私論

偉人の生涯に学ぶ

教授 島田洋一

英雄といえば、多くの名が浮かびます。しかし、その生涯となると、英雄たちも必ずしも幸福だったわけではありません。つまり、英雄たちは、その時点で起きた歴史上の出来事で知られているだけなのです。

確かに心躍らせることには違いありませんが、自分の生涯のお手本とするかといえばご遠慮願いたい偉人たちも多い。そのような中で、これはと思わせる人物がいるので、紹介します。

テミストクレスは古代ギリシア人で、紀元前480年にギリシャ都市国家連合軍とペルシア帝国の間で争われた第二次戦役における英雄です。史上初の海戦である『サラミスの海戦』でペルシア海軍を壊滅させ、戦役の勝敗を分けた功績を挙げます。この戦役では、『スリーハンドレッド』で知られるスパルタ王・レオニダス率いる300名のスパルタ兵が『テレモビュレーの戦い』で全滅したことでヨーロッパ人なら誰でも知っています。

まずは、テミストクレスの偉業を追ってみましょう。

マラソン競技の基となった紀元前490年の『マラトンの戦い』は余りに有名ですが、これが第一次ペルシア戦役です。ギリシア軍の指揮官・ミリティアデスの作戦が奏功し、大勝したので、この知らせをアテネに伝えるため走り抜いた兵士の故事にならい近代マラソンが行われているのです。

ここで、英雄・ミリティアデスのその後をみてみましょう。翌年、市民集会で推されてパロス攻防戦も指揮を執りましたが破れ、本人も重傷を負いました。さらに市民集会で有罪判決を下され、多額の罰則金を課され、負傷がもとで亡くなってしまいました。

しかし、テミストクレスは、サラミスの海戦後、幾多のペルシアとの戦いには指揮官とはならず、影に徹しました。ミリティアデスの不幸をみて、『民意のきまぐれ』、『責任転嫁』を深く心に刻んだためと思われます。現代でも救世主のように騒がれた政治家の末路は総じて不幸です。

テミストクレスはサラミスの英雄ですが、この戦いのための準備がすごい。当時の海戦は、三段層ガレー船の数と性能で決まりました。テミストクレスは、マラトンの戦いから10年かけて三段層ガレー船の増築に邁進しました。ペルシアを刺激するという穏健派の実力者たちを用意周到に陶片追放で国外へ追い出し、下層市民を総動員し、インフラを整備して目的を貫いたのです。

それが、現在に通じる民主制です。次の戦いがどうなるか、はっきりイメージし、そのためにはあらゆる手段を講じて成し遂げる。このような姿勢は、ライバルであるスパルタ市民にも尊敬され、最大限のもてなしを得ています。指揮官として『ブレない』、『計算され尽くされた勝利』、『反対派も活用して最大限の効果を挙げる懐の深さ』など、現代でも通用するあらゆる資質を備えていました。

そのテミストクレスも老年期を迎えると『きまぐれな民意』のため、ギリシア市民集会で国外追放となります。何ら罪はないのですが、いわゆる政争です。国際指名手配犯になったテミストクレスは、ここで誰も考えつかないウルトラCをみせました。なんと、敵国ペルシア王・アルタ・クセルクセスに会います。

アルタ・クセルクセスは『王たちの王』ダリウスの孫、第二次ペルシア戦役でテミストクレスに完膚なきまでに負かされた前王クセルクセスの子供なのです。本人も父のそばでサラミスの海戦で沈んでいく自軍の船団を目の前でみて、その後父王が多くの困難に遭遇するのを体験しています。いわゆる不倶戴天の敵です。そのような人間に直接面会に行ったのです。アルタ・クセルクセスは大きく動揺しましたが、取り乱すことなく、目の前にあのテミストクレスがいることにむしろ感激し、厚遇を持って接しました。結局テミストクレスは、領土さえ得て、幸せな晩年を迎えました。何という剛胆さでしょう。彼の死後、両国は不可侵条約を結ぶことになります。これらは全て計算され尽くされていたといいます。

テミストクレスの生き方をまとめると、

  1. 目的達成のためには、計算され尽くされた方針を、ぶれずに十分な準備期間を持ってあたる。そのためには、革命的な人材活用を駆使する。
  2. きまぐれな民意を敏感に捉え、先んじて策を講じる。
  3. 外交政策の基本は、正面突破である。
  4. 自分に対する評価を過信せず、常に的確な判断を下す。

となります。如何でしょう。正に現代の我々にとって珠玉の手本です。

私たちに置き換えると、

  1. 整形外科医として、しっかり目標を定め、そのための方策をぶれずに実行していく。
  2. 戦いに勝つ。つまり、難手術を成功させる。
  3. 天狗にならず、自分の実力を適正に評価する。
  4. 他者のためになることは、回り回って自分のためにもなることを理解する。

となります。

歴史上、数え切れないほどの偉人がいますが、自分に置き換えてパーフェクトな生き方を探ってみることを薦めます。