アメリカ実験動物レポート(松田幸久)(第4回) 1996.5.21


安楽死法

 Euthanasia(安楽死)と言う言葉はギリシャ語のeu(good、よい)とthanatos(death、死)から由来している。安楽死とは苦痛なく生を終わらせることである。死ねば苦痛が無くなると判断されている根拠は急速な意識の消失とその後に起こる心臓の停止、呼吸器の停止のためである。

 各動物種に対して用いられる種々の方法があり、それぞれに長所と短所があるが、実験の性質により最も適切な方法を選択すべきである。
 以下に示す安楽死法の中には現在受け入れられていないものも含まれているが、参考のために記した。幾つかのものについてはAmerican Veterinary Medical Assocuationが1986年に出したPanel on Euthanasiaのコメント示した。さらに具体的な方法は1993 Report of the AVMA Panel on Euthanasiaを参照されたい。
  1. 化学薬品(非吸入)

    これらの薬品には次のものが含まれる

    1. KCL
    2. 神経筋遮断薬
    3. 包水クロラール
    4. バルビツール酸誘導体
    5. T-61安楽死用液体

     これらの薬品の幾つかは他のものと併用して使用されなければならない。安楽死を行うために幾つかの投与経路があるが、静脈内投与が最も望ましい。安楽死させようとする動物が興奮していたり、手に負えないほど暴れるような場合には精神安定剤、睡眠薬その他の鎮静剤を投与してから、安楽死のための薬物を投与すべきである。

    1. KCL
      KCLには麻酔作用がないため麻酔をされた動物に対してのみ使用すること。単独で使用された場合には、一過性の興奮を生じるであろう。

    2. 神経筋遮断薬
      神経筋遮断薬にはクラーレ、サクシニルコリン、パンクロニウム(pancuronium)、硫酸マグネシウムが含まれるが、それらは麻酔された動物にのみ使用されるべきである。

    3. 包水クロラール
      包水クロラールは催眠作用のある鎮静剤である。バルビツールのような他の薬品と共に使用する場合には人道的な安楽死法であるが、単独で使用され場合にはその効果はバルビツールには劣る。包水クロラールには刺激性があるため、静脈内投与が望ましい。しかし、単独での使用は安楽死の薬物としては薦めることができない。

    4. バルビツール酸誘導体
      バルビツール酸誘導体には中枢神経を抑制する作用があり、高濃度で呼吸中枢が機能を停止し、必然的に酸欠により心機能も停止する。安楽死を行うための量は麻酔量の約3倍である。この方法は特にイヌやネコ、ウサギ、サルを安楽死させるために薦められる。投与方法は静脈内であるが、小齧歯類に使用する場合には腹空内に投与しても差しつかえない。現在の合衆国の薬物規制ではバルビツールの使用量を厳しくチェックすることが要求されており、Drug Enforcement Agencyに登録した職員の監督下でしか使用できない。

    5. T61
      T61は非バルビツール、非睡眠薬の3種類の薬物の混合液である。一つは局所麻酔、もう一つは中枢神経を強く抑制する薬物で、第三番目が筋弛緩薬である。この薬物は現在規制の対象にはなっていない。T61は肺に浮腫を生じ、他の組織にも変化を生じる。この混合液は投与量の2/3まで0.2ml/secのスピードで静脈投与されなければならない。さもないと動物は興奮し、泣き声を上げる。
     
  2. 吸入麻酔薬
    主な吸入麻酔薬には次のものが含まれる

    1. クロロホルム
    2. エーテル
    3. ハロセン
    4. メソキシフルレン

     これらの薬物により呼吸中枢が停止するまで動物を麻酔すると、酸欠から動物は死亡する。動物をこれらの薬品に直接接触するように置いてはならない。

    1. クロロホルム
      クロロホルムは即効性があり、経済的な麻酔薬であり、安楽死薬である。低濃度においてマウスに尿細管壊死、石灰化をひきおこす。クロロホルムは人に対して毒性があり、発癌性があるため、動物施設において使用すべきではない。

    2. エーテル
      エーテルは普通に使われる麻酔薬である。引火性があり、爆発性があるために火のそばやspark-resistantのない電気製品のそばで使用してはならない。ドラフトの中でのみ使用すべきである。 エーテルは即効性のある安楽死薬ではない。動物は興奮期を通過し、手術可能な麻酔期に達し、ゆっくりと死が生じる。エーテルは目や呼吸器に刺激があるため、液体が動物の体に触れないように注意する必要がある。袋の中にエーテルを入れ動物を安楽死させた場合には使用した袋の中のエーテルが気化したことを確認してから捨てる必要がある。エーテルは承認された部屋で使用すべきであり、エーテルを保管している場所には掲示をしておく必要がある。(訳者注:現在はシカゴ大学の動物施設内でのエーテル使用は禁止されている。)

