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胃がんをより良く治すために

2001年3月に日本胃癌学会が「胃がん治療ガイドライン」を作成し、現時点で最も妥当と考えられ推奨される治療法とその適応がまとめられました。当科では、原則的にこの「胃がん治療ガイドライン」に沿った治療を行っています。

近年の傾向として、早期胃がんが増加する一方、依然として高度進行胃がんや再発胃がんも少なくなく、従来の定型手術だけでは対応しきれない場合も増加しています。

がん治療は治ることが第一の目標ですが、同様に治るのであれば損なう可能性のある機能や後遺症は少ない方が望ましいと考え、「胃がんをより良く治すために」バランスの良い治療を目指しています。

胃がんの一般的なお話

胃に関する簡単な解剖と機能

胃の入口を噴門、出口を幽門といいます。

噴門は胃内容の食道への逆流を防止する働きをし、幽門は胃内容の十二指腸への流れが速くならないよう制御し、また十二指腸からの消化液の逆流を防止します。胃の手術では、胃が小さくなるか、時にはすべてなくなることと、これら噴門や幽門の働きが失われることが問題です。

そこでこれらの働きを失わないような手術(機能温存手術)が工夫されているのです。

胃は噴門がある上部、その間の中部、幽門がある下部の3つの部分に分けられます。胃は全体が「みぞおち」のあたりにあると勘違いされることが多いですが、実際、上部は左上腹部の背中側に位置し、下部が「みぞおち」のあたりで、幽門(胃の出口)は「みぞおち」の少し右にあります。

胃壁の構造
胃の断面図

胃の断面図
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胃壁は5層構造です。

内側(内腔)から粘膜[最内層]-- 粘膜下層 -- 筋層 -- 漿膜下層(しょうまくかそう) -- 漿膜[最外層]の順になっています(右図を参照して下さい)。

胃がんの発生

胃がんは胃壁の最内層である粘膜から発生し、数年かかって5mm程度の診断できる大きさになると言われています。胃炎後の腸上皮化生、ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)感染後の慢性萎縮性胃炎など慢性炎症をおこす全ての要因が胃がんの原因になります。

生活習慣との関係では、塩分の多い食事、肉や魚のこげ、喫煙などがリスクを高め、ビタミンC、カロチノイドなどを含む野菜や果物がリスクを低下することがわかっています。

胃がんの症状

無症状のまま偶然検診で発見される場合から、食後にもたれる、食事がつかえる、体重が減るなど様々です。

胃の中央付近のがんではかなり進行しても症状がない場合がある一方、小さながんでも潰瘍形成により痛みや出血などが出現することもあります。

実際には、早期胃がんの約半数の患者さんは何らかの症状があって検査を受け、診断がついています。

診断のための検査とその目的

1. 胃内視鏡検査:
がんの存在、その位置(局在)、肉眼型を含む進行度の診断に不可欠です。細胞を採取(生検)することで組織学的な診断が確定できます。胃壁のどの深さまで進行しているかを調べるために、超音波内視鏡検査を施行することもあります。
2. 胃十二指腸造影検査:
バリウムと発泡剤を飲みレントゲン写真をとる検査です。胃全体の中でのがんの位置(局在)を知る上で重要で、内視鏡ではわからない胃壁の進展性も評価できます。このため内視鏡で胃がんが発見された後の精密検査として重要です。
3. その他:
この他、手術前には転移や他臓器への進展を調べるために超音波検査、CT検査、注腸検査が必要となることがあります。

胃がんの広がり方

1. 壁進達度:
粘膜に発生したがんは、胃壁に広がって行きます。
2. 転移:
リンパ節転移/胃壁からリンパ管を経由して胃壁の外のリンパ節に転移します。      
血行性転移/胃壁から静脈を経由して胃以外の臓器(肝臓、肺、脳などに転移します。      
腹膜播種性転移/漿膜浸潤し胃壁の外に達したがんは、腹腔にばらまかれた状態になります。

胃がんの分類(胃がんの深さによる)

早期胃がん:
がんの進展が粘膜または粘膜下層にとどまっているもの
進行胃がん:
早期がん以外(したがって分類上「進行胃がん」といっても、限りなく早期胃がんに近いものから、他臓器浸潤があるものまで含まれ、「進行胃がん」すなわち「治らないがん」ではありません)。

