Research

 脂質とは、長鎖脂肪酸もしくはそれに類似する炭化水素鎖を構成成分とした生体内に存在する物質を指します。脂質には10,000種類以上の分子種が存在するといわれており、その役割としてエネルギー貯蔵や脂質二重膜の構成などは有名です。しかし、一部の脂質には別の機能が備わっていることが明らかになっています。例えば、イノシトールリン酸やジアシルグリセロールがある種のタンパク質を細胞質から膜へ移行させる機能があるとか、ロイコトリエンや血小板活性化因子(PAF)、リゾホスファチジン酸(LPA)と呼ばれる脂質がGタンパク質共役型受容体(GPCR)を介して様々な生理活性を示すことなどです。

 私は日本たばこ産業社員時代(1992年)に、清水孝雄教授が主宰する東京大学医学部第二生化学講座 (現・大学院医学系研究科 生化学分子生物学講座 細胞情報部門)に於いて研究をする機会を与えられたことを契機として、現在まで一貫して生理活性脂質のGPCRの研究に携わってきました。当初は、PAF受容体欠損マウスとPAF受容体過剰発現マウスの作製・解析を行い、それまで知られていなかったPAFの病態生理学的役割(種々のアレルギーや炎症、骨粗鬆症、痛覚の亢進、細菌や寄生虫に対する感染防御など)を共同研究者と共に解明してきました。


 この私たちの一連のPAF受容体の研究をしていた時期はヒトゲノムプロジェクトが進展した時期でもあり、リガンドが未同定のGPCR(オーファンGPCR)が数多く存在することが明らかとなっていました。そこで私は、オーファンGPCRの中には脂質をリガンドとするものがあるのではないかという作業仮説を立て、オーファンGPCRの脂質リガンド探索と病態生理学的役割の解明に研究の主眼を転換していきました。その結果、PAF受容体と相同性が高いオーファンGPCRの中から、① LPAをリガンドとする受容体(LPA4と命名; J. Biol. Chem. [2003])、② LPAをリガンドとするさらに別の受容体(LPA6と命名; J. Biol. Chem. [2009])、③  さらに(結果的には脂質がリガンドではありませんでしたが)プロトンを感知する受容体(TDAG8; J. Biol. Chem. [2005])を同定し、オーファンGPCRの「脱オーファン化」に携わることができました。なお新規LPA受容体LPA4の論文については、発表してから現在までに約300報の論文に引用され(Scopus 社調べ)、国際的に注目されていると自負しております。現在は、更なるGPCRの脱オーファン化を試み続ける一方、PAF受容体欠損マウス・過剰発現マウスの解析で培ってきたノウハウを生かし、そしてそれをさらに発展させながら、in vitro及びin vivoの実験系を駆使して自らが脱オーファン化したGPCRの病態生理学的意義を解明することにも力を注いでおります。

 

 生体防御学教授 石井 聡