事実と嘘(医学研究における動物の必要性)

Fact vs. Myth -About the Essential Need for Animals in Medical Research-

 われわれの暮らしの中で動物は重要な役割を演じている。野原で戯れていても、ドラマのような捜査や救助活動の手伝いをしていても、また犯罪を解決するために警察官や消防士と働いていても、動物はわれわれの世界をより幸せに、より健康に、そしてより安全にしてくれる。

 多くのアメリカ国民はペットとの関係を大切にし、楽しい関係を結んでいる。なかにはペットを家族の一員と見なしている人もいる。動物が仕事の能率を高めると言うことで、職場にイヌやネコを連れてくることを許す雇用者も増えている。てんかん患者や視聴覚障害者は日常生活において動物を貴重なアシスタントにしている。そして長期療養施設では病気や孤独を癒すために多種類の動物に頼るところが増えている。

 動物は人や動物の健康といった医学研究においても実に重要な役割を演じている。

 このところの科学的発見の突破口は動物によるところが多い。医学研究の進展にともない人と動物が共有している多くの病気の治療法がこれまで以上に発見されやすくなっている。ヒトゲノム地図は多くの医学的謎を解明し、遺伝子治療といった画期的な新時代の幕開けになることを約束している。微生物学や生物工学も将来の医学に対して大きな進展を約束してくれる。必要であれば人や動物に対して四六時中治療薬を投与するマイクロチップの移植もまもなく可能となるであろう。腎臓や肝臓の疾患あるいは先天性の異常、視覚障害、学習障害などを一般の外科処置で治すことができる日がくるかも知れない。感染率を減少させ、エイズを無くし、麻痺を快復するために損傷した脊髄神経を再生することが本当にできるかも知れない。

 前世紀の医学的進展がそうであったように、どのような大発見も実験動物がなければなし得なかったという紛れもない事実を忘れてはならない。

 生きた動物そのものに代わる完全な代替法が未だ存在しないために、人や動物の健康に関する科学を進展させるためには基礎研究において動物実験が必要である。最近になって、動物を用いない方法が数多く開発され、その数は増え続けている。実際、それらが人の健康研究のために使われる場合であっても、動物の健康研究に使われる場合であっても、科学者は3Rの原則(reduction:減少、replacement:代替、refinement:洗練)を尊重している。合衆国の科学医学研究団体では次のような技術の進展を支持することを表明している。
 それでも動物に対する愛着の念と実験に不可欠な存在であるとする考えの間に生じる自己矛盾をぬぐい去ることは容易ではない。しかし、できるだけ責任をもって倫理的、人道的に実験動物が取り扱われている事実を知ることは、嘘実を明確とし、動物実験に関して理解を深めることに繋がるであろう。

嘘:コンピュータモデルや細胞培養は動物実験の代替となり得る

 人と動物の間には遺伝的、生理学的仕組みからみて極めて類似性があり、動物で得られた知見を人に当てはめることに異議を唱える医者や科学者は殆どいないであろう。

 動物の研究から得られた医学的、科学的進展は、コンピュータモデルやinvitroの研究、臨床観察、疫学、遺伝学的研究、そして薬の市場調査といった動物を用いないで得られた知識と変わりがないとしばしば言われる。しかし、これらの代替法は動物実験の結果を補助する役割を担っているに過ぎない。

 しかし、残念ながら、まだ動物実験に取って代わる完全な代替法は存在しない。最先端のモデルであっても生体内で起きている複雑な細胞相互作用をまねることはできないために、薬や医療装具その他の将来有望な治療法を人で試す前にある種の動物で試す必要がある。

 細胞、組織、臓器培養と同様コンピュータモデルを用いることにより実験動物の使用数を減らすことは可能である。それらについてより多くのことを知ることにより、その限界を克服できるであろう。想像では、動物実験をもはや必要としない日がくるかも知れない。

