実験用動物としてのイヌ

動物実験施設 松田幸久

 イヌが実験用動物として用いられ始めたのは17世紀頃からであり、本格的に使用されるようになったのは第2次大戦以後であるらしい。しかも、当初は雑犬を用いた研究が多く、近年になって漸く、特定の品種が使われるようになってきた。例えば、薬物の安全性試験などには小型のビーグル犬が、外科手術及び移植研究などには大型のフォックスハウンドやラブラドールなどが開発されてきた。わが国の現状はとみると、実験に使われているイヌの大部分は、いまだに雑犬である。1975年の調査によると、その年に使われた53,142頭のイヌのうち49,149頭(92.5%)が雑犬であり、特に、大学で使用されたものは、その99%が雑犬であった。この年に、全国の保健所に抑留されたイヌは約90万頭であり、研究機関で使用された数は、その6%にすぎなかった。

 イヌが実験用動物として使用されるのは、実質臓器重量の体重比、心室内興奮伝播様式その他生理機能が人体と酷似していることが多いためであり、循環器、呼吸器、消化器及び泌尿器などの実験に使用されている。これらの実験に際し、企業関係の研究機関においてはGLPの規制により殆んどビーグル犬が使用されている。しかし、大学においては専ら経済的事情から、その大半を雑犬に依存している。そして、以上の理由から今後とも保健所由来の雑犬が医学実験、研究に使用され続けることであろう。しかしながら、このような雑犬の多くは、殆んど健康管理が行なわれておらず、ジステンパー、フィラリア症、レプトスピラ症、外傷などを有している。フイラリア症1つ例にとってみても、当施設に搬入された雑犬の50%以上が感染していた。従って、雑犬を使用する際には検疫を行い、実験条件に合ったものを使用することが望ましい。また、ジステンパーに限らず、最近はパルボウイルス性腸炎も国内に定着したため、長期間にわたる実験の場合には、これらの感染病を予防するうえで、ワクチンの接種が欠かすことのできない処置である。

 欧米においては、イヌは歴史的に家族の一員としてヒトとともに生きてきたため実験用動物として使用することは、動物愛護の精神に反するものとみなされている。ところで以前、イヌではなくネコの話であるが、動物実験施設で引き取って欲しいと連れてきた老夫婦がいた。その理由は「うちのネコが隣のハトを食べてしまった。これで3度目なので隣の人も怒ってしまい、ネコを処分しろという。保健所で処分されるよりは、人様の役に立ってもたった方がこのネコも報われるだろう。どうか動物実験に使って下さい」とのことであった。彼らは動物を虐待しているのではなく、動物の霊に対する一種の敬意を表明しているのである。動物は死んでもその霊は復活する。生前に善行を施していればより高等な動物の中に復活できるとする仏教の輪廻思想がその根底にある。東洋的ではあるが、これもまた一つの動物愛護精神である。

 検疫、治療の過程を経て適切な環境のもとで飼育し、実験、研究に使用することにより医学及び獣医学の進展に寄与することができたなら、これらの雑犬、家庭不要ネコの霊に報いることにもなるのではなかろうか。

注)
これは動物実験施設便り第10号(昭和57年)に掲載した「実験用動物としてのイヌ」を一部修正したものです。

随筆
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