動物の管理と使用に関する国際的ハーモナイゼーション(証明は実践にあり)
International Harmonization of Animal Care and Use : The Proof is in the Practice
Lab Animal volume 27, No 5 May 1998
John Miller, DVM (executive director ofAAALAC)
ハーモナイゼーションという言葉は1980年代に初めて実験動物学関係者に紹介されたが,それはUSDA(米国農務省)とDDHS(米国保健福祉省)
との間で実験動物に関する共通の到達点を見出すために使われたキャッチフレーズである.当時,農務省は修正動物福祉法(AWA)1の施行を
1985年12月に控えて,規則を検討していた.
1985年11月にPHS Act(これはしばしば健康研究拡大法
(Health Research Extention Act)と呼ばれるが)が修正されたが,それには新たに動物の福祉に関する条項が含まれ,NIHが新しい要求事項を施行する上で責任を負うこととなった.
NIHは前もってその責任が課せられることを知らされており,またその要求事項は規則と言うよりはむしろ規範といったものであったため,すぐさま“実験動物の人道的管理と使用に関する
公衆衛生局の規範”(PHS Policy on Human Care and Use of Laboratory Animals)2を施行することができた(1986年 9月).
動物福祉の要求事項に関してUSDAとDHHSの間でハーモナイゼーションが図られ,見事な共通の到達点を見出したことに対し実験動物学会は賛意を表明した.
ハーモナイゼーションという考えは1980年代後半の米国の実験動物学会においては目新しいものであったが,国際的にはすでに動物の管理と使用,方針,規範のハーモナイゼーションが
すすんでいた.とくに,欧州においては,社会政策や経済責務,経済障壁の撤廃の必要性から,また多国間交渉といったことなどから,実験動物の分野においても調和ということが認識されて久しかった.
国際法の調和
1949年にWHOとUNESCOが共同して国際医学団体協議会(CIOMS : Council for International Organizations of Medical Sciences)を設立した.
これはスイスのジュネーブに本部をおく非政府組織で,その目的は幾つかの医学生物学分野の国際的学術団体や国内の研究機関が特に必要と認めたときに,医学生物学分野において
国際的な活動を推進することにある.
CIOMS以外にも幾つかの機関が国際的ハーモナイゼーションを目指して重要な役割を演じてきた.その中には欧州審議会(CoE : Council of Europe )や欧州連合
(EU : Europe Union)がある.
CoEは1949年に設立されたが,その本部はフランスのストラスブルグにあり,現在40カ国から構成されている.設立目的はより大きな統一体を作り,
欧州の人々の共通の文化的遺産である理想や方針を保証,実現し,また経済や社会の発展を助長するとにある.
EU は1950年代初頭に結成され,15カ国から構成されている.本部をベルギーのBrusselsにおき,健康や安全性の規則を含む主に経済的分野における
協力を助長することを意図する組織である3.ごく最近になって,
“ヒト用製剤の登録に関する技術的要求項目の統一のための国際会議”(IHC:International Conference on Harmonization of Technical Requirements for
Registration of Pharmaceutical for Human Use)4も設立された.これは製品の登録に対する要求項目と技術指針の解釈や適用において調和をはかるための組織であり,
これまでにIHCの仲介により欧州(EU),日本(厚生省),米国(FDA)の担当者に製薬企業の専門化を加え,各国がその要求を実行することが可能か否かを話し合い,妥協点を見つけるため
の討論会をもった.
1980年代に米国ではUSDAとDHHSとの間で,動物福祉に関するハーモナイゼーションの動きがあったが,一方CoE,EUそしてCIOMSでも加盟国の間で動物福祉の
条項を調和させることが取り決められていた.この時点で,米国とCIOMSの両者は類似の原則を採択する方向で動いていた.
CIOMSは1984年に“医学生物学領域の動物実験に関する国際原則”(International Guiding Principles for Biomedical Research Involving Animals)(Principles)5
をまとめており,米国政府は1985年に“試験・研究・教育における動物の管理と使用に関する方針”(Principles for Care and Use of Animals used in Testing, research, and Training)
6を発行していた.これら二つの方針は実質的には同じものであった.
さらに欧州には以下のような外交文書(documents)と指令(directives)がある.
