注射用麻酔薬の特徴

  1. ペントバルビタール(pentobarbitone)

    薬効

    ペントバルビタールは静脈内投与,腹腔内投与のいずれも可能で,広い範囲の動物種で使用できる。

    副作用

    重度の心血管系と呼吸器系の抑制が生じ,本薬剤は鎮痛作用に乏しい。
    ことに麻酔時間を延長するために追加投与した場合に,覚醒時間が延長する。

    特記事項

    ペントバルビタールは,実験動物を麻酔するのにおそらく最も広く用いられている。
    ほとんどの小実験動物で,外科麻酔が得られるのは呼吸不全を起こす量に近い用量を投与したときにのみである。
    この用量では,重度の心血管系と呼吸器系の抑制が生じる。
    そのため昏睡状態をひきおこす量の2/3程をゆっくりと静脈内投与し,その後に残りの量を追加投与することによって,通常無理なく安全な外科麻酔レベルを得ることができる。
    単回投与として計算した量を腹腔内投与すると,麻酔量が致死量にきわめて近いために,死亡率が高くなることがあり,これには系統差もかなり存在する。
    ペントバルビタールは,たぶん麻酔というよりも睡眠状態を惹起するために使われており,ほとんどの場合にはペントバルビタールより安全で効果的な薬剤が入手可能である。


  2. チオペンタール(thiopentone)

    薬効

    チオペンタールは,静脈注射によって容易に即座に麻酔導入ができ,事実上すべての動物種で使用可能である。

    副作用

    チオペンタールは,鎮痛作用が乏しく,静脈内注射後一時的な無呼吸を生じる。
    血管の周囲に漏れると刺激性がある。反復投与すると覚醒時間が極めて長くなる。

    特記事項

    チオペンタールは静脈内投与すると,急速に麻酔導入されるため有用な短時間作用性バルビツール酸誘導体である。
    水溶液の状態では不安定であり,一度溶解したら7-10日以内に使用しなければならない


  3. ケタミン(ketamine)

    薬効

    ケタミンはほとんどの動物種を不動化させることができ,筋肉内,腹腔内および静脈内のいずれの経路でも投与できる。
    ほとんどの動物種で中等度の呼吸抑制が生じ,血圧が上昇する。
    しかし,ケタミンの心血管系への刺激作用はキシラジンのような薬剤の抑制作用を打ち消すものではなく,これらを併用するとほとんどの場合著しい低血圧になる。

    副作用

    骨格筋緊張は増加する。
    無痛状態の程度は動物種によりきわめて様々であり,小げっ歯類では外科麻酔に必要な高用量を投与すると重篤な呼吸抑制を生じる。
    覚醒は遅延し,幻覚や気分の変動を伴う。

    特記事項

    ケタミンによって強直様の鎮静が生じ,周囲のものを認識しなくなる。
    強い無痛状態が誘導される動物種では,自発的動作がしばしば起こるが,これは外科的刺激とは通常無関係である。
    動物種によっては,角膜反射が長時間失われることにより角膜がしばしば乾燥するため刺激の少ない眼軟膏を塗る必要がある。
    非常に高用量である場合を除き,咽頭・喉頭反射は残っているが,唾液分泌が増加するため気道閉塞の危険性がある。
    ケタミンは大型霊長類を不動化させるために選択され,イヌやネコ,ウサギを化学的に固定するのに効果的な薬剤である。
    しかし,げっ歯類に対する効果は一様ではなく,外科麻酔を得るためには高用量が必要である。
    ヒツジ,霊長類,ネコ,イヌ,ウサギと小型げっ歯類で外科麻酔を得るためには,メデトミジン,キシラジンもしくはジアゼパムと併用して投与するときわめて効果的である。
    ケタミンはメデトミジン,キシラジンもしくはアセプロマジンと混合でき,この混合液は単回注射として投与できる。
    すべての動物種で,気管支と唾液の過度の分泌を減らすために,ケタミンと一緒にアトロピンやグリコピロレートを使用することが望ましい。
    ケタミンを慢性的に使用すると,肝臓の酵素誘導がおき,これによって引き続き投与された薬剤の効果は減少する。


  4. 抱水クロラール(chloral hydrate)

    薬効

    抱水クロラールは,中等度の持続時間(1-2時間)の安定した浅麻酔を得ることができる。
    本薬剤は,心血管系と圧受容器反射への作用が最も少ない。

    副作用

    抱水クロラールは無痛作用が弱く,外科麻酔のためには大量が必要であり,この用量では重篤な呼吸抑制を生じる。
    ラットに腹腔内投与すると高い確率で腸閉塞(拡張と腸停止)が起こる。
    低濃度の抱水クロラール(36mg/ml)を使用すれば,このような作用の発生率は減少できるが,完全に問題を回避することはできない。

    特記事項

    もし外科操作を行うのであるならば,抱水クロラールはしばしば効果的な麻酔薬で代用できる。
    他の麻酔薬と同様,げっ歯類の抱水クロラールへの反応にはかなり系統差があり,使用する動物の系統で薬剤の効果と安全性を評価することが重要である。 


  5. ウレタン(urethane)

