衛生学から環境保健学へ



はじめに


 秋田大学医学衛生学講座は、学年進行で開設されたため、昭和46年4月に開設された。初代教授は、東北大学医学部衛生学講座助教授から転任してきた加美山茂利である。その後、平成5年8月に秋田大学衛生学講座助教授から昇任した小泉昭夫が2代目教授となった。平成12年4月に小泉の京都大学への転出にともない、平成13年1月より帝京大学医学部衛生学公衆衛生学講座助教授であった村田勝敬が3代目教授となった。衛生学講座の名称は、医学部大講座制への移行に伴い社会環境医学講座環境保健学分野に、そして大学院医学系研究科への移行により秋田大学大学院医学系研究科医学専攻社会環境医学系環境保健学講座(環境保健学分野)と変更された。



衛生学教室の人事の変遷

A.加美山教授時代

 昭和46年4月開講時の陣容は、東北大学から赴任した加美山教授、尚絅女学院短期大学部助教授から赴任した小林悟助教授、この年の3月に東北大学薬学部を卒業した道岡攻助手の3名であり、その後9月に三島学園女子短期大学から赴任した島田彰夫助手が加わった。開講当時は11月の新校舎移転まで手形キャンパスの旧地下資源施設2階西端の5室を割り当てられ、この仮研究室で秋田大学医学部衛生学講座は産声を上げた。
 加美山は、4月20日午後3時より、教育学部(現教育文化学部)2号館で医学部2年次の学生に対し衛生学の初講義を行った。
 昭和60年3月に小林が東北福祉大学教授として転出するまでは開講時の教官スタッフが教育研究に当たった。この間、大学院生として水野康司が進学昭和61年3月に修了した。昭和61年2月に加美山は医学部長に選出されその職に就いた。この間、島田、山川博(昭和55年)、道岡(昭和58年)、水野(昭和61年3月)が学位を取得した。
 昭和62年3月より米国留学を終えた小泉は、東北大学に復職後、秋田大学に助教授として赴任した。同年4月より和田安彦が研究生となり昭和63年4月より大学院生として進学した。また、加美山は昭和63年に学部長に再選された。この時期から麻酔科との臨床中毒に関する研究交流が始まり、長谷川淳一、大高公成、松本純一、山崎豊の4名が立ち替わり麻酔−衛生学教室との共同研究に参加し、各々平成2年3月(長谷川)、平成6年3月(大高、松本)、平成7年3月(山崎)に学位を取得した。
 疫学分野の研究生として、昭和61年に大久保俊治(元平鹿病院院長)が加わった。さらに岩手県衛生研究所から斉藤憲光が疫学研究で加わったが、小泉との共同研究が進み、ディーゼル排ガスに関する環境衛生へとシフトした。平成2年には3人目の大学院生、浜出直人が進学した。
 和田は平成4年3月に大学院を修了し、学位が授与された。和田は、大学院修了と同時に秋田県から請われ、平成4年4月より大館保健所長に就任した。また斉藤も平成5年3月に学位が授与された。
 島田は、平成5年1月に助教授に昇進し、同年4月宮崎大学教授として転出した。この間技官は、石川孝子、照井久美子、田近(旧姓那須)久美子、三浦(旧姓佐々木)恵子、塚田三香子(平成5年10月より助手)らが在職した。
 なお、加美山教授は平成5年4月より本学名誉教授であったが、平成24年6月29日膵臓癌のため84歳で逝去された。




B.小泉教授時代

 平成5年3月末の加美山教授退官を受け、平成5年8月に後任の教授に選ばれた。4月より大学院生として茂木隆が進学した。同年10月より塚田が助手に昇任した。また道岡は、平成5年4月より講師に昇任、平成6年3月助教授に昇任し、同年6年4月に尚絅女学院短期大学部教授として転出した。
 平成6年4月には和田が講師として母校に戻り教育研究に励むことになった。この年から、第一外科学講座の大学院生である吉岡政人が教室で研究し、平成7年4月からは佐々木昌弘と利部徳子の2名が大学院生として進学した。本学卒業の嘉陽毅は群馬大学大学院を修了し助手として参加した。ここに、教授1、講師1、助手2、大学院生3の活気溢れる教室が出来ることになった。この間、平成8年9月に大久保は茂木の協力を得て学位を取得した。平成7年9月には、中国医科大学から金一和講師が来日し、その後一時帰国し、平成10年3月に学位を取得した。
 平成9年には、吉岡と茂木は大学院を修了し、吉岡は第一外科に戻り、茂木は産業医として東芝愛知工場に就職した(現、岩手県予防医学協会産業保健部長)。研究生として堀内和之(秋田県)、城内博(現、日本大学教授)、石塚正敏(現、跡見学園女子大学教授)、進藤伸一(現、秋田大学医学部保健学科教授)、長谷山俊之(現、長谷山内科医院院長)が教室に参加し、大学院生として大畠智明が参加し平成10年3月から平成12年3月にかけて、それぞれ学位を無事取得した。
 平成10年10月より国費留学生として鄂 暁飛が中国医科大学より来日し11年4月より大学院に進学した。
 平成10年4月には、塚田が聖霊短期大学助教授として転出した(その後平成12年より教授に昇任)。その後任として野崎潤一が直ちに採用された。平成11年7月から嘉陽は小泉の米国留学時代の同僚であるウイスコンシン大学Weindruch教授の元へ留学した。また、平成12年4月には大学院生として嶽石(結婚後、日景)美和子が進学した。この間、技官は塚田の昇任とともに、成瀬真弓が奈良女子大学から赴任し、成瀬の席は定員削減として利用され、平成8年3月に退官し、その後同年4月より平沢富士子が公衆衛生学講座より異動してきた。