CoEは1985年5月に“実験および他の科学的目的に使用される脊椎動物の保護に関する欧州協定”(European Convention on the Protection of Vertebrate Animals Used for
Experimental and Other Scientifics Purposes7)(協定)を正式に採用した.
1986年11月にEUはCouncil Directive 86/609/EEC(指令)8を発令した.それは,実験目的および他の科学的目的に使用される動物の保護に関する法律,
規則,行政条項を加盟国間で接近させるものであった.EU指令はそれより先に作られたCoE 協定に基づいて作られたため,両者は大変類似しており,CoE協定の付則Appendix AとEU指令の付則Annex IIは
両方ともそのタイトルが“動物の設備と管理のための指針”となっており,施設の立地条件,飼育室の環境と制御,管理に関する方針が記されている.両者の記載されている同一の表は各動物種
に対する温度,検疫期間,ケージサイズについてより詳細な指針が記されている.
EU 指令とCoE 協定の両方の原則と条項は非常によく似ているばかりでなく,1996年に米国の国立研究協議会(NRC)が作成した“実験動物の管理と使用に関する指針”
(Guide for the Care and Use of Laboratory Animals)9とも一致するところが多い.
法律の実際の適用
EUやCoEに加盟している国の研究,教育,試験目的に脊椎動物を使用している研究機関にとってこのような多国間協定(multilateral agreements)は
どのような意味を持っていたのか.
EUとCoEは組織的に異なっており,加盟国がEU指令やCoE協定を施行する方法もその組織により異なってくる.EUは国家を越えた法のもとに組織された集団であり,加盟各国はそのEU指令をそ
れぞれの国の法律に取り入れなければならない.それに対し,CoEは国際連合と似た政府間組織で,加盟各国の協力は任意であり,直接的な法的強制力を持たない.事実,CoE協定は条約であり,
一度調印,批准されるとその協定を遵守するために加盟各国は国際的法律のもとに結ばれる.各加盟国の経済,社会,文化その他の多くの因子の違いにより,EU 指令とCoE 協定の解釈は実行段階
で多様性を持っている.
EU指令やCoE協定の導入にあたり,加盟国のうちでも経済的に発展している国には両文書に記載されている条項に適合するか,それを上回るような動物福祉に関する
法律がすでにある.そのような国においては動物を使用している研究機関のために動物の管理と使用に関するプログラムを変更する必要がほとんどない.しかし,その一方で,国内の動物福祉に関
する要求事項あるいは指針が不十分であったりあるいは存在しない加盟国もある.そのような国にとってEU指令やCoE協定の条項に適合する簡単な方法としては,EU指令やCoE協定の公文書にある
適用可能な言葉を法的な提案の中に取り入れ,それを国内の法律として制定させることである.しかし,新たに制定された要求事項を施行し監視するための機構が存在しないことが障害となることは
明らかである.
基準と実際
確かに,動物福祉の基準をハーモナイズすることと実際の動物の管理と使用を一律にすることは同じことではない.異なった事情をもつ多くの国々が同意する文書を
作るには詳細な項目に立ち入ることは出来ず,どうしても概括的な条項にならざるを得ない.
EU指令やCoE協定はこのように典型的な結果重視の基準(performance standards)である.この結果重視の基準という言葉はUSDAとDHHS間でハーモナイズを行う際に生まれたキャッチ
フレーズでもあり,1985年に米国動物福祉法を修正する際に一般市民との討論に使われた言葉である.結果重視の基準は幅広い意味を含んでおり,実行に際しては比較的柔軟性が与えられている.
この点が方法重視の基準(engineering standards)とは異なっている.方法重視の基準は結果を得るまでに選択肢が少なく,制限的で,詳細な方法が要求される.結果重視の基準に基づいた
動物の管理と使用が動物にとっての福祉をどの程度満たしているかについて評価するための定量的方法を米国で研究しているが,それを確立することは簡単なことではない.結果重視を基にしたこの種の
システムは重要な要求事項を遵守していることを監視するうえで当然困難がともなう.それでも結果重視を基にしたシステムを採用する試みがなされており,とくにEUとCoE加盟国でたとえると,国と国
との間の相違が明らかに少ない国同士で行われつつある.
