平成10年度東北地区獣医師大会
ウサギキュウセンヒゼンダニに対するディート(ジェチルアミド)の殺虫効果と治療例
発表者氏名:〇松田 幸久
発表者所属:秋田大・医・動物施設
「命の大切さを学ばせる」という目的で,教材としてウサギなどの小動物を飼育する小学校が増えてきました.しかし,文教予算が少ないこともあってか,それらの動物の飼育管理や健康管理が適切になされていないという指摘があり,その改善に当たり獣医師の協力が求められております。
また,わが国では1,850万匹を越えるイヌやネコが飼育され,国民の2/3がペット好きという調査結果があります。ペットは,人生のパートナーや家族の一員として大切な存在になっているということをペット法学会の発起人代表でもある同志社大学の吉田真澄教授が9月30日付けの読売新聞の解説で述べております.
最近はイヌやネコばかりではなくハムスターやウサギなどもペットとして多くの人々に飼育されているようです.
写真1は一般の人向けのに書かれた小動物の飼い方の本に紹介されていたウサギのホームページです.これらのホームページは殆どが獣医学的には素人の人達が作成しておりますが,ペットとして飼育されているウサギの現状を知るうえで,貴重な情報源と思われます.

写真1
写真2はその中のひとつに掲載されていた内容ですが,インターネットを介して行ったアンケート調査の集計ということで,飼育しているウサギがかかった病気の種類や獣医師に対する要求なども掲載されております.

写真2
ホームページあるいは電子会議といったインターネットを利用して,ウサギの愛好家の間で情報交換が盛んに行われておりますが,それらの中で共通して取り上げられていることは,ウサギを診療する獣医師が少ないということです.
このようにウサギに関する飼育管理の指導,疾病の診断治療を行える獣医師が学校関係者あるいはペットの飼い主から求められております.
演者は実験動物としてのウサギを長年にわたり飼育しており,ウサギの疾病に接する機会も多いことから,今回ウサギの耳疥癬(ウサギキュウセンヒゼンダニ感染)に着目し,3種類の薬剤についてダニに対する殺虫効果を比較し,その内の1種類を用いて治療実験を試み良好な結果を得ましたので報告致します.
写真3は耳疥癬に感染しているウサギです.

写真3
表1は秋田大学医学部動物実験施設に搬入されたウサギの耳疥癬の感染率を調べたものです.
ウサギの耳疥癬の感染率については1974年の実験動物学に松沢らが報告しておりますが,それによりますと調査した実験用ウサギの34.7%が耳疥癬に感染しております.その後クリーンな実験動物の開発が叫ばれ耳疥癬に感染しているウサギは少なくなりましたが,それでも平成8年に我々が調査した結果では,肉眼検査で120匹中3匹(2.5%),肉眼検査で陰性であったものをダニ粗抗原を用いたオクテロニー法で血清学的に検査したところ110匹中4匹(3.6%)の実験用ウサギが耳疥癬に感染しておりました.

表1
本症は直接生命に関わることはないのですが,掻痒感を引き起こし,動物を不快にさせます.1匹でも感染しているとダニが周囲のウサギにまで広まることとなりますので多頭飼育している学校あるいは生産業者は適切にその治療,駆除を行う必要があります.
実験に供した生ダニの採集ですが,感染ウサギの耳介内の痂皮から実体顕微鏡下で成ダニを採集しました.
写真4にウサギキュウセンヒゼンダニを示しておりますが,左の長い方がオスで,右の丸っこい方がメスです.写真はダニが交尾をしているところでです.

写真4
ダニに対する殺虫効果を比較するために,供試薬剤として表2に示すようにスミスリン,ディート,イベルメクチンの3種類を用いました.
方法として各薬剤をスライドに示すように希釈しそれらの中に成ダニ20匹(♂♀各10)を入れ ,5〜30分間放置し経時的に実体顕微鏡下でダニの生死を確認することにより各薬剤の効果を判定しました。
表中の数字は死んだダニの数です.スライドに示すようにディートの1.0%と10%は効果を認め,イベルメクチンは0.1%の低濃度でも効果を認めました。しかし,スミスリンは全く効果を認めませんでした。ヒトのノミ,シラミやヒゼンダニに殺虫効果があるとされているスミスリンには全く効果がなく,一方ディートはイベルメクチンよりも速効性でしかも強い殺虫効果のあることが明らかとなりました。

表2
次に 治療実験ですが,実験的にウサギキュウセンヒゼンダニを感染させ耳介内に痂皮形成がみられるウサギ2匹に対して人用に市販されているディートを主成分とした虫よけ剤(神東塗料製ノックダウンリペローションs)を1日1回2秒間ワンショット噴霧し7日間治療を行いました.
写真5が治療前の痂皮の状態で,写真6が治療3日目の患部です.スプレー後そのまま放置し,特に人の手で痂皮を取り除いたりもしなかったのですが,痂皮は綺麗になくなっていました.そして,治療後7日目には耳介深部の痂皮も消失しておりました.

写真5

写真6
図1は治療前後のウサギキュウセンヒゼンダニに対する血中抗体価の推移を示したものです.
感染後20日目から抗体価があがり,100日目では16〜32倍になりました.治療開始後30日目から抗体価が下がり始め,9カ月目では2匹とも抗体価が1倍以下と陰性を示し,痂皮の再形成も見られなかったことから完全に治癒したものと判定しました。
図1
写真7は,血中抗体価を調べるために行ったオクタロニー法を示しています.中央の穴ににダニの粗抗原をいれ周りの穴に段階希釈したウサギの血清をいれて1倍希釈以上で沈降線ができたものを陽性としました.

写真7
写真8は治療に使用したディート製剤で神東塗料から発売されているノックダウンリペローションsです.

写真8
図2はその特徴を示したものです.
ディート(すなわちジエチルトルアミド)は忌避剤で,蚊やのみ,しらみ,最近では山ビル等に対する虫避けにつかわれています.ウレタン樹脂系水性の塗料であるため,水に流されにくく忌避効果が長く持続するという特徴があります.忌避効果をさらに持続させるためにマイクロカプセル製剤としています。
毒性もスライドに示すように低く,動物に用いても安全です.

図2
清書ではウサギの耳疥癬症の治療としてイベルメクチンの皮下投与が記されていますが,今回治療に使用したスプレー式ディートは使用も簡単であり,動物に対する毒性も少なく,ウサギキュウセンヒゼンダニに対して即効性で強い持続的な殺虫効果のあることから小学校や家庭などにおいてペットとして飼育されているウサギの耳疥癬の予防治療薬として有効であることが示唆されました。