C.村田教授時代

 小泉教授が平成12年4月に京都大学へ異動した後、平成13年1月に後任教授として赴任した。同年2月には和田が兵庫医科大学衛生学講座助教授(現、和歌山県の保健所長)として転出した。これに伴い、山口大学医学部衛生学講座助手であった廣澤巌夫が平成13年4月助教授として異動し、また帝京大学医学部衛生学公衆衛生学講座助手であった岩田豊人が平成13年10月助手(現、助教)として異動した。
 平成15年4月に廣澤は関西福祉科学大学健康福祉学部教授として転出した。同年3月には中国医科大学から留学していた大学院生の鄂が小泉教授の指導下で学位を取得した。同年6月には嘉陽が辞職した。平成16年3月に大学院生の嶽石が学位を取得し、同年4月から助手として採用された。技官は平沢のテクニカルセンターへの異動に伴い、小玉敏春が平成15年4月に動物実験施設より異動してきた。また、石井範子(現、秋田大学医学部保健学科教授)が平成13年4月に進学し、平成17年3月に学位を取得した。
 平成18年4月に小玉技術専門職員の医学部総務課への異動に伴い、阿久津雅典助手がテクニカルセンターから異動してきた。三瓶まり(現、島根県立大学看護学部教授)は鳥取大学大学院医学研究科を中途退学後、来秋を機に、平成15年10月に大学院2年生として進学し、平成18年9月に学位を取得した。
 平成15年4月に大学院に進学した大野智子(現、青森県立保健大学准教授)および長嶋(旧姓黒沢)智子(現、聖霊女子短期大学教授)は各々平成19年3月および9月に学位を取得した。さらに、平成16年4月に大学院に進学した佐々木真紀子(現、秋田大学医学部保健学科教授)は平成20年3月に学位を取得した。なお、同年11月30日に日景(旧姓嶽石)美和子は多くの研究成果を残して助教を辞職した。
 平成21年4月より秋田大学医学部基礎医学棟は耐震および改修工事に入り、平成22年3月には装い新たな教室となった。また、自治医科大学薬理学講座環境毒性学部門准教授であった堀口兵剛が平成23年4月に准教授として異動した。平成21年4月よりに当教室大学院生になった福岡敦子(現、東北生活文化大学家政学部講師)は平成25年3月に学位を取得した。その後、平成26年5月に堀口は北里大学医学部衛生学講座教授として転出した。平成28年4月より、この年に東京大学大学院博士課程(公衆衛生学専攻)を修了した前田恵理が助教として加わり、さらに同年12月より東北大学大学院医学系研究科発達環境医学分野から龍田 希が特任助教として異動してきた。なお、平成29年3月31日付けで阿久津雅典助手は定年退職した。
 平成29年4月より南園佐知子助教が地域政策医療学講座から異動してきた。同年6月より龍田 希助教は(秋田で3編の研究業績を残し)古巣の東北大学大学院医学系研究科発達環境医学分野に異動した(平成30年4月より同分野講師に昇任)。平成22年4月に大学院に進学した榎真美子は途中子育て等の多難にも打ち勝ち、平成30年3月に学位を取得した。
 平山純子は平成30年3月26日より任期付き技術系職員として採用され、本講座で(平成31年3月末まで)勤務した。平成30年4月1日より、南園助教は古巣の公衆衛生学講座に異動した。同日より、前田恵理助教は講師に昇任した。平成31年3月、当初公衆衛生学講座の大学院生であった佐々木久長(現、秋田大学医学部保健学科准教授)は同講座本橋豊教授の退職により環境保健講座に移り、平成31年3月に学位を取得した。また、同時に2年間の研究生を経て、田中央吾(現、厚生労働省)も学位を取得した。
 平成31年3月31日、環境保健講座村田教授は定年退職した。なお、平成31年4月1日より、環境保健学講座と公衆衛生学講座は合体し、衛生学公衆衛生学講座(Department of Environmental and Public Health)として野村恭子教授が担当することとなった。




研究の概要


A.加美山教授時代

1)カドミウムの生体に及ぼす影響

 昭和47年に秋田県における休止鉱山から流出したカドミウムによる土壌汚染とそれによる健康影響が社会問題化した。加美山は、地域の環境問題を解決すべく秋田大学を上げてこの問題に取り組んだ。この取り組みは、その後10年にわたって営々と続けられ、汚染地域における住民健康診断は学内の臨床講座の協力を得て、関係する全市町村を対象に粘り強く行われた。その成果は、環境庁を通じ海外にも知られスウエーデンのKalorinska InstituteのDr. Kjellstromが2度にわたり本教室を訪れることになった。

2)胃ガンの死亡率の地域差と食事中の変異源因子の研究

 加美山は元々東北大学医学部医化学講座の出身であり、米国留学中には当時の最先端成果学的手法を身につけていた。帰国後当時東北大学医学部衛生学講座の高橋英治教授に請われ同学衛生学講座に助教授として転出した。東北大学在任中より秋田県におけるフィールド調査を手がけておりその成果は共同研究者として東北地方における高血圧の疫学的解明に重要な貢献をした。さらに東北大学在任中より産業衛生の一部としての農村衛生に積極的に取り組み食生活の重要さを実証的に証明していた。この手法は秋田大学でさらに精緻化され、後に疫学研究で標準的手法となる「蔭膳方式」として結実する。
 加美山の秋田大学における最重要テーマである胃ガンの臨床疫学的検討は、昭和47年にスタートした。後に加美山の述懐にもたびたび登場するように重要なインパクトを与えた恩師の一人として東北大学の瀬木三雄名誉教授を忘れることが出来ない。
 加美山は、当時の教室員(島田、道岡)および研究生の山川博(現、山川内科医院長)らの協力を得て研究を精力的に進めた。その後、昭和50-55年には当時最先端の技術であった変異原性試験を世界で初めて適用し、胃ガン多発地帯の食事では変異原性が高く、逆に低発症地域では変異原性が低いこと、さらに、その原因として食事中の緑黄色野菜の量が重要であることを実証した。この成果により昭和55年度朝日学術奨励賞が贈られ、平成4年には河北文化賞の栄誉に輝いた。また、秋田大学への永年の貢献もあり、平成19年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章した。

