北米における動物実験事情

ーシカゴ大学・トロント大学を中心にー

秋田大学医学部附属動物実験施設 松田幸久

 文部省の補助金「海外研究開発動向調査」の交付を受け一昨年の10月から昨年の2月までの5ヶ月間、大型ウサギの調査研究を目的としてシカゴ大学医学部病理学講座で研究する機会を得た。その際、動物実験施設を利用するとともに動物実験委員会がほぼ毎月主催している利用者講習会に参加し、利用者の立場からシカゴ大学の動物実験施設を眺めてきた。また施設管理者および獣医師との懇談を通じて施設の運用状況を調査してきた。さらにシカゴ滞在の後、カナダのトロント大学医学部動物実験施設に2週間ほどお世話になり、施設の職員と行動をともにすることで、トロント大学医学部動物実験施設の運営法方を学んできた。

 今回の短期在外研究に先立ち、平成元年と平成2年の2回にわたり文部省科学研究補助金「国際学術研究」の交付を受けそれぞれ20日間ほど北米の動物実験施設を訪問した経験があるが、今回の講演ではそれらの訪問で得た知識も含め、北米における動物実験の状況を述べてみたい。講演のタイトルには動物実験の事情と漠然と記したが、その内容は動物の飼育管理業務を中心に動物実験に対する社会のとら え方、法的な整備と動物実験関係者の対応、動物実験委員会の機能、獣医師および飼育職員の役割、実験者の動物実験および動物実験施設に対する考え方などを予定している。

  なお、平成元年と2年に訪問した先はカナダではトロント大学医学部、同動物学部、同心理学部、マウントサイナイ病院、トロン小児病院、同総合病院、薬物習慣性研究財団、オタワ大学医学部、厚生省保健研究所、アメリカ合衆国では保健衛生研究所NIH、ジョンズホプキンス大学医学部、ノースカロナイナ州立大学獣医学部、コロンビア大学医学部、デューク大学医学部などである。

 以下にシカゴ大学動物実験施設マニュアルからの抜粋を記す。

 シカゴ大学の実験動物の管理と使用に関する歴史は古く、AALASの初代会長でもあったDr. Nathanが動物実験反対論者と戦うだけでなく、動物の飼養管理を獣医師の手に委ねることを不服とする一部の研究者をも説得し、1960年に中央化された動物実験施設を設立した。この施設(Carlson Animal Research Facility : CARF)は米国でも最も早く中央化された施設の1つである。その後、1970年代の後半になると施設利用者の利便性が優先され、各講座に合った飼育管理法を求める研究者達の要請が強くなり反中央化が進み、1980年までに45の動物飼育実験区域が学内に散在することとなった。しかし、獣医師や専門飼育職員が存在しない個々の施設では改定されたUSDA のAnimal Welfare ActやNIHのGuideに対応しきれなくなり、1980年の初めから再び動物実験施設を中央化する方針が取られ、動物管理部ARC(Animal Resources Center )が整備された。現在10の動物飼育実験区域があるが、そのうちの6施設(総面積約10,000m2)までは動物管理部が直接管理しいる。その中のCARFはシカゴ大学で最も大きい動物施設であり、面積が6,700m2ある。サル、イヌ、ネコ、家畜、ウサギ、ニワトリ、両生類、齧歯類など各種の動物が飼育されており、一日に4,000頭を越える動物が収容されている。

  また、一日に約100名の研究者がここを利用している。一般の飼育室の他に、感染実験室、あるいはトランスジェニックマウスを作成するSPF区域があり、地下二階にある洗浄室はCARFだけでなくCummingsやBSLC, SBRPへもケージを供給している。また、残りの4施設に対しても動物管理部の獣医師が週に1度訪問し、飼育管理に関するアドバイスあるいは獣医学的措置を講じている。

 動物管理部ARCは5つの部門からなっており、58名の職員(獣医師7名を含む)により動物福祉を基本としたサービスを研究者に提供し、また、独自にあるいは他講座と共同で動物実験に関する研究、教育も行っている。

  1. Operations Section(飼育管理部門)はARCが管理している6つの動物実験施設に飼育されている動物を飼育する部門で、3人の責任者と25.5人の飼育専門スタッフが作業に従事している。その他5人のスタッフが保管業務(倉庫番)、装置の維持および修理、supply の業務を行っている。

  2. Clinical Service Section(臨床サービス部門)は獣医学的な処置を行う部門であり,3.25人の獣医師と4.5人のanimal health technicianがその仕事に当たっている。Clinical Service Sectionの仕事には1)動物の健康チェック、2)治療、3)検疫の一環としての臨床検査、血液サンプルの採取、ワクチンの投与(齧歯類以外)、5)齧歯類のモニタリングの監督、6)全ての動物およびコロニーの健康管理記録の保管、7)実験補助、8)麻酔の監督、9)術前、術中、術後のケアー、10)抗体作製サービス,11)手術室(750?)の管理などがある。

  3. Compliance and Training Section(法的適合性および訓練部門)はUSDA、NIH、 IACUC、大学、ARC、その他の機関が定めた法律、規則に適合しているか否かを検討する部門である。この部門のもう一つの重要な活動は実験者に対する指導であり、研究者や動物を飼育している施設職員に対する訓練のプログラムはこの部門が担当し、IACUCと協力して行っている。

  4. Administration(事務部門)は動物や機材の購入あるいは飼育費の請求を行う部門である。シカゴ大学で使用される動物はすべてここを通して購入される。この部門では動物施設の管理をコンピュータ化し、ローカルエリアネットワーク上で維持している。動物の注文、実験計画書、動物飼育料金の請求、その他の請求はこのシステムで処理される。また,このシステムはARCの治療や診断の活動をもサポートし、動物の健康記録、診断結果、齧歯類の繁殖記録等にも使用されているほかIACUCの活動に対しても貢献している。

  5. Pathology Service Section(病理診断部門)では飼育中の動物が実験処置以外で死亡した場合は、それらの動物を全て病理解剖し、その死因を究明する。そのため、ここには獣医比較病理学者をはじめ多くの検査技師がおり診断装置も十分に設備されている。研究者へのサービス部門であるとともに施設の研究部門の中心でもある。


本文は平成9年度実験動物技術者協会奥羽支部総会における特別講演を活動記録としてまとめたものです。


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