下さい.

諸外国の動物実験に関する法律

 図1は諸外国の動物実験に関する法律を示しています.イギリスでは動物実験を規制する法律として今から100年以上前の1876年に世界で始めてCruelty to Animals Act(動物虐待防止法)が制定されました.それが1986年に約100年ぶりに改正され、現在のAnimals (Scientific Procedures) Actとなっております.ドイツでは、1972年にAnimal Welfare Actが制定され、1998 年に改正されています.このAWAの中のSection V Experiments on animalsにおいて、動物実験が規制されています.オランダでは1977年にExperiments on Animals Actが制定され、1997年に改正されています. アメリカでは1966年にLaboratory Animal Welfare Act(実験動物福祉法)が制定され、その後に何度か改正され、現在のAnimal Welfare Actは1985年に改正されたものです.オーストラリアでは1979年にCode of Practice the Care and Use of Animal for Scientific Purposesが制定され、1997年に改訂されています.このCode of Practiceをオーストラリア各州が法律に取り込み動物実験を規制しています.それらの州法としてNew South Wales州(NSW)ではAnimal Research Act 1985があります. そして、Victoria州ではPrevention of Cruelty to Animals Act 1986があります. 日本では1973年に動物の保護及び管理に関する法律が制定され、その第11条に「動物を科学上の利用に供する場合の方法及び事後措置」として記されております.この動物の保護及び管理に関する法律が1999年に改正されて動物の愛護及び管理に関する法律になったことは周知の通りです.ただし、動物実験については「現行の総理府の基準に基づく自主管理を基本とすべき」となっており今回の改正から除外されています.

 イギリスは特例ですが、その他の国では1970年前後に動物実験を規制する法律が作られ、1990年前後に3R'sを促進するためにその法律が改正されています.

諸外国の動物実験に対する規制状況

 図2は諸外国の動物実験に対する規制状況を示しています.
【施設の認定・登録】
 イギリス、ドイツ、オランダでは法律において施設の認定を義務づけています.それはこの3国がEUの Directive 86/609/EECを自国の法律に取り入れているからです.EU Directiveでは「動物実験施設は行政機関の長によって承認されなければならない」とされています.そのためイギリスでは国務大臣(Secretary of State)による認定が必要であり、ドイツでは州政府の大臣(Federal Ministry of Food Agriculture and Forestry)、オランダでは福祉大臣(Ministry of Welfare, Public Health and Cultural Affairs)による認定が必要です.カナダでは準国家機関であるカナダ動物管理協会CCAC(Canadian Council on Animal Care)による認定が必要です.オーストラリアでもNSWでは農務長官(Director-General of the Department of Agriculture)による認定が必要ですが、農務長官が認定するに際してはARRP (Animal Research Review Panel)の推薦が必要です.ARRPはカナダのCCACに類似した法的に認められている組織であり、その委員にはMinister for Health、Minister for Education、Minister for Agriculture and Fisheriesなどが指命する代表者や製薬協会が指命する代表者、RSPCA (Royal Society for the Prevention of Cruelty to Animals)が指命する代表者など12名から構成されています.アメリカでは認定ではなく農務省長官(Secretary of Agriculture of the United States)への登録が必要です.日本では動物実験施設の認定・登録は義務づけられていません.

【査察】
 査察に関しては、イギリスでは内務省の査察官により行なわれ、ドイツでは州政府の担当官、オランダで国の査察官、アメリカでは農務省査察官、カナダではCCACによって行なわれます.オーストラリアでは農務長官の指命した獣医師により査察が行なわれますが、査察すべきであることをARRPが農務長官に要求し、査察の際にもARRPのスタッフが同伴して行われています.日本には査察制度はありません.

【実験者の認定】
 実験者の認定はイギリスでは国務大臣により、ドイツでは州政府により、オランダでは福祉大臣により、カナダではCCACにより行なわれています.アメリカ、オーストラリア、日本では実験者の認定制度はありません.

