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97.03.01

クローン羊誕生で倫理的波紋
スコットランドの研究グループ
人間も“複製”可能!?

 親羊の体から取り出した細胞核を元にした子羊が英国で生まれた。クローン羊の誕生だ。このニュースの波紋が世界中に広がっている。クリントン米大統領は人間への同技術の悪用防止を目的に、生命倫理諮問委員会に対して法的、倫理的な面から検討し、三カ月以内に報告書をまとめるよう指示、仏大統領も人間への応用禁止を訴えた。英国のクローン羊「ドリー」は、どうしてこれだけ騒がれるのか。

   世界で最も権威のある科学専門誌「ネイチャー」二月二十七日号によると、クローン羊を発表したのはスコットランドにあるロスリン研究所のイアン・ウィルムット博士らのグループ。

 博士らは六歳の雌羊の乳腺(せん)の細胞からDNA(遺伝子の本体)が入った核を取り出し、ほかの羊の卵細胞(核を取り除いてある)に移植した。これを第三の羊の子宮に移したところ、元の雌羊と全く同じ遺伝子を持った羊(クローン羊)が誕生したという。この子羊は現在、生後七カ月。「ドリー」という名前をもらっている。

 ドリーが世界のバイオ学者を驚かせ、米大統領を動かした理由は何か。それは使われた核が、成長した羊の体細胞から取り出したものであったということだ。

 クローン動物でも、この体細胞クローンでなければ珍しさはない。受精卵の核を使うクローン技術はすでに開発されており、農水省畜産試験場の仮谷堯由・繁殖部長によると、日本国内でも百五十頭以上のクローン牛が作られている。

 これに対し、体細胞の核を使うほ乳類のクローン動物作成は「不可能視されていた」(花田章・信州大学応用生物科学科教授)ほど難しい。理由は成長した動物の体では、組織や器官ごとに細胞の性質が固まってしまっているためだ。体細胞の核の中には全遺伝情報が蓄えられているものの、皮膚なら皮膚を作る部分の遺伝情報しか読み取れない状態になっている。

 科学技術庁のライフサイエンス課によると、英国のグループは、乳腺に分化した羊の細胞核内の遺伝情報を分化前の初期状態に戻すことで成功に導いたと考えられている。パソコンにたとえると、リセットスイッチを押すことに成功したようなものらしい。

 技術上の困難克服を別にすると、体細胞を利用したクローン羊誕生のニュースがもたらしている国際的な波紋は何によるものか。

 受精卵を使う方法だと、作られるクローンの数に限度があるのに対し、体細胞ならいくらでもクローンを作れるようになるためだ。しかも遺伝的には元の動物と全く同じコピーである。

 この技術が家畜の世界にとどまっているならば、優秀な乳牛や綿羊が量産できるし、絶滅中の野生動物も救える夢のバイオ技術の実現だが、「クローン人間への応用も恐らく可能」(ウィルムット博士)であることが、一大問題の根元であるわけだ。米大統領の憂慮もここにある。

 体の組織の一部を冷凍保存しておけば、孫悟空のように自分の分身をたくさん作れるし、レーニンなど遺体が保存されている過去の人間をよみがえらせることもできない相談ではなくなるということだ。

 こうした可能性は不気味だが、現実問題としては杞憂(きゆう)に近いという見方もある。人間の場合は生後の栄養や環境、学習など後天的な影響を強く受けるため、同一人間になることは不可能であるからだ。天然のクローン人間ともいえる一卵性双生児の場合でも、性格や体質が少し異なることを見れば明らかだ。

 そのうえ、よく言われるように、全員がマリリン・モンローやアラン・ドロンばかりでは、美男美女の意味が薄れてしまう。

 このことを予見しているのが、サラブレッドの世界だ。日本中央競馬会によると、競走馬の繁殖にクローンなど人工的な技術を使うことは国際ルールで禁止されている。遺伝的な偏りや虚弱化を防ぐためだが、いくら速くても鼻の差ばかりのレースでは見ている方もつまらない。体細胞からのクローン動物の誕生は、医学生理学的な面と食糧問題の面から見れば、画期的な出来事だが、常識と良識による社会の歯止めも期待できそうだ。

 今回の成功については、ほかの研究者による確認が必要。八〇年代にネズミで同様の発表がなされたものの、追試で成功しなかった例もあるだけに、バイオのしんきろうとなる可能性も残されているそうだ。


仏大統領、人間への応用禁止を訴える

 【パリ28日=山口昌子】シラク仏大統領が二十七日に国立倫理諮問委員会のシャンジュー委員長に書簡を送り、クローン動物(複製動物)の技術を人間に応用することを禁止するよう訴えたことが二十八日、判明した。

 科学雑誌「ネイチャー」が発表した羊のクローン動物、ドリー(生後七カ月)のニュースは仏国内でも大々的に報道された。大統領はまず、クローン動物の誕生に関し、「重要な技術の進展が実現された」と述べて成功を祝しつつも、「この経験は人間にとって最高に重要な倫理的疑問を呈した」と指摘。そのうえで、「人間へのクローン技術の利用という危険を回避するために、われわれの法令の完全な分析が必要だ」と述べ、クローン技術の人間への利用を法的に禁止するよう訴えた。


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