啖呵教室

動物実験施設 松田幸久

 ドンビシャリのタイミングで怒ることができたときは気分がいい。車を運転していてよく経験するが、とんでもない奴が横合いから飛び出でてきたときなど、おもいっきりクラクションを鳴らしてやると実にスッキリする。間髪を入れず窓を開けてバカヤロー!と怒鳴れたならさぞ爽快であろう。ただし、こういう性格の持ち主は車の運転に向いていないそうである。また、アブナイ人と思われるだろう。ゴールドカードがもらえたほど車の運転に向いているらしい私は、残念ながらそのような爽快感を味わったことがない。ほんの瞬間クラクションに触れ、申し訳程度の音を出すのが精一杯である。最悪なのは、ビックリして声も出ない時である。同乗者がいた場合などは忸怩たる思いが残る。

 このように、タイミングよく怒るということは本当に難しい。車を運転中の出来事ならばその場限りで終わってしまうが、これが職場でとなるといささか厄介である。怒るということと叱るということは教育的指導が加わるとい面で意味合いが異なるが、しかしそれを繰り出すタイミングが大切なのは同じである。当大学の学長であった渡部先生が手術部の部長時代には、病院内で大変気持ちよく叱っておられたように記憶している。カラッとして後に残らない叱り方のため叱られた方にもわだかまりが残らない。在職中にその秘訣を伝授していただけなかったのは残念である。少しはあやかれるかとヒゲをたててみたが、もう何年にもなるのに一向に効いた風はない。テクニックを学ぶために啖呵教室(短歌教室ではない)でもあればすぐにでも入会したいものだ。

 動物施設には、科学・倫理両面を考慮した規則があり、また、他の利用者に迷惑をかけないという鉄則がある。共同利用施設であるが故に多くの人間が出入りしているが、その中には研究者といえどもけしからん輩がいる。実験室において禁止されている飲食、喫煙をやってのけ、ゴミが可燃物か不燃物か危険物かの区別もつかない掟破りがいる。普段われわれが見ていない時にやってのけるが、思いもかげず現行犯に出くわすことがある。この時が問題である。バカモノ!のタイミングを逸してしまったら、“困りますネー、規則は守っていただかないと”。これで終わってしまう。吾ながら実に迫力不足で情けない。こういう時には必ず再犯がある。こちらが嫌になるくらい何度言っても効果がない。いっそ実験室を覗く時にはホイッスルを持ちあるいて、違反者にはイェローカードを提示し、レッドカードを受けた者は1週間の実験停止処分を実施してみようかという気にさえなる。

 何時だったか、実験動物施設関係者が集まったとき、ある施設の助教授が言っていた。そこでは規則に違反した利用者個人から罰金を取ることを計画した。しかし、実施直前になって集めた罰金を国庫に入れるものかどうかで問題となり、その計画は立消えとなったそうである。このように何処の共同利用施設でもマナーの悪い利用者がおり、その対策に頭を悩ませている。共同利用施設の規則を守ってもらうためには、安易に罰金などで済ませることなく、当施設の小山施設長が常に言っているように‘お互いの気持ちを伝えあう’努力が必要なのであろう。工事現場やサッカー場ではあるまいし、少なくともホイッスルを吹くよりは学究の場にふさわしい。

注)
これは日本実験動物技術者協会東北支部会報27号(1995年)に掲載した「たんか教室」を一部修正したものです。

随筆
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