【実験計画書の審査と承認】
 イギリスでは内務省が実験計画書を審査し、国務大臣の許可がなければ実験を行うことはできません.しかし1999年からは実験計画書が内務省に提出される前に研究機関内に設けられた動物実験委員会(ERP)により一時審査されています.このERPについては後で触れます.
 オランダでは1997年の法改正後は研究機関内の委員会が審査を行っています.研究機関内の委員会で承認されなかった研究計画は法改正以前から存在している国家委員会であるcentral animal review committeeに提出され,判断を仰ぐことができます.
 ドイツでは1972年の法制定時から州政府が動物実験計画書の審査を行っていますが、1998年の改正により研究者にとって有利な改正がなされています.州政府が3カ月以内に承認・非承認の判断を下さなかった場合には自動的に承認される仕組みとなりました.また、些細な実験計画の変更がある場合には、当局に通告するだけでよく、研究者はわずかな変更のために煩わしい書類による許可を取り付ける必要がなくなりました.
 アメリカ、カナダ、オーストラリア、日本では研究機関内に設けられた動物実験委員会が実験計画書の審査、承認をおこなっています.

諸外国の研究機関内動物実験委員会の呼称と位置づけ

 図3は動物実験委員会の呼称と位置づけを示しています.ドイツでは州政府の動物実験委員会はありますが、研究機関内の動物実験委員会はありません.そのためここではイギリス、オランダ、アメリカ、カナダ、オーストラリアそれに日本の研究機関内動物実験委員会を示します.

 動物実験委員会は国によって呼び方が異るようです.各国の法律等に書かれている一般的な呼称を記しますとイギリスではERP (Ethical Review Process) 、オランダではARC (Animal Review Committee)、アメリカではIACUC (Institutional Animal Care and Use Committee)、カナダではACC (Animal Care Committee)、オーストラリアではAEC (Animal Ethics Committee)そして日本では動物実験委員会となります.しかし、各研究機関によて呼称が多少異なり、例えば日本ですと動物実験倫理委員会としているところもあります.

 英国政府は1999年から研究所内に動物実験委員会(ERP Ethical Review Process)を設置することを要求し、Animals (Scientific Procedures) Actにその条項が追加されました.その理由は、イギリスでは施設において適正な動物実験を推進する責任はCertificate Holder(一般的には研究機関の長)にありますが、実際には研究者が一度ライセンスを取得すると、ライセンス通りに研究者が実験を行っているか否かを追跡調査する方法は殆どありませんでした.また、各施設が適正に動物実験を行っていることを確認する方法も、内務省の査察官に頼るしかありませんでした.しかし、内務省査察官が20名と少ないことから、英国全土の施設をカバーすることは困難でした.そのため内務省査察官の仕事をカバーするためにERPが設置されたとのことです.
 オランダでも1997年の法改正により研究機関内に動物実験委員会が新たに設置されることとなりましたが、イギリスと同様に施設における適正な動物実験の推進の責任はAnimal Health Officerにあります.動物実験委員会の役割の殆どは実験計画書の審査です.小規模な研究機関では計画書の審査を大規模な研究機関にある動物実験委員会で行ってもらうこととなります.
 アメリカではAWAで動物実験委員会の設置が義務づけられています.また、NIHから資金援助を受けている研究機関はNIHが監督する健康拡大法(HREA)によっても動物実験委員会を設置することが義務づけられています.
 カナダではCCACのガイドラインにより、オーストラリアではCodes of Practiceにより動物実験委員会の設置が義務づけられています.
 日本では、1987年の文部省通知「大学等における動物実験について」により大学等の研究機関に対し動物実験委員会の設置を義務づけています.しかし、動物の愛護及び管理に関する法律においても実験動物の飼養及び保管等に関する基準においても動物実験委員会の設置が義務づけられてはいません.あくまでも研究機関の自主性を尊重していますが、ほとんどの大学に動物実験委員会が設置され、自主規制が行われています.