B.小泉教授時代

1)X染色体の不活性化解除に関する発見

 女性では、X染色体は2本存在するが、細胞当たりで見ると一本の染色体上の遺伝子が発現されもう一方のX染色体上の遺伝子は不活性化され発現されない(Lyonization)。しかし、加齢によるX染色体の不活性化が解除されるかどうかは、老化を理解する上で非常に重要であるにもかかわらず証明の難しさから不明であった。1987年に、組織特異的な遺伝子においてはX染色体の不活性化が解除されるとの報告がなされた。この報告を受け触発され、組織特異的発現をしないpgk-1を指標に検討することを思い至り、北海道大学の高木助教授(当時)よりT16H+/+Taおよび国立ガンセンター田ノ岡部長よりPgk-1a/Pgk-1bをもらい受け交配した。1988年の5月より塚田が出産より復帰しこの研究は進展し、加齢に依ってもhouse keeping gene ではLyonization が解除されないことを発見し塚田を筆頭著者として報告した。現在に至るまでこの論文は多くの総説に引用され、現在house keeping geneと組織特異的な遺伝子との差は定説となり、そのメカニズムが研究されている。

2)エネルギー制限による老化遅延のメカニズム

 エネルギー制限は寿命延長効果があることが知られているがそのメカニズムは不明であった。我々は、まず乳癌好発マウスを用いエネルギー制限の効果を検証し、レトロウイルスの一つであるMMTVの遺伝子発現がエネルギー制限で減少することを証明した。さらに、エネルギー制限による抗腫瘍作用が代謝過程と関連するかどうか検証するために肺ガン好発マウスであるA/Jマウスにアスベストを暴露し肺ガン抑制作用を観察した。この結果、エネルギー制限では細胞分裂速度が抑制された結果肺ガン抑制効果がでたものと結論された。以上の成果により小泉は1992年日本衛生学会奨励賞を受賞した。また、その後、エネルギー制限が低体温をもたらすことを見いだし、この結果細胞分裂が抑制されることを証明した。さらに、この低体温状態への馴化が考えられたため、マウス心臓において寒冷曝露に対する生理的安定性を調べたところ、低体温状態でも膜電位は脱分極状態に保たれることを和田は証明した。これら研究は、秋田大学医学部における多くの共同研究の成果であり、中でも第2病理学講座の増田弘毅教授、動物実験施設の松田幸久助教授、薬理学飯島俊彦教授との共同研究は秋田大学の講座を越えた研究活動のたまものであり我々は大いに吸収するところが大であった。

3)産業中毒および産業衛生

 O,O,S-trimethylphosphorothioate(OOS-TMP)はmalathionおよびparathionはじめ多くの有機リン農薬に含まれる不純物である。純度の低い有機リン農薬には高濃度に含まれている。パキスタンにおける国際協力事業で有機リン農薬の援助がなされ、散布時に多くの犠牲がでた。原因は不明であったため、原因の究明が行われOOS-TMPが疑われることになった。我々はOOS-TMPを用いCholinergic 以外の毒性として肺毒性が知られていたがその死亡に至る過程でcachexia の原因が不明でありこの解明に取り組んだ。その結果、長谷川淳一、大高公成、山崎豊、浜出直人らによってCO2 narcosis を来たし体温低下を生じcachexia に至る過程が解明され決着をみた。
 ついで、1993年に起きた飯島製錬所と福島の東亜亜鉛における事故の研究が上げられる。1970年頃より全国各地で亜鉛鉱から亜鉛を精錬し、同時に硫酸を作る行程で亜硫酸ガス中毒が発生することが知られていた。1993年の7月に福島および秋田で相次いで製錬所で事故が発生し、福島では3名の死亡者がでた。秋田でも20名以上の被災者がでた。小泉は秋田県労働衛生指導医として事故の検討に当たり、当時の被災者が亜硫酸ガスに対する防護をしていたにも関わらず被災していた事実に気づき亜硫酸ガス以外の原因を探り、溶断パイプ内部に付着していた泥の中に大量の水銀が存在する事実に着目し水銀および内部に付着するヒ素など重金属ヒュームによる金属熱であるとの結論に達した。この事実はLancetにFull paperとして掲載され、国際的注目を集め重金属の付着が疑われるパイプ溶断作業においてはエアーラインマスクを着用するよう労働安全衛生法が改正された。さらにLancetよりCommentary の執筆依頼を受け、「Fighting myths」と題して根拠のない推測が組織事故を繰り返す要因であることを警鐘した。
 また、産業衛生学分野で、茂木隆と佐々木昌弘は重要な発見をした。彼らは、夜勤時において看護職女性、救急救命士が低血糖状態に成ることを世界で初めて実証した。夜勤時低血糖に陥る結果、認知機能などの低下の可能性があり現在問題となっている医療事故の原因として重要なHuman Factorの一つであり心理学的分析が望まれる。

4)Akita mouse の発見

 第一外科学から小山教授のご高配で吉岡政人が来室する事になった。彼は当時肝臓グループであり移植に興味を持っていた。肝移植の経験は衛生学にはなく当時は指導できるかと不安を覚えたが吉岡の楽天性と粘り強い性格に大いに予感があった。彼は、薬剤で糖尿病を起こさせたC57BL/6マウスにInsulinomaを移植し、その経過をみる作業に取り組み日夜奮闘していたが、その過程で対照群にいる一匹の非常に血糖の高いマウスを見いだした。このマウスが自然発症の糖尿病モデルマウスとなる可能性が考えられた為、とりあえずこのメスマウスを雄マウスに交配し経過を見ることにした。幸いなことにこのマウスはかなりの高齢にもかかわらず5匹の子孫を残した。この5匹の中にやはり血糖の高いマウスが見いだされ、常染色体優性遺伝形式で伝わる若年発症糖尿病モデルマウスとなる可能性が示唆された。そこで、繁殖を行うことにし形質の分離分析を行った。約3世代目でほぼ常染色体優性の見通しがつき、関連する遺伝子の配列決定が行われた。この過程で宮村(皮膚科・助手)の参加もあった。候補遺伝子が何れも陰性であったため、連鎖解析に取り組むことにした。連鎖解析には不慣れであったが、以前から病態モデルマウスの開発への執念は、連鎖解析のソフト、microsatellite markerの検討をへて、C57BL/6マウスであるFounder strain とC3H/Heとを交配し連鎖解析へと結実した。この過程で大学院研究生として池田鶴美(後に大学院へ進学)が参加し、嘉陽も秋田大学に就職後も群馬大学で学位の残務整理を終え、合流する事になった。その結果、交配、PCR、連鎖解析の3つが機能的に回り比較的早期に責任遺伝子座(Mody)がChromosome 7の70cMにあることが見いだされた。その後、本マウスはInsulin遺伝子のa鎖6番目のcystein 残基が変異によりtyrosineに変化する事が証明された。この結果b鎖6番目のcystein 残基との間でdisulfide bondが形成されずConformational な異常を来たし糖尿病に至るものと考えられた。この成果により吉岡政人は秋田医学会学術奨励賞に輝いた。現在もMolecular mechanismについては検討を継続している。現在、Akita mouseは特許申請中であり、国内で市販され、米国でも供給され今や多くの研究室で利用されつつある。また本マウスについては腎合併については第三内科の長谷山俊之、尿細管障害については秋田県職員の堀内一之、近位尿細管の急性期の反応については老年科大学院生の藤田俊樹が精力的な研究を行った。

