この文書は日動協海外技術情報を基に作成しました。

実験動物における痛みの判定

Assessment of Animal Pain in Experimental Animals
L. R. Soma (School of Veterinary Medicine, University of Pennsylvania, Kennett Square, Pennsylvania, U.S.A.)


痛みはすべてのヒトが感じるものである。私たちは痛みというものがどんなものであるかを知っているが,痛みの定義はむずかしい。私たちは必要に応じて痛みを誇張したり,痛くないふりをすることがよくある。ヒトは痛みの程度をさまざまな形容詞で表現することができるが,それらはきわめて主観的なものである。例えば,鈍い,激しい,ずきずきするという表現が痛みの程度を表わすのに使われる。さらに臨床的に痛みを判定する場合には,触診したり,患者に痛みの程度や性質を尋ねることができる。このようにして,患者の痛みに対する反応を判定して,痛みを最小にするための処置が行なわれる。

哺乳動物においても,痛みは普遍的なものであると考えられており,闘争を避けるためのメカニズムの1つと考えられている。動物における痛みの程度を臨床的に判定するためには,動物の動作を観察すればよい。多くの動物種を観察した結果,動物の痛みの程度もヒトの痛みの程度にもとづいて判定できることが分かった。

動物の痛みがヒトの痛みと完全に同等であるとはいえない。なぜなら,私たちの痛みというものは感情的なものであり,きわめて主観的なものだからである。つまり,心理的要素が痛みに影響を及ぼすのである。動物の痛みとヒトの痛みを関連させるためには,ある程度の擬人化が必要になる。痛みというものはきわめて主観的な感覚なので,私たちは,動物の痛みに対する反応を反射的,自律的な反応として考えやすい。ヒトにおいては,痛みに対するプラシーボ(偽薬)効果があることは明確に証明されているが,動物においてはそのような効果は認められない。一方,痛みをもったイヌを扱うときに,言葉をかけて頭をなでるとイヌがおとなしくなり,扱いやすくなることはよく知られている。動物におけるプラシーボ効果は,言葉の内容によるものではなく,触ったり,声を出すことによるものである。家畜を扱う人たちは,家畜に近づくときには必ず言葉をかけ,できるだけ触ろうとする。このようにして,家畜に自分の存在を知らせ,威厳をもって接するのである。このことは大きな家畜を扱うときには必須のことである。言葉をかけたり,触ることにより,動物はヒトがいることを知り,その結果,ヒトに対する危害を防ぐことができる。動物の痛みに対する反応は,あらかじめ動物の気分を整えることにより,ある程度和らげることができる。

外科的処置と痛み

動物の痛みの程度を判定するのは,言葉による動物とのコミュニケーションができないことから,ヒトにおける痛みの程度の判定よりむずかしい。しかし,動物の動作を観察したり,実施する手術の種類を知ることにより,動物の痛みをある程度判定することができる。

どのような外科的処置を行なったかということは,術後あるいは処置後に使用する鎮静剤や鎮痛剤の種類を決めるうえで重要である。種々の外科的処置後における痛みの程度を判定するための客観的な基準は存在しない。種々の外科的処置後における痛みの程度は,臨床所見により判定する。
処置後に鎮静剤あるいは鎮痛剤を必要とする外科的処置を表1に示す。

表1 外科処置および術後の苦痛に関する臨床的観察

目や耳の手術不快感からこすったり,引掻いたりする。
整形外科的手術大腿骨や上腕骨の手術では広範囲にわたる筋肉の外傷から強い痛みがひき起こされる。
断肢術広範囲にわたる筋肉の外傷によって強い痛みがある。
胸腔内の手術胸骨側からのアプローチでは強い痛みがある。側方からのアプローチではそれほど痛みはなく,処置後,動物は迅速に歩き回り,苦痛を感じている様子もない。
頚骨の手術強い痛みがあり,頭や首の異常な姿勢をとる
直腸周囲の手術不快感
腹部の手術あきらかな痛みはなく,動物は処置後,迅速に歩き回る。
腰椎、胸椎の手術あきらかな痛みはなく,動物は処置後,迅速に歩き回る。


眼あるいは眼の周囲の外科的処置は動物に不快感を与えるので,動物が処置部位を四肢でこすったり,ものにこすりつけたりしないように注意しなければならない。耳の内部あるいは耳の周囲の外科的処置も眼や眼窩の外科的処置と同様に動物に不快感を与える。眼や耳に痛みがある場合には,頭を傾けたり,頭を振ったり,四肢で耳をこすったり,ものにこすりつけたりすることがしばしば見られる。全身麻酔から醒めるときには,声を出したり筋肉を動かしたりすることもよく見られる。

