これまでのLECラット研究から解ったこと

一ヒト疾患モデル動物として一


秋田大学医学部 生化学第一講座
川越政美    


 1975年、北海道大学理学部実験生物センターでクローズドコロニーのLE系ラットから毛色を異にした2系の近交系ラットLEC(Long Evans Cinnamon)及びLEA(Long Evans Agouti)ラットが分離された。各系統ごとに兄妹交配で継代していったところ、24世代以降のLECラットにのみ生後4〜5カ月になると、その80%に重篤な黄疸と体重減少を主症状とし、貧血、血尿、乏尿及び皮下出血を呈する急性肝炎の自然発症が見られた。

 そして、そのうちの約50%は、より重篤な症状を呈し、腎不全を併発して肝炎発症後約2遇間以内に死亡してしまった。死亡率は雌が70%で、雄は40%と性差が認められた。

 特に重篤な例では皮下ビリルビンの著名な沈着と、鼻部出血と皮下出血が見られ、開腹所見では赤褐色調の委縮した肝臓、軽度腫大した脾臓及び黄色腎が観察され、ヒト劇症肝炎類似の臨床像及び病理像を呈する。急性肝炎より寛解する倒は約40%であり、そのうち10%は経過中に肝炎の再発で死亡する.肝炎の発生率は飼育条件や個体差等により多少異なる。1年以上の長期生存ラットは、全体の約40%で、最終的にほぼ全例、肝細胞癌を発症する。従って、LECラットは肝炎、肝癌のモデル動物となる。しかもこれまでの実験的肝炎あるいは肝癌のモデル動物と違い、LECラツトは急性肝炎一慢牲肝炎一胆管線維症(肝硬変)一肝癌という一連の“線”上に肝癌を発症させる点で画期的なモデル動物と考えられている。

 その原因について、今まで世界中で精カ的な研究が進められてきた.当初はウイルス牲の原因が疑われたが、最近、肝炎の原因は銅代謝の遺伝的異常に伴う肝内銅の異常蓄積にあることが明らかにされた。この遺伝性疾患の特徴はヒトのWilson病の原因とよく一致するため、LECラットはヒトのWilson病のモデル動物としても位置付けがなされている。

 また、最近肝炎・肝癌とは全く独立にLECラットが、へルパーT細胞欠損という免疫不全を呈していることも明らかにされ、ヒトにおける先天性免疫不全症のモデル動物としてばかりか、免疫学におけるT細胞分化のメカニズムの解明にも有用な実験動物となっている。

 現在、LECラットは北海道大学を始め国内の数大学及び研究施設で系統が維持されている。1992年には日本チヤールス・リバー株式会社より販売が開始され、日本国内においても入手が可能になっている。また、LECラットを研究対象にする国内の研究者で組織した[「LECラット研究会」が平成3年に発足し、現在も活発に活動している。

 今回の講演では、これまで当研究室で行ってきたLECラット関連の研究を中心に、お話をさせて頂きたいと思う。