5)遺伝疫学の展開

 Akita mouseにおける連鎖解析の成功は、ヒトへの応用についても我々に多大の自信を与えた。この成果を得て、本学小児科学講座との研究が本格的始まった。まず当初Lysinuric protein intolerance (LPI)の遺伝子座が未知であり秋田県に比較的大きな家系が存在したため対象とすることにした。しかし、丁度そのころ遺伝子座が明らかにされ我々は、全身性カルニチン欠損症の遺伝子座を検討することになった。この症例は小児科の荘司助手が苦心を重ね診断を下した症例であった。この症例1例で連鎖解析は絶望的であると思われたが、文献によりヘテロ保因者では血清カルニチン値が正常者にくらべ低いこと予想され(carrier state)たため連鎖解析を行うことにした。その結果幸運にも5番染色体に強い連鎖を証明することが出来た。また、我々の結果と平行し未知のトランスポターであるOCTN2遺伝子をCloningした金沢大学グループとの共同で我々が連鎖を証明した領域に存在するOCTN2が原因であることが突き止められ全身性カルニチン欠損症の原因が突き止められた。さらに、この成果をさらに発展させPopulation based genetic epideimology を展開し秋田県ではほぼ100名に一名の割合でヘテロ保因者が存在すること、さらに家系に調査で乳児の突然死の原因となることを証明した。荘司はこの研究をもって秋田医学会学術奨励賞を受賞した。
 さらに、大畠は、この外Wolfram syndromeの遺伝疫学調査でヘテロ保因者では難聴が多いことを見いだした。また当初の懸案であったLPIについては共同研究者の荘司らによって見いだされたR410X変異が岩手県北部の6家系で共通し、東北地方に於けるLPI患者がヘテロで有することを見いだした。その結果R410X変異はFounder mutationであると考えられ現在多発地帯である岩手県北部でLPIのマススクリーニングが行われるに至った。

6)その他重要な発見

 斉藤憲光はディーゼルエンジンから排出される1-nitropyreneの研究をすすめ1-nitropyreneが紫外線により9-hydroxy-1-nitropyreneに変化し変異原性が減少することを証明した。また、和田安彦は助教授に昇任以来疫学分野を塚田助手と担当し多くの成果を上げた。また、研究生とはいえ、進藤、石塚、城内はそれぞれ独立した研究者として完成されておりそれぞれの得意分野で成果を上げ衛生学教室の研究の質の向上に貢献した。

C.村田教授時代

 前任の小泉教授とは研究スタイルおよびテーマが全く異なる村田は、ヒトの無症候性健康影響に主眼を置いた研究を秋田で展開した。

1)デンマーク自治領フェロー諸島の出生コホート研究

 1986〜87年にフェロー諸島で生まれた子どもの神経発達影響に関する調査が1993〜94年の4〜6月に行われ、その7歳児調査のうち神経生理学的検査(視覚誘発電位、聴性脳幹誘発電位、心電図R-R間隔変動、身体重心動揺検査)に村田が参加した。その後14歳児調査が2000〜01年の4〜6月に行われ、再び村田はフェロー諸島に出かけて測定を続けた。この諸島では妊婦を含む住民がゴンドウ鯨を習慣的に食べており、高濃度のメチル水銀曝露の可能性が指摘されていた。実際、1986〜87年のコホート登録時に鯨および魚の摂食回数の調査が行われ、かつ母親の出産時毛髪水銀濃度、臍帯血水銀濃度なども測定された。
 フェロー出生コホート研究の14歳児調査では、聴性脳幹誘発電位、視覚誘発電位、事象関連電位(P300)、心電図R-R間隔変動(自律神経活動機能の評価)が行われた。聴性脳幹誘発電位のVおよびX頂点潜時とT-V頂点間潜時は臍帯血水銀濃度の増加に伴って延長した。その上、V-X頂点間潜時は14歳児毛髪水銀濃度(幾何平均0.96、0.02〜9.65μg/g)と有意な正の関係があった。これは、聴神経の末梢側は胎児期メチル水銀曝露によって不可逆的影響を受け、一方聴神経の中枢側(間脳〜脳幹部)は生後のメチル水銀曝露により影響を受けることが示唆された。
 胎児期の低濃度メチル水銀曝露が血圧上昇と関連することがフェロー研究の7歳児で示されたが、14歳児でも同様の変化が認められるか、また血圧制御に関連する自律神経機能への影響はどうなのか検討された。7歳児および14歳児とも、収縮期血圧は(副交感神経機能の低下による)交感神経優位の状態と関連した。14歳児の血圧と出生時水銀濃度との関係は7歳児のパターンとほぼ同様であったが、統計学的に有意でなかった。一方、自律神経機能の交感神経および副交感神経活動レベルは臍帯血中水銀濃度とのみ有意な負の関連を示した。しかし、7歳児および14歳児の毛髪水銀濃度との有意な量−影響関係は認められなかった。
 胎児期の低濃度メチル水銀曝露による脳神経への影響として、これまでに聴性脳幹誘発電位影響が見られた。フェロー諸島7歳児139名のコホート(視覚異常のあった児を除く)において、メチル水銀曝露と視覚誘発電位潜時の単相関は必ずしも有意とは言えなかったが、交絡因子の影響を除外すると、出産時母親毛髪水銀濃度の増加に伴い視覚誘発電位のN145潜時の延長と関連があった。