大腿骨や上腕骨の外科的処置は,動物に痛みを与える。この痛みは,骨に対する処置そのものによってひき起こされるというよりも,むしろ広範囲にわたる筋肉の外傷によってひき起こされる。このような痛みは,外傷や悪性腫瘍のために広範な断肢術を施すときにも認められる。この場合,動物の痛みが単に筋肉の外傷によってひき起こされるのか,あるいはヒトでみられるような幻想肢によるものかは不明である。

体側部から胸腔内の外科的処置を行なうことは,私たちが思っているほどは動物に苦痛を与えない。処置後,動物は速足で歩き回り,苦痛を感じている様子もない。ヒトは胸郭に外傷を与えられると強い痛みを感じるが,なぜ動物はあまり苦痛を感じないのかは不明である。おそらく,それは解剖学的な理由によるものであろう。つまり,動物はおもに横隔膜を動かして呼吸するので,胸腔をあまり拡張させないからであると思われる。胸骨側から胸腔内の外科的処置を行なう場合には,動物も術後強い痛みを感じることが証明されている。

一般的に,腹部の手術は動物にほとんど苦痛を与えない。術後,動物はすぐに歩き回るようになる。その理由は,動物が腹部の手術後にヒトよりも弱い痛みしか感じないからではなく,動物は呼吸する際にヒトほどは腹部の筋肉を使わないので,切開部にあまり張力がかからないためであろう。広範囲にわたる腹部の手術の場合には,動物も術後に痛みを感じる。その場合,動物は不自然な姿勢をとる。例えば,背を外側に弓なりに曲げたり,腹部をひっこめたり,腹部を守ろうとしたりする。このような姿勢は,手術の有無に関係なく,腹膜炎,大腸炎,あるいは腸閉塞を起こしたときにも見られる。

一般的に,動物は腰椎や胸椎の外科的処置においてヒトほど痛みを感じない。4本足の動物にくらべ,直立歩行するヒトにおいては,腰部や腹部の筋肉や器官をよく使うからであろう。腰部や胸部の骨にくらべ,頚部の骨の外傷,病気,外科的処置の場合は,動物も痛みを感じる。その場合,動物は頭を動かさなくなったり,体を動かさなくなったり,頭を下げる姿勢をとったりする。直腸周囲の処置は,眼や耳の周囲の処置と同様に,不快感や苦痛を与える。

痛みの臨床的判定

強い有害な刺激が与えられたときに,ヒトが痛みを感じたり,ヒトや動物の組織が障害されたり,動物がその刺激から逃れようとしたりする場合は,動物もその刺激によって痛みを感じていると仮定する。痛みの程度を判定するための絶対的な方法や基準が確立されるまでは,この仮定を否定することは不当である。外科的処置による刺激はすべて上記の仮定に一致するので,外科的処置中および処置後には,動物においてもヒトと同様の鎮痛方法を考えなければならない。

ある特定の処置に対して動物が一般的にどのように反応するかを知ることは,痛みを判定するうえで重要である。上述したように,動物は解剖学的および機能的にヒトとは異なるので,ある特定の処置に対する反応が動物とヒトとの間で異なる可能性がある。動物においては,慢性の痛みに対する反応よりも急性の痛みに対する反応のほうが明瞭に思われる。慢性の痛みは長く続き,一般的に痛みの程度は弱い (表2)。慢性の痛みに対する動物の反応は明瞭ではないが,慢性の痛みは動物を衰弱させ,運動能力を低下させる。慢性の痛みが動物の運動能力や摂食能力を著しく低下させる場合は致命的である。動物の健康に及ぼす痛みの影響を判定するための唯一の基準は,動物の行動を観察することである。痛みによって動物の行動が活発になることもあり得るし,不活発になることもあり得る。動物の行動が活発になった場合,例えば,逃げようとしたり,処置部位を守ろうとしたり,取り扱い者に噛みつこうとしたり,措置部位に触ると鳴いたりする場合は,急性の痛みがある可能性がある。ただし,多くの動物は,痛みが無くても,噛みつこうとしたり,逃げようとしたりするものである。手術後の動物の痛みを判定するためには,その動物の術前の行動の特徴を知っておくことが重要である。よく慣れた愛玩動物を含めて,ある種の動物は,処置を受ける恐怖のために,噛みついたり,うなったり,後ずさりしたりする。

表2 急性痛の徴候

防御処置部を守ろうとしたり,逃げようとしたり,取り扱い者に噛みつこうとしたりする
鳴く動いたり触られたりしたとき
自損行為なめる,噛む,引っ掻く,頭をふる
休みなく動く歩き回る,横になったり起きあがったりを繰り返す,体重をかける脚を絶えず代える
発汗馬で見られる
横たわる普段見られないほど長く横になる
動き回る動くのをいやがる,起きあがることが困難
異常な姿勢頭を下げている,腹部に頭を巻き付ける


