スンクス嘔吐実験モデルの確立とその応用

胡 東良(弘前大学医学部細菌学講座)


 スンクス(Suncus murinus)は食虫目トガリネズミ科ジネズミ亜科ジャコウネズミ属に属する小型(体重:雄50-70g,雌30-50g)哺乳動物である.ジャコウネズミという和名をもつが,実験動物としては齧歯目と区別するために「スンクス」という名称が用いられている.食虫目は哺乳類の祖先と考えられているので,スンクスを用いることにより,従来の齧歯目動物を用いた実験ではできなかった分野(特に嘔吐に関する)生命現象の解明が進むことが期待される.

 これまで,嘔吐実験動物モデルとしてはサルが用いられていたが,本実験動物は経費が高く,飼育及び操作が煩雑で簡易に用いることができない.一方,汎用される小型実験動物のマウス,ラット,モルモットは嘔吐しない.ネコは嘔吐するが,非特異的な嘔吐が起こりやすいため,嘔吐実験モデルとして適しない.上野ら[1]は小型哺乳動物であるスンクスが特定の薬物や動揺刺激により嘔吐することを初めて明らかにした.以来,この動物モデルを用いて,抗癌剤副作用(嘔吐)の解析,嘔吐メカニズムの究明,鎮吐剤及び乗物酔いの予防・治療薬の開発などが行なわれている[2,3].

 我々は黄色ブドウ球菌食中毒のメカニズムについて研究を行なっている.本菌食中毒の原因毒素であるエンテロトキシンは,スンクスに対し特異的に嘔吐を起こすことを発見した[4].スンクスがエンテロトキシンの経口投与または腹内注射のいずれによっても嘔吐を示し,この嘔吐反応は抗エンテロトキシン血清により特異的に中和されることを明らかにした.また,本実験動物モデルを用いて新型エンテロトキシンの嘔吐活性について調べ,エンテロトキシンの分子構造と嘔吐活性について検討した[5,6].今後,スンクス嘔吐モデルを用い,食中毒メカニズムの究明,鎮吐剤,抗癌剤の開発において多大な発展が期待される.

  1. Ueno S., Matsuki N. and Saito H. Life Sci. 1987, 41(4): 513-8.
  2. Matsuki N., Torii Y. and Saito H. Eur. J. Pharmacol. 1993, 248(4): 329-31.
  3. Parker L. A. and Kemp S. W. Neuroreport 2001, 12(4): 749-51.
  4. Hu D.-L., Omoe K., Shimura H., Ono K., Sugii S. and Shinagawa K. J. Food Prot. 1999, 62(11): 1350-3.
  5. Hu D.-L., Omoe K., Shimoda Y., Nakane A. and Shinagawa K. Infect. Immun. 2003, 71(1): 567-70.
  6. Hu D.-L., Omoe K., Saleh M. H., Ono K., Sugii S., Nakane A. and Shinagawa K. J. Vet. Med. Sci. 2001, 63(3): 237-41.