これは前島先生の講演を松田が見聞し,まとめたものです.演者の意図とは異なる部分があるかもしれませんので,ご了承ください.

動管法改正の動きと実験動物:何が問題で何が求められているか

   前島一淑(慶応大学・医・実験動物センター)

 本日のシンポジストの方々は、実験動物医学会、実験動物環境研究会、国立大学動物実験施設協議会など、それぞれの組織を代表して来ておられ、各組織の活動について説明することと思いますが、私は今日はどのような立場で何を話せば良いのか、少し心配になってきました。私には実験動物学会の理事、実験動物協会の福祉担当の委員長、実験動物医学会の会長、あるいは公私立大学動物実験施設協議会の会長などとといろいろ肩書きはありますが、そういう肩書きとは無関係にどういうわけか動物保護とか動物福祉関係の話が集まってきます。そのため肩書きを抜きにして私の所に集まってきた情報を今日はお話ししようと思います。
 動管法の改正に関するこれまでの経緯については、日本実験動物協会の会報にもトピックスとしてある程度載せておりますので、多くの方はご存じだろうと思います。そのため、そこの所はなるべく簡単にして、動管法ができるまでと、その後の動管法改正に至る経緯を説明します。その後にいろいろの関係団体がどんなところに力を入れて対応しているかを話したいと思います。

(注:動管法ができるまでと、その後の動管法改正に至るまでの経緯については他のサイトにもありますので、省略します。)

 以上のような経過を経て、昨年の神戸の小学生殺傷事件が契機となり自民党の中に青少年の健全育成を図ろうとする動きが出ました。健全育成を図る一つの手段として、小学校における動物の飼育を奨励して情操教育を目論だのですが、そこで動管法というものを考えてみたところ今の小学校教育に上手く適合しないところがある。そのために動管法を少し直さなければいけないというのが自民党の本来の目的でした。そこにたまたま動管法の改正を求める愛護団体の動きがありまして、それが一緒になって、あたかも共同歩調をとるような恰好で動管法改正の自民党の委員会が開かれました。
 さて、幾つかある動物愛護団体が連携して「動物の法律を考える連絡会」を結成し、改正案の具体案が提案されました。この案が出されたことにより、当然として研究者や実験動物関係者の間から強い感情的な反発や危機意識が出てきたわけです。しかし、私は機会ある毎に言っているのですが、これは連絡会の案であって、自民党の案ではありません。連絡会の意見がそのまま通るほど世の中は単純なものではない思います。特に自民党は青少年の健全育成を目的としており、動物を保護するための愛護団体の目的とは当然一つの溝があるのですから、あまり危機意識を持たない方がよいと私は考えます。
 連絡会の方も、一枚岩ではなく動物愛護協会や福祉協会のような動物の福祉を考えるという立場の人から、動物実験の廃止を求める人まで、いろいろな人がいるわけですから、その人達が案を出したからといって通用するものではありません。
 しかし、自民党の議員の中にも動物実験は非常に重要だと考える医学部出身の議員もいれば、医者のいうことは信用できない、愛護団体の言うことの方が正しいのではないかと考える議員までいるわけです。そう言うわけで非常に流動的です。

実験動物関係者の対応:

 私の知る限り、動管法改正の問題に対しいち早く対応したのは国公私立大学の動物実験施設関係者ではないかと思います。それから、環境研究会や実験動物技術者協会は表に出てきたものは別にして、早い時期から対応してきたと思います。それらのことについては、この後のシンポジストから説明があると思いますので触れません。
 実験動物学会、実験動物協会、獣医師会、生理学会、神経科学会、薬理学会、学術会議の動きについて簡単に紹介します。ただし、私はこれらの学会の責任者でも何でもありませんし、微妙な問題も絡んでいるためご紹介できない部分のあることは予めお断りしておきます。
  1. 日本実験動物学会

     本来であれば福祉検討委員会が対応すべきですが、種々の理由から表面的には動いていません。森脇理事長から口頭で私を動管法担当理事にすると言われましたが、そのことが理事会に回されたという話はなく、正式には任命されていないので、動管法担当理事であると正式に名乗っていいかは甚だ怪しいわけです。
     そうは言っても、これまで何度か森脇理事長と意見を交換しており、実験動物学会も具体的に何かを起こそうとしていることは確かです。私も種々の提案をこれまでしておりますが、正式の理事会から“動管法改正に対して行動を起こしていい”と認められてないため、何もするわけには行かないと言うのが本当の所です。