    薬効

    ウレタンは長時間持続する(6-10時間)麻酔を得ることができ,心血管系と呼吸器系の抑制は最小である。

    副作用

    ウレタンは発癌性がある。

    特記事項

    ウレタンの心血管系に対する安定は,交感神経の緊張によってもたらされているものであり,高濃度のアドレナリン,ノルアドレナリンが出ていることを知っておくべきである。
    ウレタンは,再奇形性,発癌性があることから実験者への危険性を考慮し,他の薬剤の使用を考えるべきである。
    もし他の薬剤では実験目的を達成することができず,ウレタンを用いる場合には,手袋やマスクを用いたり,乾燥粉末から薬剤を溶かすときにはドラフトを用いるなど中等度の発癌物質として扱うべきである。
    このような注意がなされ安全に用いることができるのであれば,ウレタンは安定した外科麻酔を得ることができる長時間作用性のある優れた麻酔薬である。
    しかし,発癌性があることから覚醒させる実験にウレタンを使用することは推奨できない。


  6. トリブロモエタノール(tribromoethanol)

    薬効

    トリブロモエタノール(Avertin)はラットとマウスに外科麻酔を施すことができ,良好な筋弛緩と中等度の呼吸抑制のみが生じる。

    副作用

    正しく保管されなかったか,単回以上投与すると腹膜への刺激性がある。

    特記事項

    トリブロモエタノールは腹腔内へ投与するが,貯蔵液が変性すると使用後の重篤な刺激性と腹腔内癒着を生じる。
    新しく調整された液を使った際でも,後日2回目の麻酔薬を投与するとしばしば高い死亡率を示す。
    適正に調整され保管されれば,本麻酔剤はマウスに対して安全であり効果的である。


  7. フェノチアジン類(phenothiazenes):クロールプロマジン(chlorpromazine),アセプロマジン(acepromazine),プロマジン(promazine)

    薬効

    これらの薬剤は,鎮静作用があり,麻酔薬や催眠および麻薬性鎮痛薬の作用を増強するので,外科麻酔を得る用量が軽減される。
    鎮静作用は,術後まで延長されるかもしれない。
    その結果,麻酔からの覚醒は円滑である。

    副作用

    中等度の低血圧が末梢血管拡張作用のために現れるかもしれない。

    体温調節は抑制され,中等度の低体温が出現するかもしれない。

    特記事項

    以上のような副作用は,正常な動物では十分に耐えられる。
    しかし,体液不足状態,例えば,脱水あるいは出血があるときには動物に使用すべきでない。
    このグループの薬剤は鎮痛作用はないが,麻薬作用を増強する。


  8. ベンゾジアゼピン類(benzodiapines):ジアゼパム(diazepam),ミダゾラム(midazolam)

    薬効

    薬効は鎮静を含むが,作用にはかなりの種差がある。
    鎮静は,イヌでは最小であるが,ウサギとげっ歯類では顕著である。
    ベンゾジアゼピン類は,たいていの麻酔薬ならびに麻薬性鎮痛薬の作用を増強する。
    それらは,良好な骨格筋の弛緩をもたらす。
    特異的な拮抗薬としてフルマゼニールがある。

    副作用

    いくつかの動物種(イヌやネコ)において,ベンゾジアゼピン類は,鎮静よりむしろ弱い興奮や方向感覚の喪失がある。
    小血管へのジアゼパムの注射は,血管に刺激や損傷を与える原因となる。

    特記事項

    ベンゾジアゼピン類は,平静化および鎮静作用を有する。
    ジアゼパムが最もよく使用されるが,いくつかの有機溶媒における注射可能な形態では,水溶性の薬剤と混合することはできない。
    ミダゾラムは短時間作用という点を除いて,ジアゼパムと同様の作用をする。しかし,ジアゼパムと異なり,水溶性で他の薬剤と混合できる。


  9. α-2アドレナリン作動性トランキライザ類(alpha-2-adrenergic agonist tranqilizers):キシラジン(xylazine),メデトミジン(medetomidine)

    薬効

    キシラジンおよびメデトミジンは,強力な鎮静薬である。ある種の動物種にとっては催眠薬である。
    これらの鎮痛作用は種差がある。しかし,たいていの動物で軽度から中等度の鎮痛を生じる。
    キシラジンおよびメデトミジンは,ほとんどの麻酔薬の作用を増強する。

    副作用

    これらの薬剤を高用量投与すると心血管および呼吸抑制が生じ,ある動物種においてはキシラジン投与後に心臓不整脈が現れるであろう。
    キシラジンは,バルビツレートと併用した場合に,重篤な呼吸抑制を起こす可能性がある。

    特記事項

    実験動物の麻酔にキシラジンを使用して,外科麻酔を生じさせるためには主にケタミンとともに使用する。
    メデトミジンの作用はキシラジンに似ているが,より特異的なα-2作動薬で副作用も少ない。
    全身麻酔を必要とせずに,多くの動物種で完全な不動化をともなう重度の鎮静を得るために使用することができる。
    特異的なα-2拮抗薬であるアチパメゾールを使用することにより迅速かつ完全にもとに復することができる。


    ラボラトリーアニマルの麻酔(P Flecknell著、倉林 譲監修 学窓社 1998)より引用。