このような行動が術前に見られ,術後も続いている場合,必ずしも動物が痛みを感じていないわけではない。与えられた痛みよりも恐怖心のほうが強い場合には,動物は痛みを感じているにもかかわらず,噛みつこうとしたり,逃げようとしたりするかもしれない。そのような場合に,動物が痛みを感じていないと仮定してはいけない。このようなことがあるにもかかわらず,手術後の動物の痛みを判定することは可能である。

手術後の動物を管理するためには,その動物の術前の行動(例えば,動きの速さ,攻撃性,噛みつこうとするかどうか,その他の動き)を知ることが必須である。例えば,普段攻撃的な動物は,痛みのある場合には,取り扱い者に対してうなったりするが,あまり動こうとはしない。もし逃げようとする場合,動作は普段よりゆっくりしており,ときには叫び声をあげたりする。一般的に実験者は,攻撃的な動物に対しては,非攻撃的な動物に対するほどには同情しない。そのために,攻撃的な動物には鎮静剤や鎮痛剤を与えないことが多い。このような攻撃的な動物を取り扱うときには,薬剤を投与する際に動物が暴れて大きなけがをする可能性があるので,注意しなければならない。そのような場合には,むしろ動物を放っておいたほうがよい。全身麻酔から醒めかかっているときには,動物は扱いやすいので,そのときに少量の鎮静剤を投与するのもよい。そうすれば,動物も静かに麻酔状態から回復し,回復するまでの取り扱いも容易になる。多くの獣医施設においては,特別につくられた独立した回復室(ケージ,けがを防ぐために壁に詰め物をした動物室)を使用している。このような特別な回復室を使用することによって,手術後のけがを減らしたり,静かな回復を容易に行なうことができる。さらに攻撃的な霊長類の場合には,けがを防ぐために壁に詰め物をしたり,温度調節可能な小さなケージを用いることによって,術後のけがを減らすことができる。

手術後の痛み,過剰な騒音などのために,全身麻酔から回復するときに興奮状態に陥る動物もいる。もともと興奮しやすい性質をもった動物もいる。一般的に,神経質で臆病な動物は,全身麻酔から回復するときに,激しい興奮状態に陥ることが多いようである。もし大手術を施して,術後に痛みを伴うことが予想される場合には,麻酔から静かに回復させるために,鎮静剤を投与するとよい。麻酔からの回復期の興奮状態のときに動物が示す行動は,声を出したり,前がきしたり,回復室(ケージや動物室)の壁に突進したり,ふらふらしながら立ち上がろうとすることなどである。 もし,普段活発で,取り扱い者が近づくと動き回るような動物があまり動こうとしない場合には,急性の痛みがあるのかもしれない。腹部に痛みがある場合,とくに大動物においては,その動物は腹部を見たり,腹部を蹴ったり,横になったり,起き上がったりして,一般的に落ち着きがなくなる。ウマが急性の疝痛のために示す行動は,発汗,行ったり来たり歩き回ること,落ち着きのないこと,地面に横たわることなどである。

慢性の痛みまたは病気

慢性の痛みや病気に対する反応は,あまり顕著ではない (表3)。 慢性の痛みの判定はきわめてむずかしい。慢性の痛みが動物の行動に及ぼす影響は,動物種によって著しく異なる。一般的に,手術から回復中の動物や体内に痛みをもつ動物においては,行動が不活発になることが知られている。慢性の痛みや病気がある場合には,動物の行動が変化する。慢性の痛みに対する一般的な反応には以下のようなものがある。すなわち,食欲の減退,性格の変化,嗜好の変化,取り扱い者に対する態度の変化,隅に隠れること,つついても動こうとしないことなどである。また,痛みや病気がある場合には,糞便や尿の排泄のしかたが変化し糞便の性状が変化し,毛づくろいをしなくなるために体表が汚れ,あるいは動こうとしなくなる。これらの行動変化は,とくに毛づくろいをする動物,糞便や尿をケージのある一定の場所に排泄する動物においては重要である。げっ歯類やその他の実験用小動物における痛みや病気を判定する際には,やや主観的な基準,例えば,体毛の変化,眼の輝きの変化,一般的な行動の変化なども重要である。眼や鼻の周囲への分泌物の付着にも注意すべきである。

表3 慢性痛および病気

  • 跛行または足を引くずる
  • 体の一部をなめたり引っ掻いたりする
  • 立ったり動いたりすることを嫌う
  • 食欲の減退
  • 取り扱い者に対する態度の変化
  • 糞便や尿の排泄のしかたの変化
  • 目やになどの分泌物の付着-毛づくろい