2)わが国におけるメチル水銀曝露と小児神経発達との関係

 平成14〜15年に環境省から、わが国におけるメチル水銀曝露と小児神経発達の関係を調べるよう研究委託された。村田、岩田、嶽石は秋田および鳥取県内の小学1年生(7歳児)の親に研究の内容を説明し、同意の得られた母子327組に母子の毛髪を採取するとともに、子どもの「臍の緒」を半分わけて頂けないかと申し出た。その後7歳児の神経検査として、聴性脳幹誘発電位、心電図R-R間隔変動、身体動揺検査、反応時間、ふるえ検査、共同運動検査、また母親から現在の魚介類摂取頻度アンケートを実施した。これらより、横断的研究と後向きコホート研究を行った。
 秋田・鳥取に住む7歳児の母親の毛髪水銀濃度は0.11〜6.86(中央値 1.63)μg/g(ppm)であり、日々のメチル水銀摂取量は0.77〜144.9(中央値15.0)μg/dayであった。母親の食事習慣が出産後も変わらないと回答した子ども210名における神経発達検査成績と母親毛髪水銀濃度とには有意な関連は認められなかった。一方、ポルトガル・マデイラ諸島の7歳児(母親の毛髪水銀濃度は1.12〜54.5μg/g、中央値10.9μg/g)の聴性脳幹誘発電位潜時は秋田・鳥取の子どもと比べて有意に延長していた。
 秋田・鳥取に住む7歳児のうち、136名から「臍の緒」を得ることができた。この組織中のメチル水銀濃度は0.017〜0.367(中央値0.089)μg/gであった。5分間の心電図R-R間隔時間を計測し、心臓性自律神経指標(副交感神経および交感神経活動レベル)を計算した。臍帯組織メチル水銀濃度は交感神経活動成分と有意な負の関係を示した。後向き研究に関連する潜在的な限界はあるが、胎児期メチル水銀曝露(推定の毛髪水銀換算中央値は2.24μg/g)は副交感神経活動の低下と交感神経優位状態と関連することが示唆された。
 2001年に宮城県仙台市と三陸沿岸地域で始まり、共同研究者として参加していた東北コホート調査の測定結果が、秋田・鳥取の7歳児調査を終えた頃より、徐々に出始めた。第一弾は仙台市でおこなっていた調査結果であり、最初の論文は生後3日目におこなったブラゼルトン新生児行動評価の結果であった。母子498組であり、出産時母親毛髪水銀濃度(中央値1.96μg/g、範囲0.29〜9.35μg/g)、臍帯血総PCB濃度(45.5 ng/g-lipid)、妊娠中の母親魚摂食量、臍帯血甲状腺ホルモン(T3、T4など)が測定された。この解析では、毛髪水銀濃度とブラゼルトン新生児行動評価の運動クラスター得点との間に有意な負の関連が認められ、その他の交絡因子を考慮しても有意であった。一方、PCBも運動クラスター得点と有意な負の関連があったが、交絡因子を考慮すると有意性はなくなった。
 東北コホートの第二弾目は、同じく仙台市でおこなっていた30ヵ月児306名のChild Behavior Checklist(問題行動質問票)であり、問題行動得点のうち内向尺度得点が臍帯血総PCB濃度と有意な正の関連が観察された。第一子の内向尺度および外向尺度得点が第二子以上の児と比べて有意に高く、また第二子以上の児でPCB濃度が高くなるにつれ問題行動の内向尺度得点と有意に関連することが示された。
 次に、東北コホートの中の仙台コホートの42ヵ月児387名に対してKaufmanの小児発達検査(K-ABC)がおこなわれた。この時はPCBの一種である9CB濃度が高くなるにつれK-ABCの継次処理能力と認知処理能力が低下する結果が示され、またK-ABC得点は女児よりも男児で低かった。すなわち、出生時の高塩基性PCB同族体によって認知能力は障害される可能性が高く、かつ男児でその影響が出やすいと考えられた。
 仙台コホートよりも2年位遅れてスタートした三陸沿岸地域でおこなわれた東北コホート(三陸コホート)の検査成績も徐々に公表されつつある。臍帯血水銀濃度は中央値15.7 ng/g(範囲2.7〜96.1 ng/g)であり、18ヵ月児調査ではBayley発達検査(BSID-II)と新版K式発達検査(KSPD)が男児285名、女児281名におこなわれた。両検査とも女児に比べて男児で点数は有意に低かったので、男女別々に解析された。男児のBSID-IIの認知発達得点は臍帯血水銀濃度と有意な負の関連が見られ、交絡因子を考慮しても有意であったが、その他の有意な関連は男女ともに認められなかった。同時に測定されていた臍帯血セレン濃度も母体血DHA濃度もBSID-IIやKSPD得点と有意な相関を示さなかった。以上より、胎児性メチル水銀曝露は認知発達に影響し、しかも男児の方が影響が強いと示唆された。
 三陸沿岸地域で開始された東北コホート研究は、2011年3月11日の東日本大震災により、一時的に中断したが、地域参加者の協力により再開できた。この震災前後に、東北コホートの三陸コホートの7歳児調査をおこなっていた。震災前に測定の終わっていた157名の児童の臍帯血水銀濃度は中央値16.3 ng/g、出産時母親毛髪水銀濃度は2.57μg/g、7歳児毛髪水銀濃度は2.51μg/gであり、震災後に測定を終えた335名の臍帯血水銀濃度は16.1 ng/g、母親毛髪水銀濃度は2.55μg/g、7歳児毛髪水銀濃度は1.79μg/gであり、7歳児毛髪水銀濃度のみが震災後群で有意に低下していた。この低下は震災後の漁港・漁場の整備や福島原発もあって魚摂食量が低下したことによると考えられた。
 この東日本大震災の震災前に123名、震災後に289名に児童向けWechsler知能検査と自律神経機能検査が実施され、それらの解析がおこなわれた。震災後測定の学童の言語性IQが震災前測定の学童と比べて有意に低下していた。一方、震災前後のこの2群間において、出生時のメチル水銀濃度、鉛濃度、母体血DHA濃度の他、30ヵ月時のChild Behavior Checklistや42ヵ月時のK-ABC得点、自律神経機能に有意差は見られなかった。IQには生まれた時点で付与されている能力(動作性IQと言語性IQ)とともに、日々の学習等で身につく能力(言語性IQ)がある。この調査では動作性IQに差はなく、言語性IQのみ低下していたことから、震災後の授業再開までに相当日数が経っていたことや再開後も同年12月まで小学校が避難所として利用されていたことが言語性IQの低下につながったと考えられた。
 メチル水銀の健康影響に関してはフェロー諸島やセイシェルでの結果を踏まえて、欧州食品安全機関(EFSA)やわが国の食品安全委員会が魚由来のメチル水銀規制をおこなっており、前者の成果は EFSA Journal に掲載されている。但し、EFSAはメチル水銀の自律神経機能への影響を軽視しており、それに対する反論を我々はToxics誌に発表した。