胃がんの進行度

日本には「胃がん取り扱い規約」という胃がんの進行度を表す際の共通の約束事があり、胃がんの進行度はがんがどの深さまで広がっているか(T)やリンパ節転移の程度(N)などを目安に総合的に決定されます。それにより以下のようにガイドラインで推奨される治療法が変わります。

胃がんの進行度
  N0 N1 N2 N3
T1 (M:粘膜層まで) IA IB II IV
T1 (SM:粘膜下層まで) IA IB II IV
T2 IB II IIIA IV
T3 II IIIA IIIB IV
T4 IIIA IIIB IV IV
H1,P1,CY1,M1,再発 IV IV IV IV

H1:肝転移あり P1:腹膜播種あり CY1:腹腔内洗浄細胞診陽性 M1:遠隔転移あり

胃がんの治療

ガイドラインに沿ったステージ別治療法の詳細はこちらをご覧ください。

ステージ別治療法
ステージ   治療法
IA T1粘膜がん、分化型、腫瘍径2cm以下、陥凹型は潰瘍形成なし 内視鏡的粘膜切除(EMR)
上記EMRが適応にならない粘膜がん 縮小手術(胃の2/3未満の切除+近くのリンパ節郭清)
T1粘膜下層までのがん 縮小手術(胃の2/3未満の切除+少し遠くのリンパ節郭清)
IB N1、腫瘍径2cm以下
N1、腫瘍径2.1cm以上 定型手術(胃の2/3以上の切除+遠くのリンパ節郭清)
T2、N0
II  
IIIA T4を除く
T4、N0 拡大手術(定型手術+他臓器合併切除)
IIIB T3、N2 定型手術(胃の2/3以上の切除+遠くのリンパ節郭清)
T4、N1 拡大手術(定型手術+他臓器合併切除)
IV 根治切除不能、切除不能 拡大手術、姑息手術、化学療法、放射線療法、緩和療法
再発例  

胃がんの定型手術

Billroth-I 法(ビルロート-1法)による再建

Billroth-I 法(ビルロート-1法)による再建

Billroth-II法による再建

Billroth-II法による再建

幽門側胃切除術:胃の出口側2/3を切除し、第2群までのリンパ節郭清(リンパ節を切除すること)を施行します。残胃と十二指腸または空腸をつないで再建します。

Roux en-Y 法による再建

Roux en-Y 法による再建

胃全摘術:胃を全部切除し、第2群までのリンパ節郭清を施行します。十二指腸を閉鎖し、食道と空腸をつないで再建します。

当科における胃がん治療

当科における胃がん手術の工夫

0. 内視鏡的粘膜切除術 (EMR)

内視鏡(胃カメラ)で見ながらがん部を取り去る方法で、リンパ節転移の危険性がほとんどない場合に可能です。この治療ですめば患者さんの負担は著しく軽くてすみます。ですから、他院から当科に紹介された患者さんでも、再検討し適応があれば当院消化器内科で施行していただきます。ただし、切除した病変を顕微鏡で検査しリンパ節転移の可能性が高ければ、手術による切除をすすめる場合もあります。

1. 腹腔鏡下手術

内視鏡的粘膜切除術と比較して十分な切除範囲を得られる上、開腹手術と比較して低侵襲であることから術後早期の回復が可能な方法です。1cm径の管をお臍の近くの腹壁に挿入し、そこから腹腔鏡というカメラをお腹の中に挿入してモニターで観察しながら、他の数カ所から入れた鉗子を使って手術をします。それに加えて、通常の開腹術よりも小さな4〜5cmの傷を加えることで、通常開腹で施行するのと同様な範囲の手術も可能になってきました。腹腔鏡手術については別項にも詳しく説明しています

2. 機能温存手術

当科では、胃の出口(幽門)の重要な機能に注目し、幽門の血流とその運動を司る神経(迷走神経)を損なわずに幽門を残す、幽門機能温存手術を他施設にさきがけて施行してきており、実績をあげています。


胃の出口である幽門を残します。同時に、従来の胃切除術(幽門側胃切除)では切離していた迷走神経肝臓枝を残します。こうすることで幽門の機能が保持されます

胃の出口である幽門を残します。同時に、従来の胃切除術(幽門側胃切除)では切離していた迷走神経肝臓枝を残します。こうすることで幽門の機能が保持されます

幽門保存胃切除術の再建図。口側の残胃と幽門を吻合します

幽門保存胃切除術の再建図
口側の残胃と幽門を吻合します

a, 幽門保存胃切除:胃の中央近くに早期がんがある場合に施行可能です。幽門側胃切除に比較して、胃の出口である幽門を残し、胃からの食物の排出をコントロールしダンピング症候群(胃に食物が貯留せずにすぐに腸に通過してしまうことによる種々の症状のこと)を防止し、消化液の逆流を防止して残胃炎を減らします。