このように,欧州の国々の間でEU指令やCoE協定の施行方法に差があったからといって驚くには値しない.同じような経済状態と生活水準を持っている欧州の国々
の間でさえ実験動物福祉の規則や監視体制は国によって大きく異なっているようだ10.研究機関レベルにおいて動物福祉を遂行するうえで法的規制の相違
の他に,他の要因が影響している.たとえば,研究機関の種類,動物に対する一般市民の感情,規則というものに対する国民の態度の違いなどがそれである10.
このような相違があるとしても,多くの国々が動物福祉を真剣にハーモナイズしようと努力するなら,研究機関において動物の管理と使用が統一されるであろう.
確かに,それを成し遂げるには大きな障碍があるが,決して克服できないことではない.科学,研究そして医学には本来国境が存在しないために,科学企業は過去40年以上にわたり繁栄してきた.
国際会議での研究成果の発表や厳しく審査さた国際的学術雑誌への発表は科学がさらに世界的規模となるまで情報を共有させ,国際間の共同研究を増大させる.その研究に動物が使われる場合,
結果の再現性や統計的な妥当性といった科学原則は動物の管理と使用の実施に当たって,関係者や研究機関を必然的に一定の方向に導くであろう.
過去30年間,動物の管理と使用は少なくとも専門家からは科学を基にした学問(たとえば実験動物学)としてみなされてきた.学問に値するためにはできるだけ
不必要な多様性を除く必要があり,実験動物学者達は以下のことに努力している.1.研究動物の遺伝的統御,2.疾病予防,3.一定の飼育環境,4.ストレスの可能な限りの軽減あるいは排除
11.
生体を用いた研究結果の質,正確さ,精度は実験動物の管理と使用に密接に関係してくる.実験動物学者達は動物を用いた生物医学の研究において動物を管理する上で不必要な多様性を除外し,
現在行われていれている方法を上回る新しい洗練された方法を探し求め続けるであろう.生物医学研究において動物の管理と使用を統合する研究は申し合わせによるものでもなく
(自然発生的に生じたものであり),今は発展途上の段階にあるが,研究機関で国際的に統一され動物福祉を実践するに当たってたいずれは役立つであろう.
進行中の国際的ハーモナイゼーション促進活動
FELASA(欧州実験動物学会連合)
動物福祉の基準に関してFELASAが重要な役割を演じていることを忘れてはならない.FELASAは欧州の12カ国の実験動物学会と18カ国が参加している実験動物学会から
構成されている学会連合である.その目的は実験動物学に関するあらゆる面を促進することにおいて構成学会の共通の利益を代表するために1978年に設立された12.
FELASAは会員間で情報の交換を行うばかりでなく,実験動物の専門家や他の科学者が多国籍の法律や指針において一つの役割を演じることもできる
13.
CoE 協定が関わる多国間協議での監視者として,またEUでの公的交代を通してFELASAは動物の健康モニタリング14,教育,訓練15,
安楽死16について特別の勧告を与えている.
このようにFELASAは欧州の実験動物の福祉を推進する上で基準のハーモナイゼーション(CoEとEUの相互協力を通して)と実施(実験動物学を代表する組織の相互協力を通して)
に重要な役割を演じている.
AAALAC International(国際実験動物管理認定協会)
AAALAC Internationalは44の科学,専門,教育関連の機関から構成される非政府組織であり,動物の管理と使用に関するプログラムの認定を任意で行っている.
米国内で認定を行う場合には,プログラムを評価する基準としてNRC Guide9(米国政府の根本方針を承認し,動物施設とプログラムがAWA,PHS政策,適切な連邦,州,地方の法律に
適合しているかを規定している)を用いている.
米国以外の国であっても評価はその国あるいは多国間で交わされたの法律,指針,規範を基にしているため,認定の仕方は同様である.
科学者としても優れたAAALACの専門家と研究機関の代表者が動物の管理と使用について直接話し合う.施設を評価する役割を持つAAALACの会員はfull Council Accreditation(
認定全体会議)において認定を受けようとするあるいはすでに認定を受けた施設を支援する立場で自分の見解を述べることとなる.この方法は瑣末な問題点を初期の段階で解決しておくことができるので,
本質を見据えた審査が可能となり,そして基準の統一にも貢献することとなる.同時にそのことは基準をハーモナイズするだけでなく,基準を実行する方法をもハーモナイズすることとなる.
国際認定プログラムのモットーは科学をベースとして,文化や法律が違ったとしても,国際学術団体の枠内で論理的で矛盾がなければそれを尊重することである.