3)有機溶剤作業者の神経生理学および神経行動学的影響の解析

 秋田県内には有機溶剤を取扱っている作業者が多数いる。漆器で有名な川連では仏壇製造を営む中小企業が多数ある。また、精密機器加工を行っている会社も多数あり、加工の際に付着する油の洗浄にトリクロロエチレンが使用されている。平成14年度より秋田県労働衛生指導医になった村田はこれらの会社を訪れ、従業員の健康に問題が無いかどうか検証している。
 仏壇製造を営む会社では、有機溶剤としてトルエン、キシレン、スチレン、ノルマルヘキサンなどを使用している。嶽石は作業者の心電図R-R間隔変動を図り、血中トルエンおよびキシレン濃度との関連を検討した。仏壇製造に従事する女性労働者において、血中トルエン濃度が高いほど交感神経活動レベルが低下するという関係を見出した。一方、岩田はこれら作業者の神経運動機能(身体重心動揺とふるえ)を調べ、閉眼時の前後方向の身体動揺が、対照群と比べ、有機溶剤作業者で大きくなっており、また手のふるえも同様に大きいことを報告した。
 秋田県内の企業で働くトリクロロエチレン作業者を対象として、曝露量として尿中トリクロロエタノールとトリクロロ酢酸、影響指標として身体重心動揺とふるえが調べられた。尿中曝露指標から環境中トリクロロエチレンの最大曝露レベルは22 ppmと推定された。開眼時の身体動揺指標と手ふるえ指標は対照群と比較して有意に大きくなっていた。累積曝露指標で3群に分けると、ふるえの強度が曝露量の増加に伴って大きくなった。この解析結果より、トリクロロエチレンはかなり低い曝露レベルでも神経運動機能に影響することが示唆された。また、職場環境での臨界濃度を決める際に、自覚症状だけでなく、客観的な神経運動機能測定が今後利用されるべきであることを強調した。

4)職業性鉛曝露による健康影響の解析

 鉛は古くから知られている毒性物質である。近年鉛を巡る問題は無症候性の健康影響の起こり始める濃度(臨界濃度)に関するものである。
 村田、岩田、嶽石は日本の鉛作業者から得られた血中鉛濃度(2.1〜62.9μg/dl)とδアミノレブリン酸脱水酵素活性(ALAD)、血漿、血液、尿中のデルタアミノレブリン酸(ALA)濃度から、血中鉛がこれら造血系生化学データに影響し始める濃度をBenchmark-dose(BMD)法で推定した。鉛作業者全員で解析すると、ALA濃度に影響する臨界濃度(閾値濃度)は15.3〜20.0μg/dl、ALADに影響する濃度は2.9μg/dlであった。次に、ALA合成酵素の影響が現れ始めると推定される40μg/dl以上の鉛作業者を除いて臨界濃度を解析すると、ALAに対しては3.3〜8.8μg/dl、ALADに対しては2.9μg/dlと算出された。これより、鉛の造血系への影響は10μg/dl以下で起こると考えられた。また、造血系影響はやがて貧血症状と関連する。鉛作業者(血中鉛1〜115μg/dl)の貧血指標としてヘモグロビン、ヘマトクリット、赤血球数を用いて検討すると、貧血の現れ始める血中鉛濃度は19.4〜29.6μg/dlと推定された。
 鉛の神経運動機能に及ぼす影響を評価するために、鉛作業者の血中鉛濃度(6〜89μg/dl)と身体重心動揺が調べられた。鉛曝露作業者では開眼時の前後方向の動揺を除く全ての身体重心動揺が対照群と比べて有意に大きくなった。また、これら身体の動揺に影響し始める鉛濃度は12.1〜17.3μg/dlと推定された。鉛の臨界濃度は、従来血中鉛30〜40μg/dlと考えられてきたが、さらに低い濃度でヒトに影響することが示唆された。
 これらの結果に加えて、末梢神経、中枢神経、腎等の影響を総合的に検討すると、成人の鉛による臨界臓器は神経系であり、18μg/dl以下のレベルで影響が出始め、また小児では血中鉛10μg/dl以下で知能等の高次神経機能影響が現れると考えられた。

