私論

パックスアキターナ

教授 島田洋一

今月、教室員9名で米国整形外科学会(AAOS)参加のため、オーランドに行ってきました。寒い秋田から一気に初夏のフロリダに入り、余りの変化に身体が驚きました。今回参加の若手研修医3名は、時差、気候の違いなど全く影響がないと思えるぐらい元気で、感服しました。

アメリカに行くと、いつも何と豊かでスケールが大きいのかと感心します。歴史上、断トツのスーパーパワーであったのは、古代ローマのパックスロマーナ、七つの海を制覇したイギリスのパックスブリタニカ、そして第一次世界大戦後から現在に至るパックスアメリカーナです。経済的に中国に追われ、軍事力でも東西両面で同時に大きな戦いができなくなり、オバマ大統領が『アメリカは世界の警察官ではない』と言っても、やはりこれ程のパワーを持つのはアメリカ以外にありません。今回、AAOSが開催されたオーランドは、正に富の象徴でした。

これらパックス○○―ナについて、その栄枯盛衰の歴史を知ることは重要な意味を持ちます。古代ローマが外敵の侵入にパワーを奪われ、東西に分かれたこと、その名残が後の十字軍に大きな影響を与えたことなど、世界帝国を築く過程よりも衰退に向かう時代がためになります。元々、十字軍の書籍は読んでいましたが、伊藤敏樹著『十字軍聖戦秘譚』(原書房)を興味深く読破しました。最初は、聖地エルサレム奪還を唱えた教皇に従い、多くのカトリック王侯貴族、一般庶民が参加しました。そこには、世に知られるテンプル騎士団、ホスピタル騎士団など敬虔な集団もおりました。イスラムとの戦いは、ローマ帝国分裂により生まれたビザンチン帝国が同じキリスト教でもカトリックではない正教会だったため、味方になったり、裏切ってイスラムと手を組んだりと複雑な状況となります。さらに、チンギスハーンの末裔たちが西進し、ロシアを占領、中東にも勢力を及ぼしました。こうなると、最早三つどもえどころか、訳がわからない複雑怪奇な関係ができあがります。イスラムもひとつではなく、利害関係で裏切りを繰り返します。このような物語を読むと、現在の中東情勢が一筋縄ではいかないことが明白になります。

これらを我々の小宇宙に当てはめてみましょう。あらゆる分野に強い○○大学、△は図抜けている○○大学など、整形外科分野にもパックス○○―ナが幾度となく存在しました。しかし、その盛衰をよく観てみると、面白いほど先に述べた歴史上のパックス○○―ナに似ていることがわかります。庶民を顧みない独裁者、静かに進行する抵抗勢力、外敵に勝てないほど弱ったパワーなどは、正に教室という小宇宙の姿です。それらを未然に防ぎ、あわよくばもっと繁栄するにはどうすればよいのでしょうか?

私は、教育が全てであると思います。日本は、江戸時代、世界一の識字率を誇りました。これは、寺子屋という幕府とは関係のない組織が大いに役立ちました。三百諸藩は、程度の差こそあれ、子弟の教育に力を注ぎました。このことが、明治維新という大奇跡を生み、第二次大戦で敗れても、経済大国として復興できた大きな要因です。

翻って、教室における教育とはどうすればよいのか、教授就任後ひたすら考えてきました。臨床医学における徒弟制度は、良い面もありますが、負の側面が多すぎます。『自分のマネをしろ』、『背中を見て育て』というのは論外です。そもそも教える側がどの程度の知識、能力を持っているのか甚だ怪しいものがあります。そこで、若いうちに頭でっかちに育てることにしました。私は空手道に没頭している時分、『強くなるには、一番強いヤツと戦ってみればわかる』を信条としていました。当時の軽量級世界王者とも戦ってみて、自分がどうしても勝てない怪物ではないことがわかりました。

若手を整形外科医として一流に育てるには、この方式が良いと思い、臨床研修が終了する3月に世界最大の学会であるAAOSに連れていき、イメージトレーニングができるようにしました。さらに、数多くの研究会、セミナーを開催し、半ば強制的に最先端の講演を聴講させています。手術は、国内留学を積極的に行い、海外へも研修に出して、常に世界最先端、日本のトップを目の当たりにさせるようにしました。

これらの努力は、確実に実を結び、今年の日本整形外科学会では、教育研修講演、ランチョンセミナー、シンポジウム、パネルディスカッション、一般演題口演・ポスターなど35演題が採択されました。以前、一桁しかなかった時代が長かったことを思えば雲泥の差があります。それは、先のように徹底した教育をした若手が大きく伸びていることに由来します。整形外科3年目で、一人で3演題採択された猛者もいます。今回採択が叶わなかった若手も次回の巻き返しに今から必死です。

彼らが、いずれパックスアキターナを築いてくれることをたいへん楽しみにしています。

秋田大学整形外科は、無敵艦隊、不沈空母を目指してこれからも活動していきます。