AAALACの守備範囲が広まり,CoA会員と顧問がより国際的になってきたことにより,真摯に基準を審査する人々が増え,ハーモナイズされた基準を実施する機会も増えている.それによって
企業全体を動物の管理と使用において高い水準へ向かわせることとなる.
他の世界的組織
他の一連の世界的組織も動物福祉の分野でハーモナイゼーションのために貢献している.それらの中には次のものが含まれる.国際実験動物委員会
(ICLAS:International Council on Laboratory Animal Science),経済開発協力機構(OECD:Organization for Economic Coopration and Development),ICHも当然含まれる.
毒性試験分野が国際標準を作成するために積極的に活動してきたことは驚くに値しない.様々な国の要求に直面するこの分野は,二重の努力を動物と他の資源に費やしている.
1991年にEUは動物を用いた従来の毒性試験に代わる代替法を評価する上で会員国同士の協力を図るために欧州代替法評価センター
(ECVAM : Europe Center for the Validation of Alternative Methods)を設立した.OECD,ECVAMおよび米国代替法評価国内機関間協力委員会
(ICCVAM : US Interagency Coordinating Committee on the Validation of Alternative Methods)は相互に協力し,この分野で使用する動物の数を激減させるであろう世界各国で
受け入れ可能なガイドラインの制定に向けて努力している.毒性試験において技術の洗練と使用数の減少のためにICHにより作られた要旨は下記のインターネットアドレスで見ることができる.
http://www.ich.org/cache/compo/276-254-1.html
結語
欧州においては,動物福祉の基準を統一しようとする動きが活発である.CoE協定(第 30条には協定加盟国は加入5年以内に多国間協議会(Multilateral Consultations)を開催し,
その後少なくとも5年毎にその適用について話し合いをもつように指示されている.これまでにこのような協議会が3回行われてきた.つい最近では1997年に,「実験動物およびTg動物の輸送と資源について」,
また「実験動物の保管について」が話し合われた.ワーキンググループはその後の協議会の間に関連した問題を詰めるために会合を開いた.
2000年には多国間協議会はCoE協定についている付則 A(Appendix A)の改訂を考慮する必要があるだろう.第一回の多国間協議会で始まったCoEとEUとの間の密接な
協力関係は今も続いており,EU 指令にある付則II(Annex II)の改訂はCoE協定についている付則 A(Appendix A)の中にあるガイダンスの改訂を反映しているといったような事例は今後増えるであろう.
世界の多くの国で動物の管理と使用に関する指針のハーモナイゼーションが図られつつある.国際的な学術団体は統一性のある高品質の動物の管理と使用を実現するように求められ
ているが,その実現に当たってはこのような原則を適用する必要がある.そのゴールに到達するには多くの障碍があるが,その流れは避けられないものである.結果の再現性や統計的な処理の妥当性を追求して
いけば必然的に洗練された実験手技とより標準化された動物管理に行き着くであろう.多くの国に通用する基準を作成する上で,知識および経験豊富な実験動物専門家(例えばFELASAやICLAS)が関わることは
各国の基準をハーモナイズするだけでなく,動物福祉の実現において各国にその機会を劇的に増加させることになる.つまり,動物実験を遂行する上で実験動物学の知識・技術の利用を増加させることは地球規模で
最良の動物福祉の実現に貢献することになる.
このようなこころみにより社会全体において質の高い動物の管理と使用が達成できるであろう.
受理3/23/98;採択3/27/98
引用文献
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Federal Register, 58(32):6309-6505, February 15, 1991
- Division of Animal Welfare, Office for Protection from Research Risks,
National Institutes of Health. Public Health Service Policy on Humane Care and Use of Laboratory Animals, 1996
- Statute of the Council of Europe. EST No. 1, Chapter 1, Article 1, 1949.
- International Conference on Harmonization of Technical Requirements for Registration of
Pharmaceuticals for Human Use (ICH).
- Council for international Organizations of Medical Sciences. International
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used for experimental and other scientific purposes. EST 123, 1985
- European Union, Council Directive on the approximation of laws,
regulations and administrative provisions of the Member States regarding the protection of animals used for experimental and other scientific purposes (Directive 86/609/EEC), 1986
- National Research Council, Institute for Laboratory Animal Resources. Guide for the Care
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