病気をもたない健康な動物は,長期にわたる外傷性の処置を行なわないかぎり,実験処置から速やかに回復する。吸入麻酔を使用する場合,動物は全身麻酔から速やかに回復する。病気をもたない動物が上述したような症状を示す場合は,実験処置によって合併症が起きた可能性がある。そのような場合には,実験方法,手術方法を注意深く検討しなければならない。

大動物あるいは小動物において,四肢の筋肉,骨に慢性の障害が起きた場合は,動物は跛行したり,起き上がろうとしなくなったり,動こうとしなくなったりするので,容易にその障害を判定できる。一本の足を持ち上げて,残りの三本の足で自由に動き回れる動物においては,障害の判定はむずかしい。四本の足すべてを使わなければならない大きな動物においては,障害の程度によって,その症状もまちまちである。例えば,起き上がろうとしなくなったり,立ったり,歩いたりするのが困難になったりする。あるいは,よく慣れたヒトでないと識別できないような症状,例えば,歩様のちょっとした変化もある。

慢性の痛みがある場合,動物は痛みのある部位あるいはその周囲を自ら傷つけることがある。おそらく,かゆみ,ひりひりする痛み,あるいは知覚異常のために,不快感を感じているのであろう。動物は痛みのある部位をなめたり,こすったり,ひっかいたりするので,しまいには,ひどい損傷をひき起こすことになる。痛みがある部位を損傷させるので,さらに痛みを感じることになり,痛み−損傷−痛みという悪循環が生じる。この悪循環を止めるのはむずかしい。なめたり,ひっかいたり,噛みついたりすることを阻止させるためには,鎮痛剤や抗炎症剤を投与して痛みを抑える以外に方法はない。このような薬剤投与が有効でない場合もある。そのような場合には,痛みのある部位を外科的に切除したり,あるいは断肢術を施したりすることが必要なこともある。

痛みや不快感に対する反応は,同じ動物種であっても個体による差異がきわめて大きい。近交系の実験動物においては,比較的均一な動物が得られるので,個体差は小さい。げっ歯類やその他の実験用小動物においては,痛みや不快感を判定するのはむずかしい。各種の実験用小動物に特徴的な痛みに対する反応に関する報告がある。例えば,ラットやマウスは,ヤマネのような姿勢をとったり,つかまえるとキーキー鳴いたり,おとなしくなったり,あるいは逆に攻撃的になったりする。ウサギは,不安の表情を示したり,隠れたりしようとする。また,ウサギも鋭くキーキーと鳴く。すべての実験用小動物において,痛み,ストレス,あるいは病気がある場合には,新生子を食殺することがある。モルモットは,繰り返しキーキーと鳴く。サルは,頭を前方につき出し,体を前かがみにし,両腕で体をささえ,叫んだり,顔をゆがめたりする。

動物の痛みや不快感を判定するうえでもっとも重要なことは,その動物のふだんの行動をよく観察することである。そうすれば,微妙な行動の変化でも識別することができる。この意味において,動物飼育者および動物取り扱い者の果す役割は重要である。

痛みに対する反応の個体差は,愛玩動物においてもっとも大きいと思われる。一般的にネコはイヌよりも痛みに対する感受性が鈍いと考えられているが,個体によっては痛みにきわめて敏感なものもいる。これらの動物は,うなったり,耳を立てたりして攻撃的な態度を示す。一般的に,小型のイヌは大型のイヌよりも痛みに対する感受性が高い。イヌの種類によっては,冷静で落ち着いたイヌもいる。このことは,実験動物においても同様である。大動物においては,ウマが急性の痛みに対してもっとも敏感に反応する。ウマを長期間にわたって飼育管理する場合,その成否は,痛みやストレスに対する反応をいかにうまくコントロールするかによって決まることが多い。

本論文で述べた動物の行動変化は,動物における急性および慢性の痛みを判定するための一般的な指針である。ここで述べたすべての行動変化がいつもすべての動物で見られるというわけではないが,一般的に,多くの動物において観察されるのである。ここで注意しておかなければならないが,本論文で述べた動物の行動変化は,臨床的な印象であり,単に臨床的な観察にもとづくものであり,たくさんの動物を使った系統的な研究によって確証されたものではない。個々の動物種における客観的な基準が確立されるまで,あるいは,特異的な生化学的,生理学的マーカーが確立されるまでは,以下のことが肝要である。すなわち,動物の痛みを判定するためには,その動物の行動の特徴を知ること,毎日注意深く動物を観察すること,実験処置の前と後の変化に注意することなどである。もし,はっきりしない場合には,動物の側の立場に立った良心的な判定をしなければならない。
[Laboratory Animal Science. 37 (SpecialIssue), 71-74, 1987]
*キーワード 総説,福祉