わが国の動物実験に関する規制方式
研究機関内動物実験委員会の役割

秋田大学医学部 松田幸久

 わが国の動物実験に関わるおおもとの法律である「動物の保護及び管理に関する法律(動管法)」が一昨年改正され、昨年の12月から施行されています。また、今年の4月から「行政機関の保有する情報の公開に関する法律いわゆる(情報公開法)」が施行され、さっそく幾つかの国立大学・研究機関では動物実験計画書を含む行政文書の開示請求がなされております。

 このように動物実験の関わる法律が改正され、また動物実験を取り巻く状況も大きく変わりつつあります。動物実験の規制方式あるいは動物実験計画書の開示に関しては研究への影響が大きいことから、研究者の方々の関心も高いことと思います。そこで本セミナーでは、動物実験を取り巻く国内外の状況を紹介し、とくに欧米における動物実験の規制方式及び動物実験委員会の役割についてわが国のそれと比較し、今後のわが国の動物実験の規制方式はいかにあるべきかを皆さんとともに考えてみたいと思います。

 OHP1をお願いします。これは私の家の近くにあるショッピングストアーの肉売り場を撮したものです。狂牛病が問題となってからは牛肉の売れ行きは悪いようです。このように肉はきれいに形成され発泡スチロールの容器とラップで包装されています。次のOHP2をお願いします。3年前にイタリアのボローニアで代替法研究会の世界大会がありましたが、そのときに撮ってきた写真です。先ほどに比べて、肉を見て生きていたときの姿を想像することができます。もう一度先ほどの店の写真ですが、ちょうど子供達が小学校の社会科の授業でお店やさんについて調べていました。この子達には自分たちが食べているブタやウシが食用として育てられていることを想像するのは難しいかもしれません。

 このように現代社会において豊かな経済生活を営む人々の目からは食用あるいは使役動物としての家畜は遠ざかっています。その反面コンパニオン動物(イヌおよびネコ等)の増加は、それらの動物に対して人と同じような権利を主張する人々を増加させています。その流れは極端な動物権利論者を生み、英国においては動物実験受託会社(ハンティンドン生命科学研究所)が彼らの攻撃を受け、そこに働く職員が物心両面で多大な被害を受けました。OHP3これは、そのSHACのHPです。また、英国自体も経済的損失を被ることから、英国政府はその取り締まりに乗り出しています。このような過ぎたる動物福祉の流れはわが国にも波及し医学生物学の健全な研究に支障をきたすことも十分に考えられます。

 さて、各国の動物保護法の成立について説明するために、話は現代から500年ほど前に遡ります。シェークスピアの生きていた時代でしたので、彼が言ったのかも知れませんが、エリザベス王朝時代はイギリスは女性の楽園にして、男性には煉獄、馬には地獄と言われていました。OHP4これはウシいじめの図です。ウシとイヌを戦わせて、退屈な農民や市民がK1を見るように楽しんだそうです。ウシは肉屋に出す前にウシいじめに出すことを法律で義務づけられたそうです。OHP4ウシいじめの得意なイヌが開発され、これがブルドッグとしてイギリスの国犬となりました。

 OHP5 このころのヨーロッパの動物に対する考え方を当時の哲学者が述べています。デカルトは動物機械論を唱え、動物には人間と違い精神(魂)がないから単なる機械である。だから人間は自由に動物を使ってよい。このころ動物に魂があるなどというと魔女狩りの対象になり、いまでもヨーロッパの思想は動物には魂はないということです。東洋の輪廻思想とは大きく異なるところです。また、カントは目的論を唱え、動物には自意識が無く、人間のために存在するとして、彼も人間は自由に動物を使ってよいとしています。19世紀になってイギリスのベンサムが功利主義を唱えます。それは道徳的に正しい行為とはこの世の中にできるだけ多くの幸福をもたらすことである。苦痛は道徳の最大の敵である。私たちが道徳的であろうとするならば、痛みを感じる存在に対して、痛みを与えてはならない。動物も感覚があり、苦痛を感じることができるので、道徳的に扱われる権利がある。したがてその権利を法律で守ってやらなければならない。

 この考えがヨーロッパに広まっていきます。

 OHP6 これはヨーロッパの動物虐待防止法の成立時期と科学の時代の立て役者を示しています。イギリスではウシいじめのような動物への虐待を防止するために1822年にマーティン法が作られます。また、フランスでは1850年のグラモン法のが作られます。戦場に送られた馬は槍や剣の攻撃を受けやすく、銃や爆弾が兵器に加わると戦場は多量の馬の血で染まっていったということで、グラモンという将軍が軍馬のために作た法律です。

 19世紀は科学の世紀とも言われコッホの炭疽菌の培養、パスツールの狂犬病ワクチンの開発など科学が進展しました。しかし、近代医学の発展とともに動物保護運動も呱々の声を上げた。フランスの生理学者クロード・ベルナールは1865年に実験医学序説を発表しますが、無麻酔でイヌの実験を行っていたことに心を痛めた彼の妻と娘はベルナールの死後に生体実験反対主義の指導者となりました。また、イギリスでは1854年に動物虐待防止協会が設立され、1876年に世界で初めて動物実験を規制した動物虐待法が制定されましたが、この成立のためにダウインが尽力したそうです。また、この動物虐待法が成立したきっかけはフランスの獣医学校におけるウマの無麻酔手術に端を発しています。

