ヒトアルドース還元酵素発現トランスジェニックマウスを用いた
糖尿病性合併症発症機構の解析

弘前大学医学部一病理 山岸晋一朗

[はじめに]糖尿病性合併症の発症の成因としてポリオール代謝の亢進が重要視されている。ポリオール代謝はグルコース代謝の副経路であり、アルドース還元酵素(AR)はその律速酵素である。ポリオール代謝の亢進による糖尿病性合併症の発症機序の解明を目的として、ヒトAR(hAR)を全身諸臓器に発現するトランスジェニックマウス(Tg)が作製されている。今回、Tgの主要臓器でのhARの分布を明らかにするとともに、糖尿病Tgにヒト糖尿病類似の合併症病変が見られるかについて、病理組織学的検討を行った結果について報告する。

[方法]hAR遺伝子の導入の確認は、マウスの尾部よりDNAを抽出し、PCR法ないしSouthern blot法により行った。hAR蛋白の発現の検討は、抗hAR抗体を用いたWestern blot法およびELISA法により、またhARの組織内分布は、抗hAR抗体を用いた免疫組織化学染色により検討した。一方、ポリオール代謝亢進の影響を見る目的から、生後8週齢でストレプトトゾトシンの腹腔内投与によりTgを糖尿病にし、糖尿病性合併症の標的臓器である神経、腎臓、眼について、病理組織学的検討を行った。

[結果]Tgでは、Western blot で約34kDの部位にhARの強い発現が見られた。ELISAでは、ヒトの約1/3程度のhAR発現が確認された。抗hAR抗体を用いた免疫染色では、hARは末梢神経のシュワン細胞、軸索、腎臓の糸球体上皮細胞、血管内皮細胞および尿細管上皮細胞、眼の水晶体上皮細胞、網膜血管内皮細胞に分布していた。糖尿病Tgの末梢神経では、髄鞘の肥厚、崩壊、断裂などの変化が、糖尿病LMに比し強く見られた。糖尿病Tgの眼では、水晶体上皮下の空胞変性(白内障)が見られた。網膜血管では、糖尿病Tgで周皮細胞の減少が見られた。末梢神経の形態計測では、糖尿病Tgで有髄神経萎縮を糖尿病LM、非糖尿病AR-Tg、非糖尿病LMに比し強く認めた。糸球体の形態計測では、糖尿病Tgのメサンギウム領域が非糖尿病Tgに比し拡大していた。

[結語]Tgの末梢神経、腎臓、水晶体、網膜などでは、ヒトARの分布に一致したほか、さらに広くhARが発現していることが確認された。また、糖尿病Tgでは、末梢神経、腎糸球体、水晶体でヒトに見られる合併症病変に類似する変化が見られ、ポリオール代謝の亢進が合併症病変の発現に重要な働きをしていることが確認された。これらの研究結果から、Tgは、ポリオール代謝の亢進による糖尿病性合併症の発症機構の解明に有用なモデル動物と考えられた。

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