私論

アインシュタインの脳のように

教授 島田洋一

天才アインシュタインは、私が生まれた1955年に死亡しましたが、彼の脳は家族の同意も得ず、プリンストン大学の医師トマス・ハーヴェイ(Thomas Stolz Harvey)によって秘密裏に解剖され、持ち去られました。天才的な要素を知りたいと思ったようで、40年間も研究に使われました。その後、脳は切り分けられ、研究者達の手にわたりましたが、ハーヴェイはプリンストン大学にスライスされたアインシュタインの脳を送り、そのままの形で現存しています。

その特徴として、前頭葉は通常3つの脳回なのに4つあることがわかっています。また、左脳と右脳の間の溝が浅く、両脳間の情報伝達が早かったのです。つまり、頭の回転が良く、そのため大発見をしたのではないかというのです。しかし、脳の重さは1250gで、一般人平均の1400gより軽く、頭の善し悪しは、脳重量とは関係ないことがわかります。

ネアンデルタール人の脳重量もホモサピエンスより重かったのですが、絶滅しています。最も重要な事は、アインシュタインの脳の神経細胞の数は、一般人と変わりありませんが、グリア細胞が極めて多く存在していたことです。グリア細胞は、神経細胞に酸素や栄養素を運搬し、ダメージを受けた神経細胞を保護、修復します。また、記憶や学習の働きに深く関係することがわかっており、天才性に寄与している可能性があります。ここにキーポイントがあるのかも知れません。

何故、整形外科医である私が本ブログで脳について触れるかというと、頭より下の首から足先までを守備範囲とする整形外科は、新たな時代を迎えていると思うからです。それは、全てを司る脳です。秋田大学整形外科が世界に誇る技術である機能的電気刺激(FES)を行った脳梗塞患者について、佐々木香奈先生が研究しました。fMRIで末梢神経刺激による治療的電気刺激前後の脳賦活をみたものです(Sasaki K, Matsunaga T, Tomite T, Yoshikawa T, Shimada Y: Effect of electrical stimulation therapy on upper extremity functional recovery and cerebral cortical changes in patients with chronic hemiplegia. Biomed Research 33: 89-96, 2012)。

刺激前、瀰慢性だった脳賦活が刺激後両側SMCに集中したことから、末梢電気刺激が随意運動に関与する大脳皮質の賦活に影響を与えることを見いだしました。その後、fMRIを使った研究は多く出ますが、先見性に富んだ研究でした。

つまり、我々運動器疾患を扱う者は、四肢・体幹の目先の現象だけにとらわれず、ヒトとして他の霊長類と大きく異なる脳の働きまで目を向ける必要があるのです。そのためには、手術一辺倒ではなく、リハビリテーション医学の知識、基礎研究の経験が必須です。

人工知能(AI)がプロ棋士に勝ち、AI放射線診断が放射線医より優れ、抗がん剤の選択まで専門医より優位に立っているのは周知の事実です。いわゆるDeep learningは、車の自動運転までも実現しようとしています。今後、これらの中枢機能は飛躍的な発展を遂げ、2050年には現存する私たちが想像もできないような世界が待っているのです。

そのため、狭い範囲に固執せず、整形外科の多分野はもちろんのこと、脳機能まで広い視野を持って自らを研鑽することが求められます。特に若手医師には、大いなる可能性が秘められており、貪欲に知識を求め、独創的な発想ができるよう、成長してほしいと願っています。

秋田大学整形外科は、この点において先を行く体制を取っています。全医局員、工学系教員・学生に専門的なリハビリテーション教育を2週に1回施しているのは私どもだけと思います。また、他分野の基礎研究カンファレンスを自由に聴講できます。そのため、マルチリンガルな才能を持つ若手が育っています。彼らが世界と真っ向から勝負し、名声を博してくれるよう、大いに期待しています。

アインシュタインの脳のように、いつか歴史に残るのは君の脳かも知れません。