研究内容の紹介

 


分子生化学講座では、腫瘍生物学の基礎研究としてがんの広がる仕組みを調べています。腫瘍は単に癌細胞が増殖して大きくなるだけではありません。そこで「癌組織が広がる時、それらは何を目指して、何に惹かれ移動し拡大してゆくのか」という根本的命題を解明すべく取り組んでいます。その中で、癌細胞周辺には特異な基質を含む間質組織が作られる事に重点を置き、間質の変化が先行して広範囲に生じ、それを追うように癌細胞が広がり、さらに間質変化の領域は先進拡大するがんの進展機構を捉える試みを多面的に進めています。


特にこの間質変化が大きい特徴を持つ癌に、スキルス型胃癌があります。スキルス胃癌は胃癌全体の約10%ですが比較的若年女性に多く、発見が難しいため生存率が低い難治性のがんです。この胃癌の特徴は硬癌というニックネームが示すように、豊富な線維化(線維芽細胞の増生)を伴います。この事が抗癌剤の腫瘍内への浸透を妨げ、治療を困難にさせます。近年、このがんに伴う線維芽細胞(CAF:癌関連線維芽細胞)の役割やそのバリエーションの豊富な事に注目が集まっています。


CAFの産生する細胞外基質Asporin

胃癌でCAFが産生する新たな基質蛋白質としてAsporin (ASPN)を同定しました。ASPNは低分子量ロイシンリッチプロテオグリカン(SLRP)の一つで、スキルス胃癌では癌細胞ではなくCAFに発現が見られ、予後不良群に相関します。ASPN陽性CAFは浸潤能が高く、炎症性のサイトカインを多く産生する事で癌細胞を牽引する役目を持つ事が分りました。その結果、胃線維芽細胞でASPNの発現を調節する事により、胃癌細胞の浸潤をコントロールできる様子がin vitroでもマウス胃壁内でも観察されました。図1(Oncogene 29, 650-660, 2015)



現在他グループの報告も併せ、胃癌以外にも膵癌、大腸癌、前立腺癌などでCAFにASPNの発現が見られる症例は高悪性度群に相関し、また乳癌では組織型により両方向の相関が報告されています。その後の検討で、癌細胞にもASPNを発現するものが見つかり、胃癌でもIntestinalタイプでは約8.6%の症例に癌細胞で陽性である事が共同研究グループから報告されました。私達は胃癌細胞でのASPNは、グルコース代謝を嫌気性解糖系にリプログラムし、ミトコンドリアにおける活性酸素(ROS)の産生を抑える事で酸化ストレス抵抗性に繋がる事を見出しています。この事も癌細胞の生存性を高め、腫瘍の進行に寄与します。(Cancer Sci 112, 1251-1261, 2021)

 

1.腫瘍の間質がリードするがんの進展機構