ゲノム時代のバイオリソース 

遺伝的背景の歴史性
理研バイオリソースセンターの事業


理研筑波研究所バイオリソースセンター  森脇和郎先生

 前世紀に、ヒトに続いてマウスゲノム全塩基配列の解析が実現したが、個体レベルで表現される形質とDNA分子上に捉えられた ゲノム情報の間を分子的実体として繋ぐことは今世紀の生命科学に課せられた重要な問題である。ひとつの表現形質が発現するには、いくつもの遺伝子が関与し ていることは広く認められるようになったが、これらの遺伝子は遺伝的背景の中に存在すると云ってよいであろう。これまで長い間「遺伝的背景」とは、個々の 機能は小さくて分析が難しいが主遺伝子の発現に影響を与え得る複数の遺伝子を意味していた。ゲノム全塩基配列が解析され「遺伝的背景」にある個々の遺伝子 の分析が可能になった。今日では遺伝的背景はゲノムと言い換えることも出来る。その内容は遺伝子の長い進化の歴史の集積である。

 野生生物も実験生物も、単なる物質的な材料ではなく、遺伝的背景すなわち進化的な歴史を包含したバイオリソースである。 ヒトの生物機能およびその異常としての疾患のモデルとしての実験動物の遺伝的特性にも、ゲノムを構成する個々の遺伝子の長年にわたる変異と環境への対応の 歴史が積み込まれている。

 われわれが対象としている重要なバイオリソースのひとつである実験用マウスの歴史をたどると、愛玩用マウスを経て野生マウスに 到達する。実験用マウス育成の長い過程に何が起こったか? 野生マウスを実験的研究に使う意味は何か? どちらが生き物らしく生きているか?等の諸問題を遺伝子 の歴史も踏まえながら考えてみる。

 独創性の高い先導的研究を進めるためには、独自の視点から「生きもの」のもつ問題点を掘り起こし、それを新しい分析手法によって 解析することが求められる。ここで対象となる「生きもの」は、基本的生物特性が十分に調べられ、遺伝学的にも微生物学的にも高度の品質をもつ実験生物系統である。 このような実験生物系統を収集・保存・提供するセンター的な機関の必要性は数十年前から主張されてきたが、2001年理研バイオリソースセンターが設立され研究者 コミュニテイーの要望が実現した。近年、実験生物系統においても国内外で知的財産権問題が取り上げられるようになり、センター的機関の重要性はますます大きくな ってきた。今回の講演では理研バイオリソースセンターの事業も紹介したい。