5)看護師の健康管理に関する研究

 看護職の大学院生を迎え、看護師の健康管理に関する研究が行われた。看護師は業務として抗癌剤を取り扱うことが多く、一方抗癌剤は患者にとって治療薬であるとともに医療従事者にとって発癌作用を持つ有害物質である。石井はわが国の看護師が抗癌剤を有害物質と認識しているか、またそれらを安全な方法で取扱っているか検討した(日公衛誌 52: 727, 2005)。佐々木は抗癌剤を取扱う看護師と抗癌剤に接することのない事務員から血液を採取し、コメットアッセイ法でDNA損傷レベルを調べ、抗癌剤を取扱う看護師でDNA損傷の影響があることを示した。米国の看護師では乳癌や大腸癌の発症率が高いことが報告されているので、過去の抗癌剤曝露の有無が今後の検討課題となろう。
 交替制勤務が心疾患の発症リスクとして海外で挙げられていることに注目し、村田は銅精錬工場で働く男子交替制勤務者の心電図QTc時間が日勤者と比べ有意に延長していることを報告しているが、看護職でも日勤だけでなく夜勤もあることから、石井は交替制勤務の心臓性自律神経影響について検討した。その結果、交替制勤務をしている看護師の心電図QT指標や交感神経優位指標は日勤看護師・保健師よりも延長していることを示した。

6)有害物質のヒト健康影響の現れ始める濃度の解析法

 有害因子がヒトの健康に影響し始める濃度を毒性学的には臨界濃度と言う。この解析法として、以前はno-observed-adverse-effect level(NOAEL)法が用いられてきた。1980年代より、このNOAEL法の他にBMD法が用いられるようになってきた。特に、メチル水銀の影響が現れ始める濃度の推定として、2000年以降疫学データに適用されている。わが国では村田がBMD法の先鞭をつけた。臨床適用として、嶽石は習慣的飲酒による肝機能障害や高血圧の現れ始める濃度を推定した。BMD法は開発当初と現在で算出方法が変わりつつあり、最新の考え方は http://www.med.akita-u.ac.jp/~eisei/EFSA2009BMD.pdf を参照されたい。

7)学童前児童の睡眠影響に関する研究

 村田は初潮発来に、学童期の身長や体重の他に、平均睡眠時間の短縮が関連することを横断的疫学研究(TJEM 171: 21-27, 1993)で示したが、この小児期の睡眠時間は小児の他の健康状態にも影響する可能性がある。三瓶は心電図R-R間隔変動と血圧を測定することにより学童前児童(幼稚園児および保育園児)の自律神経機能の評価を行った。その結果、睡眠時間が短縮している幼児は、通常量の睡眠を確保している幼児と比べて、自律神経活動レベルが低下し、また収縮期血圧も低下していた。また、朝一人で目覚められない幼児は(自発覚醒できる幼児と比較し)睡眠時間が短く、副交感神経活動レベルが低く、かつ心拍数が高いことを特徴としていた。