 OHP7 これは諸外国の動物実験に関する法律の名称、制定日、最近の改正日を示しています。フランスではグラモント法が動物実験に適用されるのは1963年からであり、他の欧州諸国でもほぼ同じ時期1960〜70年代です。

 第二次大戦後に米国連邦政府は、癌や心臓血管疾患などの研究のために資金を投じ始めたが、そのため研究機関の実験動物に対する需要が増えていた。これに目をつけた悪質な業者が、飼い犬を捕まえて研究所に売却していたことをライフ誌がスクープした。それを契機に1966年に連邦政府の実験動物福祉法(AWA)が成立した。動物を生産する業者と動物を飼育し動物実験を行う研究所には動物を扱い実験を行う施設(機関)としてのライセンスの取得が義務づけられたが、当初の米国の動物福祉法は犬猫の盗難防止が目的であった。

わが国の動物の福祉に関する法律は1973年に制定されているが、当時は捕鯨問題で日本が世界からバッシングを受けていた。その前後に英国首相やエリザベス女王の訪日、天皇の訪英があり、日本としても先進諸国に伍する動物福祉法を制定する必要に迫られていた。そのため急遽議員立法の形で「動管法」が成立した。

2.国際間の調和

 OHP8 生命倫理は医学、生物学の技術革新に伴って1970年代に生まれてきた学際領域である。医学研究における生命倫理の道徳原理であるヘルシンキ宣言(ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則1964年採択、2000年最終修正)ではその11、12項で人とともに動物福祉への配慮が明記されている。この宣言に基づき国際医学団体協議会(CIOMS : Council for International Organizations of Medical Sciences)は「動物実験についての国際原則(International Guiding Principles for Biomedical Research Involving Animals)」を1985年に発表した。

 OHP9 この国際原則を示しました。この原則は1959年にラッセルとバーチが「人道的動物実験の原則(The Principles of Humane Experimental Technique)」の中に記した3Rs (reduction refinement replacement)を土台にしていることはいうまでもない。CIOMSの原則では次のことが強調されている。「必要な生物学的試験の実施や医学生物学の進展を過度に妨げるような制限であってはならない。しかし、それと同時に、医学生物学者は、用いる動物に対して人道的な敬意を払うという道徳上の義務を見失ってはならない。動物に苦痛および不快を与えることをできる限り避け、また生きた動物を用いなくとも同じ結果を達成できる可能性に絶えず注意を払わなければならない」。

 OHP10 EUはこのCIOMSの原則をもとに、Council Directive 86/609/EEC(EU 指令)」を作成し、1986年11月に発令した。欧州のEU加盟国は自国の法律にこのEU 指令を取り入れることによりCIOMSの原則を遵守している。1986年に英国の動物虐待法が100年ぶりに改正され「動物(科学的処置)法 1986」となったが、これにもCIOMSの原則が取り入れられている。また、1985年に修正された米国の「動物福祉法(AWA)」もこの原則を取り入れ、1996年に実験動物資源協会(ILAR)が作成した「実験動物の管理と使用に関する指針(第7版)(Guide for the Care and Use of Laboratory Animals)」にもかなりの部分でこの原則が取り入れられています。

しかし、一昨年暮れに改正された動愛法には、CIOMSの原則は含まれておりません。

 OHP11 改正の背景は昨今の動物愛護思想の普及と、その一方での無責任な飼主によるペットの遺棄、不適切な飼養あるいは動物への虐待が社会的関心事となったためであります。改正の骨子は、動物を命あるものと位置づけ、罰則の強化、対象動物の拡充、飼主及び動物販売業者の責務強化であり、動物実験については、「現行の基準に基づく自主管理を基本とすべき」として、今回の改正から除外されました。

 OHP12 これはわが国の動物実験に関する法律、基準、指針等を示しています。まず、1973年に制定された「動管法」があり、その動管法の第11条「動物を科学上の利用に供する場合の方法及び事後措置」に基づき1980年に「実験動物の飼養及び保管等に関する基準」が制定されました。これらのわが国の実験動物に関する法規は基本的には実験動物の取り扱いに関する規制であって動物実験を規制するものではありません。そのため、基準を補い、またCIOMSの基準をカバーする形で、日本学術会議は1980年に「動物実験ガイドラインの策定について」という勧告をだし、動物実験に関する自主規制を求めました。そしてこの勧告に基づいて文部省は1987年に「大学等における動物実験について」の通知を各大学に出し、各大学等の研究機関ではこの通知をもとに動物実験委員会を設置し、動物実験指針を制定することにより、に当たっては動物福祉の立場からも適正な動物実験の実施に努めています。

 

 また、本年から「行政機関の保有する情報の公開に関する法律(情報公開法)」が施行され、幾つかの国立大学・研究機関に動物実験計画書を含む行政文書の開示請求がなされている。動物実験計画書の適正な開示に当たっては動物実験委員会の役割が今後さらに重要なものとなってくる。

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