生殖工学技術を応用したマウスの系統育成と繁殖を考える

財団法人 実験動物中央研究所 日置恭司


 1980年にGodon らによって外来遺伝子をマウスゲノムに導入したいわゆるトランスジェニック(Tg)マウスの作製が報告されて以来,遺伝子またその産物である蛋白質の機能を個体レベルで解析できることから,遺伝子操作動物を用いた研究は基礎生物学にとどまらず,医学・薬学領域の重要な研究手段となってきた。それら動物はヒト疾患の研究における有用性が認められるに及んで,発生工学および生殖工学技術の普及や周辺機器の機能,操作性の向上などが検討され,現在では実験動物の日常的な業務として運用されるまでに技術的に容易になり,そのシステムも確立しやすくなってきた。
 一方,発生工学の普及によって,従来のTgマウスの作製自体ばかりでなく,実験動物としてのTgマウスの系統育成,計画生産および微生物クリーニングにも生殖工学技術が用いられるようになってきた。例えば,当施設では薬剤の安全性試験やワクチン検定のために,その有用性が認められたヒト・プロト型 c-Ha-ras 遺伝子導入 Tg ras H2やヒト・ポリオウイルス感受性遺伝子導入g PVR21などのマウスの計画的な生産を,凍結胚を用いた卵管移植や帝王切開里仔法などの生殖工学技術によって行っている。これらがエンブリオバンクの業務体系に組み込まれることにより労力や施設にかかる負担が軽減され,なお且つ数百匹を1ロットとする均一なTg動物(SPF)が供給できる体制作りを進めている。また,凍結胚の輸送によって微生物汚染や逃亡および死亡事故などが回避できることから,遠距離施設間における系統分与などのための有効な輸送手段として利用しつつある。
 このように効率良く動物を生産するための生殖工学技術を使って,日常業務としてのシステムを構築,修正,運用するのが我々技術者の課題である様に思う。
 ここでは,我々の施設での「エンブリオバンクの運用」および「Tg rasH2マウスの計画生産」などを主な話題としたい。前者は各種系統マウスの受精卵を凍結保存によって維持し,必要に応じてこの保存胚から個体を生産するエンブリオバンクの運用について,後者は短期発ガン性試験に有用な実験動物として認識されているTg rasH2マウスの計画的な量産方式についてである。
 これらの話題を通して,今後,技術者らが遺伝子操作動物の実験動物化,動物実験システムにどう取り組むべきかを一緒に考えてみたい。


プロフィール

 1968年,(財)実験動物中央研究所,飼育技術研究室に入所,以来,マウス,ラットの系統育成や免疫不全動物のヌード,スキットマウスならびに遺伝子改変動物のPVR(ヒトポリオウイルス感受性遺伝子導入)マウス,RAS(ヒト発がん遺伝子導入)マウスなどの実験動物化を進めるとともに,現在は凍結保存センター(エンブリオバンク)の運用にあたっている。