私論

事をなすとは

教授 島田洋一

巷では、『財を残す者は三流、名を残す者は二流、人を残すのが一流』と言われます。しかし、私はいずれも一流であると思います。財を成すには想像を絶する努力、交渉力、先見性がなくてはならず、善し悪しはあるものの傑出した頭脳が必要です。これが三流では余りに失礼です。

共和党大統領候補に決まったドナルド・トランプの仕事上の部下であったジョン・オドンネル著『D・トランプの破廉恥な履歴書』を読んでみました。候補者指名争いで『イスラム教徒は合衆国に入国させない』、『不法労働者を閉め出すため、メキシコ国境に壁を作る。その費用はメキシコ政府に負担させる』、『日韓は、北朝鮮の脅威に対して核武装すべきだ』、『中国は泥棒だ』など、言いたい放題です。オドンネルの本にはそれらを上回る非常識人間としてのトランプが描かれています。しかし、よく読んでみると、虐げられたオドンネルの積年の恨みが凝集しているのであって、こんな痛快、かつ誰も思いつかないギャンブル行動をしてきたのかと感心させられる。既存の政治家にはない、マネーという修羅場で何度も死にかけながら希代の寵児になった人物として、迫力が違うのだと思います。それが多くのアメリカ人の共鳴を得ているのでしょう。

最も良いとされる『人を残す』には、自らの継承のため、譲る精神が必要です。つまり、自分のキャリアを犠牲にして次に自分の遺伝子を残すことです。一見立派ですが、これではトランプのようなあらゆる修羅場を経験することはなく、仙人になりかけることがあるでしょう。全体の体制にとっては最高なのですが、『個人』としては、一丁上がりになりそうで、何とも言いがたい。 『名を残す人』は、明らかに世界に敢然たる業績を残し、それが他の追随を許さないものであることが必須です。これもやはり、誰もなし得なかったことを不断の努力、ぶれない方向性をもって遂行したのですから、『個人』としては、内容、倫理性から言っても最高です。しかし、その偉業に対して経済効果が付随するかといえば、何とも言えません。さらに、子孫にとっては誇りと共に重荷も同時に課すことになることも多々見聞きします。

このようにしてみてくると、上記三者は、いずれも優れた点が異なるのであって、比較すること自体ナンセンスと言えます。古くから言い伝えられた諺を金科玉条のように話す人が多いのですが、価値観は不変のものもあれば、時代によって大きく変わるものもあるのだという意識が一番重要だと思います。これは、先端研究にピッタリ当てはまります。薬事承認、保険収載、特許取得、製品化など、全ての要素を含んでいますが、特に財と名でしょう、人を残す余裕はあまり期待できません。一方、整形外科医としての手術技量は、『名を成す』がメインでしょう。○○法と命名され、後世にに残ればすばらしいことです。

いろいろと述べてきましたが、やはり教授として思うのは、『人を残す』ことが使命なのだと最近つくづく思います。しかし、それ以外の研究開発、特許取得、オリジナルの手術法開発などを通じて2項目を経てきたからこそ、3番目に行き着いたのも事実です。若いみなさんにはいずれも経験していただき、オールスリーを目指してほしいと思います。