医学生物学領域の動物実験に関する国際原則(1985)

INTERNATIONAL GUIDING PRINCIPLES FOR BIOMEDICAL RESEARCH INVOLVING ANIMALS

イントロダクション

  1. 基本原則
    1. 生物学的知識の進展、そしてヒトや動物の健康と福祉の増進のためには多種類の生きた動物を用いた実験に頼らざるを得ない。

    2. 数学的なモデル、コンピューター・シミュレーションおよび in vitro の生物系システムといった方法が使えるならば、そちらを使うべきである。

    3. 動物実験はヒトや動物の健康増進に役立ち、生物学的知識の進展に貢献することが十分に考慮された後にのみ行われるべきである。

    4. 実験のために選ばれる動物は、適切な種および質であり、科学的に信頼のおける結果を得るために必要最少の数とすべきである。

    5. 実験者および他の職員は感覚のある動物を決しておろそかに扱ってはならない。適切な管理と使用に心がけ、不快、苦痛を与えないか、与えても最小限とすることが倫理的に求められている。

    6. 動物の痛みに関する知識を増やす必要はあるが、実験者は、人間に痛みを引き起こす処置は他の脊椎動物にも痛みを引き起こすと考えるべきである。

    7. 瞬間的痛み、最小の苦痛以上の苦痛が生じると思われる処置を動物に行う場合には、獣医学的に容認されている適切な鎮静、鎮痛あるいは麻酔処置を行うべきである。外科手術等の痛みをともなう処置は化学物質によって麻痺させた動物に無麻酔で行ってはならない。

    8. 前項VIIの条件に反する実験を行うにあたっては、その決定に際して実験に直接関わっている実験者だけで決定してはならない。適切に構成された委員会によって項目IV、VおよびVIの条件を考慮して決められるべきである。前条のような実験を教育またはデモンストレーションのために行ってはならない。

    9. 実験の最後、あるいは実験の途中でも、動物が耐えられない痛みあるいは慢性的な痛み、回復の見込みのない障害を被っている場合には、動物を安楽死させるべきである。

    10. 医学生物学の目的のために維持されている動物には最良の飼育環境が与えられるべきである。通常の動物の管理は、実験動物科学の分野で経験を持っている獣医師の監督の下でなされなければならない。必要な場合には動物にいつでも獣医学的な管理が与えられるようにしておくべきである。

    11. 実験者や関係者が動物に処置を行うに当たって、彼らが適切な資質や経験を持っていることを保証する責任は、研究機関や学部の長の責任である。実験者や関係者に対して内部訓練が受けられる適切な機会を与え、そこで動物に対する適切で人道的な対応の仕方を教育すべきである。

  2. 特別規定

    以下の規定を定めることが可能であれば、国の監督官庁あるいは国立諮問委員会または他の資格ある団体がそれらの規定を盛り込んだ規範を確立すべきである。

    2.1動物の入手

    動物実験専用の繁殖施設が一般の動物実験に使用されるほとんどの動物の入手源である。専用の繁殖施設以外からの動物入手に関しては、特に健康と質が研究条件を満たすならば、そしてそれらの使用がその国の法律や絶滅種保護の方針に違反していないならば、それらの動物を使用することができる。

    2.2 輸送

    動物の輸送を管理する規則あるいは法令に関する規定がない場合には、動物供給者や動物輸送者に対して人道的かつ衛生的条件の下で動物を輸送するように求めることが研究機関や学部の長の義務である。

    2.3 住居

    動物収容設備は動物の一般的な健康を守り、不必要なストレスを回避する配慮が取られなければならない。それぞれの動物種に相応しいスペースを与え、また捕食動物や害虫等からの保護するとともに適切な衛生基準で維持すべきである。検疫や隔離のための施設を備えるべきである。施設への入館にあたっては、通常は許可された人だけに制限すべきである。

    2.4 環境条件

    温度、湿度、換気、照明および動物の社会構成といった環境要因は、種によって異なるため、それらの種に応じて設定しなければならない。騒音や臭気のレベルは最小にすべきである。動物の死体および動物の汚物処理のための適切な設備を備えるべきである。

    2.5 栄養

    動物に対しては、実験目的が栄養条件の変化についてのものでないならば、それらの動物が要求する適切な食料を、健康を維持する上で適質、適量に与えるべきである。また、飲用に適した水を自由に飲めるようにすべきである。

    2.6 獣医学的管理

    繁殖施設でも、また医学生物学目的のために動物を使用する研究機関、学部においても健康監視および疾病予防のプログラムを含む獣医学的管理を行うべきである。病気や傷害を負った動物は状況に応じて、適切な獣医学的管理を施すか、あるいは安楽死させるべきである。

    2.7 記録

    すべての動物実験の記録は保管されるべきであり、その記録を査察の際に利用できるようにしておくべきである。記録に書かれる情報としては行なわれた様々な処置や、もし死後の検査を行ったとしたらその結果も含むべきである。

  3. 実験のための動物の管理および使用の監視

    3.1 動物を医学生物学目的のために使用する場合には、それらの管理および使用にあたって、既存の国の方針だけでなく上述された一般的な規定および基準をも遵守しなければならない。そのような原則および基準の遵守は自主的な監視方法によって確実に行われるべきである。

    3.2 原則や基準、監視方法の目指すところは実験動物の過度なあるいは不適切な使用を避けることにあり、実験前、実験中あるいは実験後の動物の適切な管理と使用を確実にするこにある。それらの執行を確実にするためには1)基準の根拠となる法律があること、2)公の査察による執行力が与えられること、ある場合には、3)事情に通じている一般市民を加えて、決められた原則や基準に準拠していることを審査する倫理委員会を研究機関に設置するように法律に盛り込むこと、あるいは4)医学生物学団体による任意の自主規制によって行うことなどがあげられる。監視システムには、法律による強制的な方式や、任意の自主規制など 様々な方式が考えられる。

  4. 動物を用いない方法:「代替法」

    4.1 少なくともここ当分は、医学生物学の研究領域において動物実験を必要とする多くの分野がある。生きているまるごとの動物には分離された細胞、組織あるいは器官では得ることのできない反応がある。まるごとの動物が示す複雑な相互作用は、生物学的あるいは非生物学的代替法によって再現することができない。「代替法」という用語は生きた動物の代わりに別の方法を用いることの他に、動物の数を減らし、実験技術を洗練することにも使われるようになった。

    4.2 「代替法」と見なされる実験処置には生物学的あるいは非生物学的方法が含まれる。非生物学的方法としては、薬や化学物質の物理的-化学的特性を基にした構造活性部位の相関関係についての数学的な模型が含まれ、また生物学的プロセスをコンピューターでモデル化したものが含まれる。生物学的方法としては、微生物やin vitroの材料(細胞レベル以下の成分、短期間の細胞系、灌流されている丸ごとの器官、および細胞や臓器培養)が含まれる。 そしてある場合には、無脊椎動物および脊椎動物の胎児も含まれる。実験処置に加えて、人間や動物全体に関して過去の資料や将来の予測から導き出される疫学調査が代替法への重要なアプローチとなるかもしれない。

    4.3 「代替法」を採用することにより丸ごとの動物の使用が減ることになる。そのような方法の開発や使用は科学的・人道的双方の理由から大いに促進されるべきである。

(松田幸久訳)
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