私論

礼儀摩訶不思議

教授 島田洋一

いつの時代も礼儀は重要である。

多発する交通事故が問題となって免許返上を薦められているお年寄りも、若い者の礼儀には脳がフル回転し、素早く反応する。長い間、大学にいると、多くの学生、研修医、教室員と接する機会がある。対応する自分の年齢も関係するが、礼儀に基づく付き合い方は、時と共に大きく変わっているのを実感する。

私は、若い教室員と話すのが大好きである。そのため、彼らと対するとき、礼儀に構ってはいられない。そこに敷居があるとおもしろい話が聞けないからである。そうすると、自分がバリバリの中堅時代に指導を受けた弟子たちからみれば、大きな違和感がある。とても同じ人間とは思えない。きっと芝居をしているのだろうと勘ぐる。しかし、全くそのようなことはなく、これも自分自身の立派な進化ではないかと思う。

ある大学から研修に来た先生が言うには、教授と話すのは、入局と医局を辞めるときの2回だけで、教授と日常会話をすることはあり得ないそうだ。伝統ある大きな教室だからと慰めたが、何とも言えない気持ちになった。

ところで、たまたま読んだ週刊現代におもしろいことが書いてあった。徳川家末裔の徳川義親著、『徳川家当主に学ぶほんとうの礼儀作法』をネタ本にした連載物である。礼儀として最も基本的な『正座』について述べている。『正座が礼儀作法として定着したのは明治時代から』という驚くべき内容である。

明治政府新政府が国民に等しく終身教育を施すにあたって外国文化との対比を強調しようと、日本人の正しい座り方として正座を選んだという。正座は畳の間での正しい姿勢で、冠婚葬祭、会食など苦しい思いをした人は多いはずだ。

しかし、行儀が悪いとされる『安座、あぐら』は、江戸時代以前は大名の正しい座り方であった。正座が必須と思われる茶道においても、千利休はあぐらをかいて茶を立てていた。

では、何故正座がかくも普及したのかといえば、政府が決めたからだけでなく、本来贅沢品であった『畳』が誰でも使用できるようになったからである。それまで農民、町民は板張りの床で暮らしており、正座はできるはずもなかった。

もう一つは、江戸患いとして当時大流行した『脚気』が引き起こす下肢の末梢神経障害である。そのため、江戸時代の人々にとって正座は拷問であった。

明治になって脚気がVB1欠乏であると解明され、人々は安心して正座できるようになったのである。これから時代劇を観る時は注意してほしい。

さらに、『世界の変わった礼儀作法のタブー』も紹介されている。

韓国で正座は罪人の座り方で、あぐらや立て膝が推奨される。エジプトで他人の奥さんを褒めることは自分にくれという意味にとられる。ハンガリーで乾杯時にグラスを鳴らすのは、かって戦争に敗れた際の相手国の祝杯を連想させる。タイで他人の子供の頭をなでてはいけない。子供の頭上には精霊が宿り、触ると精霊が逃げるという。パキスタンでは紅茶はカップではなく、受け皿で飲む。これはイギリスから伝わった礼儀で、今も残っているそうだ。

かくも我々が知らない礼儀は多い。

間違っても『今の若い者たちは…』と言ってはならない。自分が笑われる羽目に陥る。