噴門側胃切除術の再建図。幽門保存胃切除術と同様に迷走神経肝枝を残します。食道と残胃を吻合します

噴門側胃切除術の再建図
幽門保存胃切除術と同様に迷走神経肝枝を残します。食道と残胃を吻合します

b, 噴門側胃切除:胃の上部に早期がんがある場合に施行可能です。胃の出口である幽門を残し、胃からの食物の排出をコントロールしダンピング症候群を防止するとともに、十二指腸からの消化液の逆流を防止し、残胃炎と逆流性食道炎を減らします。胃全摘術に比較し残胃による食物の貯留能が確保されます。


噴門側胃亜全摘兼空腸嚢間置術の再建図。小腸を用いて代用胃を作製し、食道と残した幽門の間をつなぎます

噴門側胃亜全摘兼空腸嚢間置術の再建図
小腸を用いて代用胃を作製し、食道と残した幽門の間をつなぎます

c, 噴門側胃亜全摘兼空腸嚢間置術:胃の上部〜中部に進行がんがある場合に施行可能です。胃の出口である幽門以外の胃を切除後、40cmほどの小腸を用いて代用胃を作製し、食道と残した幽門の間をつなぐ方法です。胃の出口である幽門が残るため、胃全摘術に比較してダンピング症候群や消化液の逆流が少なく、代用胃により食物の貯留能が確保されます。

3. 術前化学療法

手術前の診断でがんの周囲への浸潤やリンパ節転移が明らかで、手術でそれらの一部が遺残する可能性がある場合、手術に先立って抗がん剤による化学療法を行う場合があります。この方法でがんを縮小させてから手術を行うと、より根治的な手術が可能になる場合があるからです。定型手術のリンパ節廓清範囲を越える転移が疑われる場合に低容量CDDP+5-FU点滴静注、S-1経口、S-1経口+CDDP点滴静注などを用いて施行しています。

4. 術後補助化学療法

手術後の再発予防に行われる治療ですが、まだその効果がはっきりとは確認されておりません。ですから当科では患者さんとよく相談したうえ、薬を服用していただくかを決めています。切除標本でリンパ節に転移を認めた場合、フッ化ピリミジン系抗がん剤を投与する場合があります。手術時明らかな腹膜播種(がんが胃壁を破って外側の腹膜にまで至りがんの塊をつくること)を認めなかったものの、顕微鏡で見てがんが胃壁に露出している場合にも抗がん剤を投与する場合があります。この場合、S-1経口またはS-1経口+CDDP点滴静注を用いて施行します。

5. 再発がんに対する治療

再発様式により様々です。例えば肝転移が認められた場合、その転移が一個であれば肝切除を考慮します。多発性であり切除しきれないと判断される場合、肝臓に流れる動脈に細い管(カテーテル)を入れ薬剤の入口(リザーバー)を皮下に埋め込み、そこから定期的に抗がん剤を注入する治療法もあります。それ以外にも、経口・点滴で抗がん剤(S-1,CDDP,CPT-11,パクリタキセル,ドセタキセルなど)を組み合わせて行う全身化学療法があります。

当科における胃がん手術後のステージ別5年生存率

胃がん術後の成績は、進行度により大きな違いがあります。当科において1996-2000年に手術を施行した患者さんのステージ別5年生存率を示します。(このデータは他の病気で亡くなる方も入れた計算ですので、がんの再発による死亡だけであればもう少し生存率は増加します。例えば、ステージIAの場合、他の原因による死亡を除くと生存率は100%です。)

胃がん ステージ別 5年生存率

胃がん ステージ別 5年生存率 (1996〜2000年 手術症例)

クリニカルパスという羅針盤

クリティカルパス

クリティカルパス
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クリニカルパスとは、病気を治すうえで必要な検査や手術などをまとめた診療スケジュール表のことです。このシステムはアメリカで始まり、日本には1990年代半ばに導入され、現在徐々に普及して来ています。従来、患者さんに対して行われる医療は、同じ病院でも、担当医師の経験や判断によって違う方針がとられることがありましたが、医師・看護師が集まって時間をかけて検討し、それをひとつのスケジュールにまとめたものです。

