〔別紙〕
大学等における動物実験の実施に関する基本的な考え方について(報告)
昭和62年1月26日
学術審議会学術情報資料分科会
学術資料部会
近年、バイオサイエンス研究等の進展とともに、動物実験の必要性はますます高くなっているが、一方では、動物実験の在り方について、科学的な研究推進の立場から、あるいは動物福祉の立場から、学界のみならず一般社会からも多様な意見や要望が出されつつある。国際的にも、動物実験の実施に関し、一定の指針を設ける方向に向かっている。このような状況にかんがみ、学術審議会学術情報資料分科会学術資料部会においては、特に、今後におけるわが国の大学等での動物実験実施の基本的な考え方について検討を行ってきたが、このたび、その検討結果を別紙のとおり取りまとめたので報告する.
1.背景
近年におけるバイオサイエンスの急速な発展とともに、医学、生物学、農学等を含む生物系の研究領域においては、動物実験の重要性がますます高まっている。すなわち、動物実験は、バイオサイエンス等生物系の研究活動を支える重要な手だてとして、人類の福祉・健康の増進や科学技術の進歩に計りしれない恩恵をもたらしている.こうした動物実験は、科学研究の一般原則に従い、再現性が得られるよう実験動物及び動物実験の諸要件に留意しつつ、動物の生命を尊重し、動物にできる限り苦痛を与えないよう平静な条件で、飼育し、処置を行うことによって、所期の成果を期待し得るものである。このような動物への配慮は、科学的な研究の必要性と矛盾するものではなく、動物実験を行う上で極めて肝要なことであると考えられる.
わが国では、動物の適正な保護及び管理を促すため、昭和48年に「動物の保護及び管理に関する法律」が施行され、これを受けて昭和55年の「実験動物の飼養及び保管等に関する基準」等諸基準が定められている.また、日本学術会議からは、昭和55年に「動物実験ガイドラインの策定について」の勧告が出され、同時に各領域に共通して受け入れられるべき「動物実験ガイドライン草案」が公表された。
他方、欧米諸国でも、近年、いわゆる動物福祉や動物保護の立場から、種々の法律や指針が定められている.米国では、動物実験の在り方について、1970年頃から、関係の法律や指針等が定められ、例えば、国立衛生研究所(NIH)の場合、動物実験が同研究所の指針に則したものであることを明示することが、研究費交付の際の重要な条件になっている.国際的には、国際実験動物委員会(ICLA)が1974年に、動物実験の規制に関する指針(Guidelines for the Regulation of Animal Experimentation)を定め、また、国際医学団体協議会(CIOMS)ても、動物実験に関するバイオメディカル研究の原則を打ち出している.
2.大学等における動物実験の指針の必要性
昭和61年2月の学術審議会建議「大学等におけるバイオサイエンス研究の推進について」において指摘されているように、今後、我が国がこの分野において、世界に伍して優れた業績を挙げていくためには、大学等におけるバイオサイエンスの研究推進の体制等の整備充実を急ぐ必要がある.この場合、上記1で述べたように、バイオサイエンス研究等の基盤としての動物実験の重要性がますます高まっており、それに伴い、多様な実験動物を開発、利用していく必要性が生じている.
他方、近年、国際的な学会等での研究発表や学術雑誌への論文掲載に際して、動物実験の方法や成果については、当該実験が依拠した当該国での動物実験の基準等を明らかにすることが求められ、動物福祉の観点も踏まえた適切な基準等が明示されない場合、論文掲載等が拒絶される事態も生じつつある。このような傾向は、動物福祉の立場からも適切な動物実験を求める動きが広がる中で、ますます強まりつつある.
わが国においても、動物福祉の問題に対する関係団体や一般世論の関心が高まっている.わが国では、上記の如く、動物保護の立場からは法律や基準がだされているが、動物実験の立場から、動物福祉にも配慮して作成した共通の基準がなく、大学等の動物実験の現場では、この問題への対応の仕方にとまどっているところが多々見受けられる。
このような状況の中で、特に大学等においては、動物実験を行う研究者も多く、この問題の重要性にかんがみ、今後、当該大学等での動物実験に係る研究活動に対し、科学的にはもとより、動物福祉の観点からも、国内外から正当な評価が得られるよう、動物実験に関する一定の指針を定めていく必要がある。その際の指針には、以下のような原則的な考え方を盛り込むべきものと考えられる。
3.大学等における動物実験の指針作成にあたっての原則的な考え方
(1)実験計画の立案
実験計画の立案に当たっては、実験動物の専門家の意見を求める等により、有効適切な実験が行えるようにすることが望ましい。なお、実験においては、実験動物を使わない方法によるように努めることも必要である.
(2)供試動物の選択
供試動物の選択に当たってはは、実験目的に適した動物種の選定、実験成績の精度や再現性を左右する供試動物の数、遺伝学的及び微生物学的品質、飼養条件等を考慮する必要がある.また、必要に応じて、検疫を行う必要がある.
(3)実験動物の飼育管理
科学的にかつ動物福祉の観点からみて適正な動物実験を実施するためには、施設、設備等の適切な維持・管理に配慮し、適切な給餌、給水等の飼育管理を行う必要がある.
(4)実験操作
実験操作により、動物に無用な苦痛を与えないよう配慮すべきである.このことは、科学的に適正な動物実験のためにも、また、動物福祉のためにも必要なことである。
(5)安全管理に特に注意を払う必要のある実験
物理的、化学的な材料あるいは病原体等を取り扱う動物実験においては、人の安全を確保することはもとより、飼育環境の汚染により動物が障害を受けたり、実験結果のデータの信頼性が損なわれたりすることのないよう、十分に配慮する必要がある。なお、実験施設の周囲の汚染防止については、施設、設備の状況を踏まえつつ、特段の注意を払う必要がある.
(6)動物実験委員会の設置
動物実験を実施する大学等においては、動物実験に関する委員会を設けるなどして、動物実験に関する当該大学等の指針が適正に通用されるように配慮する必要がある.なお、この委員会は、当該大学等の実験動物の専門家、実験者、その他当該大学等が必要と認める者によって構成されることが望ましい.