アメリカ実験動物レポート(松田幸久)(第1回) 12/4/95

シカゴスタイル

<<シカゴ大学動物実験施設を見学して>>

 animal technicianであるJimの案内で医学部の地下にある動物実験施設を見学。地下1階が大動物区域(ウサギ以上)地下2階が小動物区域(ラット以下)であり、かなり広い施設である。感心させられたのは、やはり大動物の手術区域が清潔に、整然と保たれていることである。その区域に立ち入る際には人の手術場に立ち入ると同じように、オーバーシューズを履き、手の消毒、マスク、帽子の着用が義務づけられている。

 生存実験と急性の実験を行う手術室は別になっているが、かといって急性手術をする部屋が微生物学的グレイ度において劣っている訳ではない。何故分けているのかとJimに質問したところ法律およびガイドラインでそうすることに決められているからであるとの明快な答えが返ってきた。彼らは個人の自由は認めるが、それは法律の範囲内であり、決められた法律や基準は守という所謂契約社会に生きている人々である。日本のように自分の都合のよいようにどうにでも解釈できる精神論的基準ではなく、あくまで守られることを前提とした基準が存在している。この点が日本とアメリカとの大きな違いであろう。

 手術区域およびそこにある装置、器具機材は4名の手術場専門の技術者により維持されているため、常に清潔で整然としている。我が動物施設の実験室を振り返ってみると、これまでに実験室を整備するために多くの努力を払いシステムを変更してきたが、Chicago styleの清潔さや行き届いた機器の維持にはまだまだ追い付かない。彼らは術後の動物の管理も行っている。1人の獣医師と話をしたが、動物施設には彼の他に3人の獣医師がいるとのこと。実験動物の福祉を実行するためにはこれくらいの人員が必要なのであろう。彼らの他に多くの黒人が飼育技術者として動物の飼育管理に当たっていた。SPF区域に立ち入ることはできなかったが、そこではラット以下の動物が飼育されているとのこと。また、バイオハザード区域にもマウスが飼育されていた。マウスおよびラットはすべてマイクロアイソレーターで飼育されている。ウサギのケージは我が国のほぼ2倍である。サルもリスザルをはじめ小型のものが何匹か飼われていた。15年前には200匹を越えるサルが飼育されていたとのことであるが、動物愛護運動のためにいまではその数は少いとのこと。犬も中型よりやや大きいものが大型の檻に飼育されていた。ハウンドドッグと彼らは呼んでいたが、ビーグルと何かの雑種のようでありpound dogとのこと。施設内は殆ど臭気が気にならなかったが、1週間に一回はフィルターを交換しているとのこと。

<<動物実験を見学して>>

 ウサギを用いた頚動脈と静脈を吻合する実験に立ち会った。 これはコレステロールと動脈硬化との関連を研究する一環の実験である。今回の実験は飼料にコレステロールを添加して飼育したウサギは血管にどのような変化を受けるかというテーマである。動物の準備および術中の動物の管理、術者の補助をanimal technician のJimが一人で行っている。ここでは動物、手術器具、実験装置の準備全てをanimal technicianが担当しており、実験者は麻酔がかけられ手術台の上に横たわっている動物にメスを入れることから始めれば良い。余程大掛かりな手術でない限り一人の実験者で十分であり、自分の予定した時間に実験室に赴いて容易に手術が行える。日本の場合は、全ての準備を実験者が一人で行わなければならず、研究者にとって実験のやりやすい環境とは言えない。そのため一実験に対して多数の実験者がやってきて手術を行うのが常である。これは個々の研究者に時間の浪費を強いる極めて不都合なシステムと見なされる。Chicagoの場合、研究者が動物実験を行ううえで極めて合理的なシステムが取られているといえる。

 手術中の動物の管理(麻酔ガスおよび酸素の流量、血圧、体温、呼吸数、補液の量その他を15分毎に記録)もanimal technicianにより行われているため動物福祉に即した実験が常に可能となる。指針を作成し、それを実験者に遵守させるよう指導はするが、実際には実験現場に立ち会う者が実験者以外におらず、指針を遵守するか否かは実験者の良識にまかされているという日本の状態とは異なり、実験動物の福祉は手術中の動物にも十分には適用されている。術後の動物の管理もanimal technicianにより十分になされていることはいうまでもない。

 実験部門を担当するanimal technicianの数であるが4〜5人おり、最初に施設を見学した際には、かなり人数が多いように感じもしたが、1日に行われる動物実験の数はかなり多く、これをanimal technicianがカバーしており、その分研究者の負担を軽くするという意味では、この数は妥当な人数なのであろう。余談になるがアメリカという国は、世の中の基準を日本よりも底レベルに合わせているため、個人の負担は軽いようである。その代わり決められたことは確実に行わなければならないという厳しさがある。日本ではアメリカに比べて個人の能力はかなり高いものが要求されるが、それが仕事に利用されるか否かは別である。また、決められたルールは確実に守るという厳しさは我々の回りではあまり見ることはできない。

 日本にいる研究者にとって動物実験は大仕事であり、準備その他で実験結果を得るまでに疲れ果ててしまう。一度の実験が首尾を得なかった場合には、次回の研究を行う意欲も減少しまうことが多いように見受けられる。充実したanimal technicianを配置することは、実験動物の福祉を確実なものとするばかりでなく、研究者の負担を軽くすることにより多くの優れた研究業績を生むと思われる。

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