嘘:動物実験では他の動物に比べてイヌやネコ、サルがより多く使われている

 実際に動物実験に使われている動物は殆どがマウスやラットなどのげっ歯類であり、それらは実験のために繁殖されている動物である。実験に使用された全動物数のうちイヌやネコ、ヒト以外の霊長類はともに1%以下であり、それらの数は20年以上にわたり減少し続けている。1979年に比べて1999年に実験に使われたイヌの数は66%まで減少し、同様にネコの数は69%にまで減少した。霊長類では1999年に約50,000頭が使われた。その数は過去10年の間比較的安定しており、1979年に比べ0.3%減少したに過ぎない。

 イヌの循環器系や呼吸器系はヒトに極めて類似しているために、肺や心臓病の研究にはイヌがかかせない。ノーベル賞に輝いた拒絶反応に関する免疫学の研究ではイヌが使われた。同様に、ネコを用いてノーベル賞をとった研究はわれわれが目の異常を理解する上で大いに役立っている。動脈硬化症や繁殖障害、アルツハイマー、パーキンソン病、ウイルス性肝炎やエイズといった感染症の研究にはヒト以外の霊長類、主にアカゲザルが必要である。

嘘:迷子のペットや盗まれたペットが動物実験のために売られている

 家庭や動物管理施設由来のイヌやネコが何百万頭も動物実験のために売られているとの告発がしばしばある。しかし、それを証拠だてるものは何もない。実際の話、科学者はペットを研究材料として必要としているわけでもなく、望んでもいない。

 医学研究における動物の使用を監督している行政機関の一つである米国農務省(USDA)によると、1999年に医学生物学の研究に関わったイヌは70,541頭、ネコは23,238頭であった。これらの大部分は研究用に特別に飼育された動物である。残りが動物管理施設で殺処分が決定している動物あるいはUSDAが許可証を発行し、その監督を受けている約35の動物業者から購入した動物である。USDAは1999年に3ヶ月間にわたりこれらの業者の調査を行ったが、盗まれた動物を見つけることはできなかった。

 米国生物医学財団(FBR)はすべてのコンパニオンアニマルに対していかなる時も首輪や識別標示を着けることを勧める。標示や埋め込まれたマイクロチップそして入れ墨でさえ迷子になったイヌやネコを家族が取り戻す際の助けとなる。

嘘:実験動物を保護するための法律や行政機関の規則はない

 医学生物学の研究において動物の管理と使用を規制している連邦の規則はヒトが研究に用いられるときの規則よりも広範囲の部分をカバーしている。動物福祉法(AWA)は実験動物の収容設備、飼料、清掃、空調、獣医学的管理といった飼育管理に関して高い基準を設けている。苦痛を生じる恐れのある実験処置や術後の管理には麻酔薬や鎮痛剤の使用も求められる。最も重要なことは、動物の使用に関して監督する動物実験委員会(IACUC)を研究機関に設置することが法律によって求められているという点である。そしてIACUCは研究者に対して動物を必要とする正当な理由、最も適切な動物種の選択、研究課題を満たすためにできるだけ少ない数の動物を使用することを求めている。

 PHSの規則ではNIHやFDA、CDCから研究費を受けているすべての研究機関はGuide(実験動物の管理と使用に関する指針)に述べられている基準に準拠することが求められている。PHSの指針により研究機関は詳述された動物の管理方針に従わなければならず、またすべての動物が責任をもって人道的に取り扱われるように努めるIACUCを設置しなければならない。

嘘:研究者は動物がより快適な状態にいることに無頓着である

 研究者は自分たちの研究に用いる動物の状態について非常に関心がある。人道的理由から、憐愍の情からそして科学的理由から、非人道的で無責任な取り扱いを支持する者はおらず、これには議論の余地が無い。杜撰な管理により実験成績は信頼性をそこなう結果となり、信頼性のある結果を得るためには動物をよい環境とよい健康状態に維持する必要がある。

