東海岸かけ足の旅

動物実験施設 松田幸久

 1月末から2月にかけて仕事でカナダ、アメリカの動物実験施設を視察してきた。厳寒の北米大陸を北はオタワから南はダーラムまでの2週間の旅である。「都合8回は飛行機に乗るのだから1回ぐらい落ちても不思議ではない」などと開き直りつつ成田を飛び立った。成田からバンクーバーを経てトロントに着くまでの17時間は不安と期待のうちに過ぎてしまった。「英語は通じるだろうか」、「どんな素晴らしい出会いが待っているのだろうか」、「文部省から出してもらった分だけの収穫を手にすることができるだろうか」・・・。

 われわれを迎えたトロントの夜は雪であった。カナダは移民のの国であり、トロントにもアジア、中南米、東欧からの多くの移民が集まっている。彼らは清貧で勤勉な労働者であり、ニュ−ヨークなどに見られたホームレスは、この地では見かけることはなかった。とはいっても、この厳寒の地でホームレスになろうものなら、一夜にして死んでしまうだろうが。トロントの夜明けは遅い。朝の8時過ぎには、すでに昨夜降った雪は取り除かれていた。スパイクタイヤを装備している車もなく、小道を歩くにも支障が無いほどきれいに除雪されていた。トロントだけでなく、オタワでも同じような小型の除雪車が街のいたる所で除雪作業をしていた。除雪に限らず、見学した施設のどこを見ても塵一つ見つけることができなかった。公共の施設を合理的に維持するためのシステムが確立されていることを痛感した次第である。これもいわゆる日本と欧米の構造の違いであろうか。

 トロントでは3日間で7施設を訪問した。トロント大学は勿論であるが、彼の地では、秋田でいうならば市立病院、中通病院といったような所までが動物実験施設を所有していた。その運営費の大半は寄付で成り立っているとか。公共施設に対する企業の投資も、これから日本が考えなければならない問題であろう。

 かなりハードなスケジュールであったため、足の裏にマメをつくってしまったが、それでも忙しさを縫ってナイヤガラフォールを見たことは言うまでもない。

 オタワでは、カナダにおける動物実験の第一人者であるDr. Rowsellの案内でオタワ大学医学部の動物実験施設とベン・ジョンソンを育てたというHealth and Welfareを訪問した。ベン・ジョンソンの筋肉増強剤の問題については、日加の政治的摩擦を考慮して聞けなかったが、動物愛護問題についてはDr. Rowsellから多くのことを聞いた。


 明けて日曜日は幸運なことにオタワの「冬祭り」の日であった。運河に張った30cmもの氷上で行う祭りである。この運河は14kmもあり、世界最長のスケートリンクとか。その氷の上を老若男女がスケートツアーを楽しんだり、ゲームに興じていた。ニューヨークでもセントラルパークやロックフェラービルのスケートリンクを見てきたが、それに比べると滑っている人の実にうまいこと。カナダのアイスホッケーが強いのもこのような背景があるからだと納得した

 オタワからは車で30分足らずでケベック州にあるスキー場に行ける。スキー場はゆったりしており、週末にもかかわらずリフト待ちの行列も見られなかったが、案内してくれたDr. Rowsellが言うには、ここ数年でスキーヤーが多くなったので、最近はスキーをやっていないとのこと。もし、彼が田沢湖スキー場の混雑を見たならば、一生スキーをやるまいと思うに違いない。

 いよいよアメリカへ突入するのであるが、東海岸を半分も南下しないうちにそろそろ予定の字数に近づいた。遊びの話ばかりしていると金を出してくれた文部省からお叱りを受けそうなのでそろそろ仕事の話に触れておく。


 アメリカでは最初にワシントンのそばにあるNIHおよびジョーンズ・ホプキンス大学を見てきた。今回の視察目的は動物福祉の先進国であるアメリカおよびカナダにおける動物実験ガイドラインの整備とその運用の実情を調べることであった。アメリカ、カナダ両国の動物実験指針とわが国の指針との間に、文言上では大きく異なるところはなかったが、その運用の実態には格段の違いが見られた。つまりわが国では指針は原則論であり、努力目標であるのに対し、アメリカ、カナダの両国では常に厳格に守られるべき規範であり、それを実行するための機構および設備が整備されていた。いずれわが国でも改善されなければならない問題であるが、それには多くの金と人が必要であろう。

 オタワでは-20℃と身も凍る寒さであったが、ダーラムではすでに桜がほころび始めていた。慌ただしい旅であったが、予想以上の収穫を手に秋田に帰り着いたときには、足の裏のマメはすでにタコになっていた。この旅で得た貴重な経験を今後の仕事にイカしたいと思っている次第である。

 本文は1990年の「秋大生活のひろば」に記したものを若干修正して本ページに収録した。


随筆
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