私論

暦について

教授 島田洋一

誰にでも自らの暦がある。私の暦は1955年から始まる。終戦後10年で、父をはじめ戦争を体験した人々が大勢を占めていた。彼らは復興のため人一倍働き、その後の繁栄を築いた。同じ暦を出発した有名人をみると、野球の江川、掛布、大相撲の千代の富士、芸能界では郷ひろみ、野口五郎、西城秀樹(2歳サバをよんでいた?)などがいる。秋田大学整形外科の暦は、1973年に遡る。つまり44歳の働き盛りである。

暦というのは時間が人を動かすようになることを意味する。そこには、各地域、宗教ごとの暦がある。古代メソポタミアは太陰暦で、閏月が導入された。古代ギリシアの太陰暦は19年に7回の閏月がある『メトン周期』を採用した。古代エジプトでは、初めて太陽暦が採用された。古代中国は太陰暦で、1ヵ月30日を10日ずつに分ける『旬』、二十四節気など固有の暦を用いた。キリスト教は太陽暦で、16世紀に『グレゴリオ歴』を制定し、キリスト誕生を基準に西暦紀元を定めた。イスラム教は太陰暦で、30年に11回の閏年があり、現在も使用されている。ユダヤ教は太陰暦で、7日を1週とする『週』を採用した。このように21世紀の現在においても様々な暦が生き続けていることに驚かされる。AIが人の頭脳を凌駕し、囲碁、将棋、チェスでは全く歯が立たなくなった。これからAIが進歩したら、暦はどうなるのだろう?新たなAI暦が生まれるかもしれない。

私は、学生の実習の際に、必ず指定の教科書を持ってくることを伝えている。それは、その時点が彼ら、彼女らにとって整形外科暦元年であるからである。医学は怒濤の進歩で、日々情報が更新される。しかし、それに振り回されてばかりでは根無し草である。自分の医学暦元年をしっかり把握しておけば、自分のアイデンティティーは確立される。

例えば、私の医学歴元年には肝炎はA型とB型しかなかったし、エイズも存在しなかった。何とCTもMRIもなく、エコーは何だかよくわからないほど不鮮明なものだった。整形外科検査は関節造影があったが、脊髄造影は合併症が多く危険なものだった。脊椎手術はヘルニアであってもハイリスクであった。ここを紀元として紀元前〇〇年、紀元〇〇年とすれば、医学の進歩がどのようなスピードで進んだのか、それぞれの時点での標準医学は何であったのか、自分はどのように進歩してきたのかが明確にわかる。

大学教養時代に学んだことで最も印象に残り、現在でも役に立っているのは『医学史』の講義である。自分の医学歴紀元前の出来事を知ることは、己の立ち位置を教えてくれ、医師としての資質形成に大いに役に立っていると思う。 若い教室員には、自分の暦を作り、しっかりアイデンティティーを持って激動の未来を突き進んで行ってほしいと思う。