 苦痛やストレスも免疫系にマイナスの効果をもたらすと考えられるので、研究者は不必要なストレスから動物を守るように注意する必要がある。

 Baylor大学医学部の総長でDeBakey心臓センターの所長でもあるMichael DeBakey名誉教授は多くの人から尊敬されているが、彼は次のように述べている。「動物実験を行う科学者や獣医師、医師、外科医等は他の人たちと同じように動物の管理に関心がある。そもそも、彼らが病気によってもたらされる痛みや苦しみを取り除く方法を研究することになった動機は生命の尊厳に対する敬意や病気や障害に対する思いやりからである」。

 動物が医学や科学研究のために不可欠であったことは十分知られている。われわれには動物に対して最良の管理と取り扱いをする道徳的義務がある。

嘘:実験動物は痛みに苛まれ続けている

 殆どの医学生物学の研究では、実験動物がひどい痛みやストレスを被ることはない。

 1999年のUSDAの年次報告では、動物実験の55%は殆ど痛みを生じず(例えば、注射)、36%は実験のために麻酔が施されたり、術後に鎮痛剤が用いられている。研究結果に影響を及ぼすという理由から、麻酔も鎮痛剤も使われなかった実験は9%であった。しかし、その場合であっても、痛みは最小限にするよう注意が払われている。このような実験の一例としては、痛みそのものの研究がある。この分野ではかなりの進展がみられているが、いまだに人や動物の健康にとっては重要な問題である。

嘘:製品の安全性試験に動物は不要、幾つかの会社では動物実験を行っていない

 食品、医薬品、日用品、化粧品、殺虫剤その他の化学薬品の製造者は危険性のある製品から消費者を守る道徳的、法的義務がある。彼らは全く動物を用いない有効な方法がないために、動物実験によりその義務を果たしている。

 幾つかの会社では安全性試験に動物を用いていないと主張し、それにより自社製品の販売を促進している。しかし、このような主張は動物での試験は不必要であるという誤った考えを消費者にいだかせることになりかねない。たぶん他の会社により以前に動物を用いて試験が行われ、その安全性が確認されているような製品(または成分)に関しては、確かに安全性試験は不要である。一度その成分あるいは製品の安全性が証明されれば、2回目の安全性試験を行う必要はめったにない。

 日用品の安全性試験は製品の安全性を確認するだけでなく、製品を誤って使用した場合にどのようなことが起こるかについても評価している。子供やペットが誤って薬品や洗剤を飲んだような緊急時に助言を与える毒物救急センターにとってそのようなデータは大変貴重である。

嘘:動物を本当に愛しているなら、動物権運動及び動物実験を廃絶するための活動を支持する

 殆どのアメリカ国民は人や動物の健康を改善するために医学や科学の研究において責任あるそして人道的な形での動物の使用を支持している。大部分のアメリカ国民は動物を愛している。この二つの考えは、事実を知ることにより相互に相容れないものではないことがわかる。

 それでも動物に対する愛着の念と動物は実験に不可欠な存在であるとする考えの間に生じる自己矛盾をぬぐい去ることは容易ではない。しかし、できるだけ責任をもって倫理的、人道的に実験動物が取り扱われている事実を知ることは、動物実験に関して理解を深めることに繋がるであろう。

 動物実験の廃止を求める人たち(よくできた評価方式を拒むことを選択した人たち、またはラットの命が人の子供の命と同じくらい重要であると信じている人たち)は医学や科学の発展を阻止するために、大学の研究室を破壊し、動物を盗みだし、長年にわたり蓄積された研究データを破壊するなどのかなり過激な手段を講じてきた。多くの動物権利団体はそのような犯罪行為を避難することを拒んでいるが、法を順守しているアメリカ国民はこれまでもそうであったように、今もまた将来も医学生物学を研究している団体に対する暴力的で過激なキャンペーンを黙認しないであろう。

訳 松田幸久


動物実験と福祉