動物実験委員会の構成

 図4は各国の動物実験委員会の構成を示しています.
 イギリスではAnimals (Scientific Procedures) Actで指定された1)Named Veterinary Surgeon 2)Named Animal Care Officer、3)プロジェクトライセンス保持者、4)パーソナルライセンス保持者、5)動物実験を行っていない科学者(統計学者、倫理学者)となっています.
 オランダでは委員の専門性を重視し、1)動物実験の専門家、2)代替法研究の専門家、3)実験動物の専門家、4)倫理の専門家を含め少なくとも7人の委員で委員会を構成し、その内、議長も含め少なくとも3人は研究機関とは無関係な者、少なくとも2人は非実験者となっています.
 アメリカではAWAとHREAにより動物実験委員会を設置するように義務づけらてていると前述しましたが、AWAとHREAのもとに作られたPHSの方針では委員の構成に違いがあります. AWAには動物実験委員会は1)その研究機関で動物を扱う活動の計画に直接もしくは代表者として関与している獣医師で、実験動物科学および実験動物医学の教育を受けたか、もしくはその経験を持つ者、および2)研究機関に属さず、またその研究機関に属する者の直接の家族ではない者を含む最低3人の委員が必要であると記されています.
 一方、PHSの方針には、1)動物を用いた研究経験のあるその研究機関に属する研究者、2)その研究機関動物を扱う活動の計画に直接もしくは代表者として関与している獣医師で、実験動物科学および実験動物医学の教育を受けたか、もしくはその経験を持つ者、3)科学者でない者、4)研究機関に属さず、またその研究機関に属する者の直接の家族ではない者を含む5人の委員が必要であると記されています.
 カナダでは、1)動物実験の経験のある獣医師、2)生物学者または動物科学者となっています.
 オーストラリアでは1)獣医師、2)動物を用いた研究経験のある研究者、3)科学者でない者、4)動物福祉団体が推薦した者から構成することとなっています.
 日本では1)当該大学等の実験動物の専門家、2)実験者、3)その他必要と認める者によって構成することが望ましいとなっています.

 委員の任命権ですが、アメリカ、カナダ、オーストラリア、日本では研究機関の長に任命権があります.イギリスではCertificate Holderとなっていますが、これは一般に研究機関の長に相当ます.オランダでは、委員に任命される際に大臣の承認が必要とのことです.

 ほとんどの国において委員会の構成メンバーに獣医師を入れています.また、イギリスでは特に研究機関とは関係のない部外者を入れるようには指定されていませんが、大規模な製薬企業では、ERPの制度ができる前から部外者の委員を入れているそうです.カナダでも実際には哲学者や地域の代表者を交えたものとなっています.オーストラリアでは、委員が4人を超える場合には、科学者でない者と動物福祉団体が推薦した者が1/3以下にならないようにすべきであるとなっています.一昨年イタリアで開催された第3回世界代替法学会に参加しましたが、その際オーストラリアからの代表者が次のように述べておりました.「動物福祉団体が推薦した委員が認めない限り動物実験はできない.そのためオーストラリアでは動物福祉にそった適正な動物実験が行われている」.さすがはピーター・シンガーを輩出した国だけあると納得しました.

動物実験委員会の責任と権限

 図5には動物実験委員会の責任と権限を示しています.
【動物実験委員会の責任】
 責任を役割と言い換えることもできます.動物実験委員会の役割には一般的にみて、1)実験計画書の審査・承認、2)動物実験施設の査察、3)記録の保管、4)報告書の提出、5)研究者・職員への教育訓練、6)研究機関の動物福祉を基にしたシステムの確立といったものがあります.その役割の中で、最も共通しているのは実験計画書の審査・承認です.その他の役割に関しては、その国の法体制の違いにより、あるいは政治的な方針の違いによりここに示しているように多少の違いがあります.

【動物実験委員会の権限】
 法律あるいは基準等に違反した実験が行なわれている場合には、アメリカとカナダでは「動物実験の差し止め」を命ずる権限が動物実験委員会にあります.委員会の中止命令を無視した場合には、アメリカではUSDAやNIHにより、カナダではCCACにより研究機関への資金提供が絶たれることになります.その他の国では実験計画書申請の時点で内容を変更させるか、承認しないといった権限しか委員会にはありません.ただし、イギリスのERPでは法的責任は問われませんが、ERPの一時審査を経なければHome Officeに実験計画書を提出することができません.

 各国の動物実験委員会の役割について述べてきましたが、それぞれの国によって委員会の呼び方も異り、またそれぞれの国の法体制の違いによりその役割にも少しずつ違いがみられます.イギリス、オランダでは国家が監督する厳格な法規制があるために、委員会の役割はそれ程多くはありません.それに対してアメリカ、カナダ、オーストラリアでは欧州諸国に比べて法規制が緩やかですが、その分動物実験委員会に責任をもたせ、動物実験委員会が多くの役割を果たしています.しかし、どの国の動物実験委員会も目指すところは3R'sの推進であり、それぞれの国が設定した動物実験に関する基準を遵守させるように努力していることに違いありません.

 なお、米国の動物実験委員会の役割に関してはシカゴ大学における倫理的動物実験の推進 に詳しく記しておりますので、そちらをご参照下さい.

研究機関における動物実験委員会の役割(日本実験動物医学会教育セミナー)
* 倫理的動物実験