  2. 日本実験動物協会

     私は日動協では福祉委員会の委員長としてこの問題を検討しています。また、動管法改正に関しては会報のトピック欄で定期的に会員に情報を提供しており、その他に「海外の情報」を会員に流し、「実験動物憲章」あるいは「動物の輸送に関する指針」、「動物の安楽死に関する指針」を作成し、ブリーダーの団体としては自己規制に努めてきたと自負しています。さらに、実験動物生産協同組合の方と一緒に「生産施設における動物福祉の指針」というものを作っている最中です。実験動物学会の動管法担当の理事としては無責任な発言ではありますが、実験動物協会の福祉担当の委員長の立場からは、実験動物学会は研究者としてもう少し適切に発言し、適切に動いても良いのではと考えます。しかし、お前が担当理事ではないかと言われてしまえば、それ以上は何も言うことはできませんが。

  3. 日本獣医師会

     動物を助ける立場にある獣医師会では、7月に動物の福祉増進に関する検討会を発足させています。獣医師会の認識としては愛玩動物、野生動物、畜産動物および実験動物の間には当然違いがあります。この4つのカテゴリーの動物を1つに扱って動管法を改正することには無理があると言っています。
     獣医師会としては、愛玩動物の福祉向上についてはむしろ愛護団体よりも積極的に推進することになると思いますが、畜産あるいは実験のための目的を持っている動物を愛玩動物と同じ範疇で扱うことはおかしいと言うことで、それらに対しては愛玩動物とは異なる対応を考えており、おそらく12月末までに理事会はコメントを出すものと思われます。

  4. 日本生理学会、神経科学会

     これらの学会は動物実験で一番非難される学会であろうと思われますが、この動きに対して敏感に、早く対応しております。種々の情報収集をしており、動物実験の必要性について自民党に働きかけるとかいろんなことをしています。一番新しい動きとしては、この2つの学会は独自のガイドラインを作っており、“自分たちの学会で公表される発表は全て、自主作成したガイドラインに従ったものでなければ受け付けない”といった自己規制の方向を強めています。

  5. 日本薬理学会

     日本薬理学会では今回の自民党の動きに対して“自民党は動管法の改正に関しては適切な対応を願いたい”とする要望書を日本医学会会長に出しており、薬理学会としては医学会を通して働きかけたいとしています。

  6. 日本学術会議

     日本学術会議でも“動管法改正に当たっては動物実験の規制に関して、特段の配慮を求める”という要望書を第7部会から自民党に出そうと言う動きがあります。

  7. 官公庁

     問題は官公庁はどう考えているかです。動管法の主務官庁は総理府ですので、本来なら総理府が動くのが当然なのですが、今回の法改正は議員立法で進められているために、総理府としては、今意見を述べることは“行政府が立法府に介入することになる”という理由から、表面的には何も動いていません。文部省としては“連絡会に引きずられる形で動管法が決められることは非常に危険である”と危惧していますが、動管法の主務官庁ではないために今のところ直接的な発言はできないでいます。実験動物や動物実験に因縁の深い筈の農水省や厚生省は、少なくとも表立って聞けば“この問題は総理府の問題である”として、関わりたくないとの態度が見受けられます。

  8. 地方自治体

     動管法が施行された昭和48年当時はどこの部局も動管法の担当を敬遠した経緯がありました。しかし、最近では一部の自治体において方向が変わってきております。それは動物の愛護あるいは権利団体をバックにして上層部や議会に働きかけると予算や定員枠を取りやすいということに気がついたからです。そのため幾つかの自治体では、動管法を積極的に担当しようとする課もあるようです。それから動物愛護というのは環境問題と同様に花形のようになっており、このポストは魅力のあるところだと思っている若い地方自治体の公務員もあるようです。

     兵庫県では動物関係施設については既に許可制になっており、施設責任者が年に1回の講習会を受けないと認可を取り消すというふうになっていると聞いております。埼玉県でも同じようなことが行われているようです。ということで、国としての動管法は変わっていかないけれど、もしかすると自治体の方が先行して、法改正の方向に向かう可能性もあります。

 獣医師会や総理府の別の会でもよく出る話ですが、“動物について何も考えていない日本人が多いのであろう。動管法がザル法であると外国から言われるが、結局は国民の中に動物の取り扱いに対する意識が殆どないのではないか。そいう中で法律を作っても上手く行かないのではないか”という話が出ます。日本人の動物観さらに言えば道徳観といった、もとになるところを変えないで、法律だけを変えてもどうしようもないのではないかというのが、私の本音です。
 それはそうとして、我々がもっと早くから動いていればもう少し別の方向にいったのではないかという気がします。しかし、今更悔やんでも仕方がないことですので、これから環境研究会や実験動物学会などが先手を打ていろいろな対応をしていった方がよいと思っております。

(11月6日の環境研究会シンポジュウムより)
文責 秋田大学医学部 松田幸久