8)生活習慣と健診データ異常との関係

 生活習慣の肝機能に及ぼす影響に関する研究の対象者は35±9歳の男性1,809名であった。質問票調査では、飲酒・喫煙・運動の習慣、睡眠時間、朝食欠食・間食の有無、夕食時間の規則性の他に昼食メニュー (持参弁当、コンビニ弁当、外食、カップ麺、おにぎり、他を複数回答) を尋ね、特に「カップ麺」を選択する場合は週当たりの個数も記入して頂いた。肝機能異常を健診機関が使っているALT 30 IU/L以上、AST 30 IU/L以上、GGT 50 IU/L以上と定義すると、有所見率は各々28.2%、14.2%、23.0%であった。肝機能指標は年齢およびBMIと有意な正の相関があり、これらは肝機能評価の際に無視できない交絡因子であると考えられた。肝障害に及ぼす影響を多重ロジスティック回帰分析で検討すると、カップ麺摂食と飲酒90.1 g/日以上がALT高値に対して、飲酒30.1 g/日以上と運動習慣がAST高値に対して、過剰睡眠、カップ麺とおにぎり摂食、飲酒0.1 g/日以上がGGT高値に対して有意に関連する要因と推定された。同じ交絡因子を用い、カップ麺摂食習慣の有無を週当たりの摂食回数に変えて再解析すると、カップ麺週1-2個摂食群のALT高値に対するOdds比は1.33 (95%信頼区間1.01〜1.75) であり、カップ麺週3個以上摂食群ではOdds比が1.47 (1.07〜2.01)、またカップ麺週3個以上摂食群のGGT高値に対するOdds比は1.42 (1.02〜1.99) であった。用量依存性が認められたことから、昼食時のカップ麺摂食習慣はALT高値に選択的に関連する要因であると推定された。なお、この因果関係の機序は不明であるが、カップ麺類100 g当たりの飽和脂肪酸量は「五訂日本食品標準成分表」によると7.31〜8.72 gであり、「穀類」の中で最も高い方に属することと関連するのかもしれない。
 高脂血症に及ぼす昼食パターンの影響を36±10歳の男性1,582名で調べた。前述した質問票調査の他に同一健診機関で測定された中性脂肪、LDLコレステロール、HDLコレステロール値を用いて解析した。生活習慣の中の昼食メニューでは、弁当 (持参・コンビニ) が56.4%と最も高く、次にカップ麺52.3%、おにぎり13.7%、外食10.2% (複数回答) の順であった。日本動脈硬化学会の定めた中性脂肪150 mg/dl以上 (高中性脂肪血症) は対象集団の17.3%、LDLコレステロール140 mg/dl以上 (高LDLコレステロール血症) は18.9%,HDLコレステロール40 mg/dl未満 (低HDLコレステロール血症) は4.7%であった。中性脂肪とLDLコレステロールは年齢およびBMIと有意な正の相関を示した。HDLコレステロールはBMIと有意な負の相関を示すが、年齢依存性は見られなかった。脂質代謝に影響する生活習慣を重回帰分析で調べると、睡眠時間、カップ麺および飲酒量が中性脂肪の上昇に、朝食欠食がLDLコレステロールの上昇に、喫煙習慣がHDLコレステロールの低下に関連した。逆に、飲酒量はLDLコレステロール低下およびHDLコレステロール上昇と有意に関連した。同じ交絡因子を全て含む多重ロジスティック回帰分析で解析すると、高中性脂肪血症に対するカップ麺摂食のOdds比は1.58 (95%信頼区間1.12〜2.22) であり、低HDLコレステロール血症に対するカップ麺摂食のOdds比は2.04 (1.15〜3.62) であった。さらに、高中性脂肪血症に対する週当たりのカップ麺1-2個摂食のOdds比は1.52 (1.05〜2.20)、3個以上のOdds比は1.67 (1.10〜2.53) であった。以上より、昼食のカップ麺摂食習慣は高中性脂肪血症や低HDLコレステロール血症の発症と関連することが示唆された。
 QT関連指標には、(QT時間)÷√(RR時間) で算出されるBazettのQTc時間や (QT時間)÷(656÷(1+0.01×(心拍数))) から算出されるRautaharjuのQT指数等がある。また、労働者のストレスには職場ストレスだけでなく家庭内ストレスもあり、このようなストレスも心血管系疾患や突然死と関連することが示唆されているので、ストレスの自律神経機能 (QT関連指標、血圧、心拍数) に及ぼす影響を検討した。対象者は19〜59 (平均35) 歳の脳卒中、虚血性心疾患、糖尿病、アルコール依存症の既往のない男性1,809名であった。質問票では職場ストレスおよび家庭内ストレス (夫婦関係、親子関係、介護、家庭内労働などを一括り) の有無の他、飲酒・喫煙・運動習慣の有無、睡眠時間などが調べられた。職場ストレス有群は全体の63.8%で、無群と比べて有意に高齢・BMI高値で、睡眠時間が短く、拡張期血圧は高く、QTc時間も長かった。家庭内ストレス有群は全体の18.3%であったが、無群より有意に睡眠時間が短く、喫煙者が多く、QTc時間およびQT指数は有意に大きかった。重回帰分析の結果,職場ストレスはいずれの自律神経機能とも有意な関連を示さなかったが、家庭内ストレスはQTc時間 (P = 0.062) およびQT指数 (P = 0.04) と関連した。血圧や心拍数はストレスとの有意な関連を示さなかった。QTc時間420 msec以上、QT指数105以上、心拍数75以上を異常、また収縮期血圧140 mmHg以上ないし拡張期血圧90 mmHg以上を高血圧として多重ロジスティック回帰分析をおこなうと、家庭内ストレスのみがQT指数の高値と有意に関連した (Odds比2.68,95%信頼区間1.05〜6.83)。以上より、QT関連指標を用いた自律神経機能に、職場ストレスだけでなく、家庭内ストレスも関連すると考えられた。
 アルコール脱水素酵素2 (ADH2,近年ADH1Bと名称変更) とアルデヒド脱水素酵素2 (ALDH2) の遺伝子型が糖尿病リスクとなるか否か検討するために、対象は定期健診時に空腹時血糖が調べられ、かつADH2およびALDH2の遺伝子型の測定に同意した男性492名 (21〜61歳) と女性183名 (20〜57歳) であった。この他、質問票で詳細な飲酒状況と喫煙習慣も調べられた。ADH2*1/*1 (不活性型),*1/*2,*2/*2遺伝子型は男性 (カッコ内は女性) で各々6.5 (7.1) %、38.0 (37.7) %、55.5 (55.2) %であった。同様にALDH2*1/*1 (活性型)、*1/*2、*2/*2遺伝子型は男性 (女性) で各々77.0 (76.5) %、21.3 (20.8) %、1.6 (2.7) %であった。男性では、ADH2*1/*1群の空腹時血糖はADH2*1/*2および*2/*2群と比べ有意に高かったが、ALDH2に関して統計的に有意な差は観察されなかった。女性では、ALDH2*1/*1群の空腹時血糖はALDH2*1/*2および*2/*2群より有意に低かったが、ADH2に関して有意差はなかった。また、飲酒量とALDH2遺伝子型との間に有意な交互作用が女性で認められた。以上より、ADH2およびALDH2の遺伝子型 (すなわち、不活性型ないし失活型) は糖尿病リスクとなり得るが、これらの遺伝子型の糖代謝に及ぼす影響には性差があると考えられた。

9)その他の重要な発見

 大野は女子大学生から頭髪、足指の爪、尿の収集と食事由来メチル水銀摂食調査を行い、爪のメチル水銀濃度から頭髪メチル水銀濃度を推定する式を確立するとともに、低濃度でのメチル水銀の腎尿細管機能への影響を明らかにした。黒沢は大気汚染の主たる原因物質である微小粒子状物質が心臓性自律神経機能と関連することに着眼し、ヒトの心拍変動と肺換気機能との相互作用を健常若年女性で解析した。その結果、安静時肺換気機能が心拍変動で評価される心臓性自律神経機能と相互に影響しあうことを示した。


基礎配属(Medical Students)


最後に


 加美山は秋田大学医学部衛生学講座の基礎を築き国際的にも通用する教室として発展させた。小泉はその加美山の基礎を土台に加美山から学んだ実証的精神と生物学的合理性を追求しようとし、発見と健康リスクの低減を追求した。
 幸いなことに加美山らの努力が実り、多くの人材が衛生学教室に往来することになった。その結果、多くの発見がなされ多くの人材が育っていった。任半ばにして小泉は、秋田の地を去ることになったが多くの人材が育ったことは小泉時代の大きな成果である。
 村田も赴任後 国際的に通用する教室作りに努力しており、このためにデンマーク・南デンマーク大学環境医学講座Philippe Grandjean教授(現、ハーバード公衆衛生大学院教授併任)、帝京大学医学部衛生学公衆衛生学講座矢野栄二教授、東北大学大学院環境保健医学講座佐藤 洋教授、国立水俣病総合研究センター坂本峰至部長との共同研究を進め( STAFF紹介)、徐々にその研究成果( PUBLICATION)を出しつつある。

 なお、本記事の多くは秋田大学医学部30周年記念史「衛生学講座」からの転載であり、その執筆者である現京都大学大学院教授小泉昭夫先生に深謝申し上げます。また、本文中において敬称を略していることに対し、登場されている先生方(在職在籍期間が半年未満は削除)にここでお詫び申し上げます。




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