    3. ハロセン
      ハロセンは大変即効性であり、やや高価である。ハロセンは曝された人やモルモットにゆるやかから急性の肝炎を生じるため、使用する場合には承認された部屋でのみ使用されなければならない。

    4. メソキシフルレン
      メソキシフルレンの作用はハロセンよりゆっくりしている。比較的高価であり、毒性がある。使用する場合には承認された部屋に限る。フィッシャーF344で腎臓に毒性を有するため、この系統のそばで使用してはならない。

  3. 非麻酔性のガス

     非麻酔性のガスにはCO2、CO,N2,NO,HCN(シアン化水素)が含まれる。COとシアン化水素は安楽死の人道的方法であるが、使用者に毒性が及ぶためこの大学ではそれらの使用を禁じている。COやシアン化水素と違い窒素は不活性のガスである。窒素は1.5%以下のレベルで酸素と置換される。酸欠により意識の消失とその後の呼吸中枢の抑制により死が訪れる。窒素はCO2と異なり直接生理学的な効果を持っているわけではない。

     それは昏睡を生じず、無意識の状態を生ずるまでに長い時間がかかる。意識を消失する前に呼吸数が増加し、鳴き声や、あえぎ、ふるえを見るかもしれない。幼弱な動物は抵抗性を示し、死亡するまでにより長い時間を要する。動物は全ての生存兆候が消失するまで酸欠状態に置かれなければならない。
    さもないと、意識が回復するかもしれない。窒素はCO2よりも安楽死のためには劣っており、もし、他の方法があるならそちらを使用するように勧める。(訳者注:現在は安楽死のために窒素を使用することはできない。)

    1. 二酸化炭素
      CO2は安価で、非引火性、非爆発性で取扱者に対しても有害性は少ない。7.5%で知覚は消失し、60%で意識を消失する。安楽死のために用いられるCO2の濃度は90〜100%である。チャンバー内の空気が除去されるように工夫する。動物が意識を消失し、反応が無くなるまで十分な時間動物をチャンバー内に置くことが肝要である。動物は全ての生存兆候が消失するまで酸欠状態に置かれなければならない。さもないと、意識が回復するおそれがある。CO2は空気よりも重いのでエアーポケットに達するために頭を持ち上げない動物にのみ使用すべきである。ドライアイスを使用するよりも圧縮CO2ガスボンベを使用することを勧める。ドライアイスを用いる場合には動物が直接ドライアイスに触れないよう注意しなければならない。CO2は細胞の形態に変化を生じさせないが、生理学的にはおびただし影響がある。 生じた炭酸により上部呼吸器系がやや刺激される。CO2は鳥や猫小型のイヌなどの小型の実験動物では安楽死法として受け入れられる方法である。新生子は酸素に対するヘモグロビンの親和性が高いため抵抗性を示し、死亡するまでに15分以上かかることもある。CO2は両生類や爬虫類の安楽死には推奨できない。

  4. 物理的方法

    1. 頚椎脱臼
      頚椎脱臼は科学的に正当な理由がある時に、マウスおよび200g以下のラットに用いられる安楽死の方法である。この方法を用いる時は実験計画書の段階でIACUCにより承認を受けなければならない。実験者はこの技術を習熟していることを証明しなければならない。

    2. ギロチンによる断頭
      ギロチンによる断頭は科学的に正当な理由がある時に、齧歯類に対して用いられる安楽死の方法である。この方法を用いる時は実験計画書の段階でIACUCにより承認を受けなければならない。実験者はこの技術を習熟していることを証明しなければならない。断頭の際実験者が怪我をする恐れがある。さらに、多くの動物は血液の臭いに対して過敏に反応する。そのため、他の動物がいる部屋で断頭を行ってはならない。そして実験者は動物を断頭する毎に手袋をした手とギロチンを洗うべきである。ギロチンの刃はいつも研ぎすまされていなければならない。

    3. 放血
      ウサギや大動物は大容量の血液や血液産物を採取するために放血屠殺されることがある。血液量減退症による苦痛を減少させるために放血する時には、動物に麻酔をかけておく必要がある。

変温動物の安楽死法

 両生類や爬虫類は代謝や呼吸中枢の酸素圧低下に対する耐性が哺乳類とは異なるため哺乳類に適応さ れる安楽死法の幾つかは不適切である。ペントバルビタールの過量投与が推奨される。両生類の安楽死 として脊髄の破壊や断頭などの物理的方法も用いることができるが、その際には麻酔下で行うべきであ る。麻酔による死後変化を防ぎたい場合には4度の冷蔵庫に入れることにより無感覚にすることができ る。断頭により脳死がすぐに起こらないこともあるため、断頭後は脳を破壊しておくべきである。
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