特別講演_

動物実験施設の環境統御

−実験動物アレルギー防止対策−

        小原 徹(鹿児島大学生命科学資源開発研究センタ-)

 近年,遺伝子改変動物の増加や,さらに実験動物のenvironmental enrichment とwell-beingの配慮に伴い,実験小動物の飼育に床敷が多く使用されている。それに伴い実験動物関係者に発生するアレルギーが増加し,実験動物を取り扱う技術者や研究者にとっては重大な問題となっている。そのようななか我々は,実験動物アレルギー発生の調査とその予防対策について研究してきた。今回これまでに得られた結果を中心に,実験動物アレルギーについてソフト面,ハード面から具体的に述べてみる。

1.実験動物アレルギーの発生状況 1985年、山内(鹿児島大学),2002年、松下(実技協関西支部)等によって,実験動物アレルギーの発生状況について調査を実施した。その結果,アレルギーの症状で最も多いのは鼻症状,眼症状,皮膚症状,呼吸器症状の順で多くみられ,その有症者率は全体で約23%であった。また動物別の有症者率はモルモット,ウサギ及びネコで30%,マウスで26%,ラットで25%であった。実験動物に接触するようになってから早いヒトで2,3ヶ月以内,遅いヒトで7年〜8年後に発症する例もある。実験動物アレルギーは即時1型アレルギーに属し,その発症にはIgE抗体が関与していると言われる。これらは動物の尿,フケ,唾液,血清等の蛋白は抗原として作用し,それらが皮膚,粘膜,あるいは呼吸器を通して体内に入るとアレルギー症状を引き起こす。すなわち,動物室にはこれらの抗原が粉塵に付着している事が示唆される。

2.予防と対策 一般にアレルギー症の対策としては,アレルゲン暴露の回避が最も効果的である。アレルゲンの吸入によるアレルギー症状の発現を防止するためには,まず動物室内の空中粉塵に吸着して浮遊しているアレルゲンの発生量を減らすことと,その発生したアレルゲンを室内に拡散しないことである。すなわち,動物室における各種アレルゲンを含む空中粉塵の防止対策が必要である。

  1. フイルターキャップ使用時の粉塵飛沫防止効果: フイルターキャップはマウス・ラットの感染防止,粉塵の飛沫防止として多く使用されている。室内の空中粉塵の平均比率をフイルターキャップ未使用群と比較すると,0.5μレベルで54.2%,1及び2μレベルで48%,5μレベルで44%に減少する。このようにフイルターキャップを使用することにより,ケージ内から室内に粉塵が飛沫されるのが抑制される。坂口,山崎等はフイルターキャップを付けたケージと、付けないケージでの空中アレルゲン濃度を測定した。その結果,空中プレアルブミン濃度はフイルターキャップを付けることにより,90%減少したと報告している。
  2. マスクによる粉塵捕集効率効果: マスクの使用は実験動物アレルギーを防止するため,また症状を抑えるための即効的な対策の一つである。マスクの粉塵の捕集効率は0.5μレベルの粉塵に対して,性能の良い手術用マスクや3枚重ねの合成繊維のマスクで97%以上,ガーゼマスクで90%程度であった。またアレルゲンの除去率は性能の高いマスクで,尿および上皮アレルゲンを98%除去した。
  3. 床敷の種類による粉塵飛沫量: 木材チップはアレルギー症の発生の面からもその使用が検討されている。木材チップにかわる新しい床敷として多くの人工床敷が開発されている。今回,粉塵が比較的少ないと言われる人工床敷の粉塵飛沫量の面から検討した。粉塵は床敷の種類により明らかな差が見られた。また,尿中のアレルゲンは床敷(おがくず)より,コーンコブを用いることにより,プレアルブミンとアルブミンの空中濃度はそれぞれ57%,77%に減少した。
  4. マウス性差による違い: 雌マウスでは雄マウスに比べて,空中アルブミン濃度は90%少なくまたアルブミンは40%減少した。
  5. 気流制御による効果: 作業空間からケージを通って排気側に流れる一方向気流方式の空調システムを開発した。その結果,作業空間の空気清浄度は著しく向上した。また,気道アレルギーを発症する5名を,従来方式の乱流方式と一方向気流方式の飼育室に入室させた場合,一方向気流方式では1名が軽い症状を発現したのみであった。
  6. 汚染空気逆流防止装置: 空気逆流防止センサーを組み込んだ一方向気流システムは,スクリーン開放時でも動物空間からヒト作業空間への空気の逆流を防止することができた。また、強制排気装置を組み込んだRATSラックもほぼ同様な結果が得られた。
  7. ケージ交換安全キャビネットと汚染ケージ収納ボックスの効果: 床敷を使用したケージ交換作業と汚染ケージを運ぶ際は,粉塵が大量に発生し、室内全体に粉塵が拡散するためアレルギー症の危険性が増大する。これらのケージ交換安全キャビネットと収納ボックス使用により室内の空気清浄度は一段と向上した。
  8. 各種装置を複合させた飼育室の設置: さらに粉塵及び臭気の拡散防止と室内の空気清浄度を高めるために,一方向気流ラック,空気逆流防止装置,ケージ交換用安全キャビネット,汚染ケージ収納ボックスを複合させた飼育室を新たに設置し,ケージ交換作業時における粉塵の拡散防止と室内の空気清浄度の評価試験を行った。その結果、これらの装置を効果的に複合させた一方向気流方式の飼育室は,最も粉塵の発生と拡散がみられるケージ交換作業中でも,ヒト作業空間の粉塵,空中細菌の拡散防止が図られ,ヒト作業空間の空気清浄度は大幅に向上した。

     実験動物アレルギーの発生とその予防対策について具体的に述べた。アレルギーの根本的な対策はアレルゲンからの回避である。しかし,そこに働いている研究者,技術者にとっては、その職場を変えることは非常に困難である。現実的な方法としてはアレルゲンの源である粉塵の発生量を最小限に抑え,その発生した粉塵の拡散を防ぎ,そして除去してしまうことである。具体的にはソフト面ではフイルターキャップ,マスク,雌マウスの使用、粉塵飛沫量の少ない床敷,マウスケージ落とし込みフタの使用,ハード面においてはケージ交換キャビネット,収納ボックスの使用,気流制御による空調方式,汚染空気逆流防止装置等の導入がある。これらの方法を効果的に組み合わせていけば,実験動物アレルギーの防止対策として極めて有効な方法と考えられる。
    平成15年度奥羽・東北支部合同勉強会