病気の治療内容と入院後のスケジュールを明確にすることで、患者さんはどんな検査があって、いつ手術をして、いつ頃には退院出来るかということがわかるので、入院生活の不安を少しでも解消できます。また医療スタッフにとっては、どのような医療行為をいつ、誰が行うのかが明確になるので、チームとしての医療サービスをスムーズにしかも遅れや間違いがなく提供できるようになります。すなわち、クリニカルパスは患者さんと医療スタッフ両者に羅針盤の役割を果たします。

当科では、チーム医療の推進と均質な医療の提供に主眼を置き1998年に胃がん治療のクリニカルパスを導入し運用してきました。その結果、総入院期間は導入前の32.5日から導入後は21.4日と短縮し、その分治療費も大幅に軽減されています。また術後合併症は導入前の14.5%から導入後8.4%に減少しました。すなわち同じ手術でも入院期間が短く、リスクが少ない手術が可能になったことを示しています。

このクリニカルパスは、入院時に説明した上で手渡されます(クリニカルパスの表(PDFファイル))。

胃がん治療を受ける患者さんへ

術後晩期合併症

1. ダンピング症候群:
胃切除により食物が急に腸へ流れ込むためにおこる症状です。発汗、動機、全身倦怠感などが急激に出現します。食後30分以内に起こる場合は血液中に増加するホルモンが原因であり、食後2〜3時間で起こる場合は低血糖が原因であるとされています。対策は、食事にゆっくり時間をかけることと、低血糖症状にはあめ玉、氷砂糖や甘い飲み物を摂ることがあげられます。予防法としては、食後2時間位におやつをたべることも有効です。
2. 残胃炎:
幽門が切除された場合、十二指腸から分泌される消化液が残胃に逆流し残胃粘膜に炎症を起こすものです。構造上の問題であり完全に予防することはできませんが、症状は内服薬で軽減できます。
3. 逆流性食道炎:
噴門が切除された場合、逆流防止機能が損なわれて起こります。苦い水が上がってきたり、胸焼けの症状を来します。食事療法の原則を守っても改善しない場合、薬剤治療を行います。
4. 貧血:
胃切除に伴う鉄分やビタミンB12の吸収不良によりおこります。特に胃全摘術後の発生率が高く術後数年してから発症するので、定期的な採血検査を施行し、必要に応じて不足分を注射で補います。
5. 骨粗鬆症:
胃切除に伴うカルシウムの吸収不良によりおこります。骨のカルシウムが減少して骨が弱くなり骨折し易くなります。定期的な検査を施行し必要に応じてカルシウムやビタミンDを補います。
6. 胃切除後胆嚢結石症:
胃切除に伴い胆嚢につながる神経(迷走神経)が切れて胆嚢の運動が悪くなることでおこります。当科では幽門が残る術式の場合、迷走神経を切らないで手術を行い胆嚢の運動能を温存することで胆石の発生を予防しています。
7. 腸閉塞:
腸液の流れが悪くなりガスや便が出なくなる状態です。お腹の術後はすべての人で癒着がおこり、その程度と場所は様々ですが、特に腸が折れ曲がって癒着した場合に腸液の流れが悪くなります。腸閉塞は絶食や鼻から胃に入れた管から胃液を吸引することで改善する軽度なものから、癒着を剥がすなど手術が必要な場合まであります。特に腸が捻れて腸管に行く血管も締められると、腸が壊死に陥り穴が開き危険な状態になります。腹痛が強い場合は、迷わず主治医に相談して下さい。

胃切除後の食事療法の原則

  • 少量頻回の食事: 胃の縮小あるいは喪失により貯留能が低下します。特に術後早期には間食を併用し、全体として摂取カロリーが増すように工夫しましょう。
  • 早食い大食い禁止: 食事にかける時間は長くし、食事量は控えめにしましょう。これが大原則です。
  • 内容はバラエティー豊かに: 退院後は、偏食せず繊維質の食物も含め数多くの食材を楽しみながら摂取しましょう。もちろん、肝機能が良ければアルコールも飲んでかまいません。不安な方は、外来で管理栄養士による栄養相談も受けることもできますので、外来担当医に御相談下さい。
  • 食後の姿勢: 噴門が切除された術式(噴門側胃切除術、胃全摘術)では、食後30分位は座位になり、横になる場合上体を20度くらいに挙上するのが、食物や消化液の逆流を予防する上で有効です。